第27話 闘争の果て
公平性を期すために、罰ゲームは佐伯が決めることになった。少し考えるように頬を掻き、佐伯は言った。
「じゃあ罰ゲームはビリがトップの言うことを一つ聞く、で行こうか」
「…………なんでもいいの?」
え? 相原がそこに食いつくの?
「まあ当事者同士で納得できる範囲ならなんでもいいんじゃないかな」
「わかった」
「みさっちやる気だね〜。でも私も負けないよ」
「うん、でも私も負けたくない」
「よし、勝負だ!」
空気が変わるってこういうことなんだろうな。佐伯の言葉を聞いた瞬間、みんなの纏う雰囲気が張り詰めたものへと変わっていく。
「罰ゲーム重くねぇか?」
みんな受け入れ気味だから流しそうになったけど、レースの勝敗に賭けるベットとしては重くね? 言うこと一つ聞くって抽象的過ぎて何やらされるかわからねぇぞ。
「なんだ、神崎はもう負けた時の心配をしてるのか?」
「ああん? お前も俺を煽るのか?」
俺の周りには煽り屋しかいねぇのかよ……。
「違うよ。負けた時のことだけじゃなくて、勝った時のことを考えてみて欲しいんだよ」
「勝った時のこと」
言われてハッとする。そうか、俺が勝つ可能性も当然あるんだよな。初心者の精神で自分が勝つ可能性に勝手に蓋をしていた。
つまり仮に俺が勝って相原が最下位の場合は、彼女に何か一つお願いをすることができるってことか! なんだよ最高じゃねぇかこの罰ゲーム。
「佐伯、お前の言う通りだな。俺は悲観的になり過ぎていたようだ」
「やる気を出してくれて何よりだよ」
相原へ合法的にあんなことやこんなことをお願いできるチャンスなんか滅多にない。是が非でも勝つぞ俺。
本気で勝つためには一切の妥協は許さないと、もう一度念入りにシートの調整を行う。
「絶対に負けない」
言ったのは俺ではない。隣から聞こえた声に首を向ければ、超絶集中している相原の姿があった。
勝つのは当然として、負けないことも重要だよな。でもごめん相原、勝つのは俺だ。
「よーし、テンション上がって来たぞ〜」
「俺の実力を見せてやろう」
コースが決まり、いざレース始まる前。全員の集中力が高まっていく。勝ったら天国負けたら地獄のレース。
「お前ら頑張れよ〜」
ただ一人安全圏にいる佐伯が陽気に言う。
こいつ自分には何も影響がないから心底楽しんでやがるな。だからこそあの罰ゲームを平気で提案してきたのか。
いよいよスタート。全員が自分の画面のスタートランプに集中している。カウントダウンが始まり、そして今ーー
「く、ぐやじいいいいいい」
ゲームを終え休憩スペースに場所を移して開口一番、俺は悔しさで歯軋りしながら言った。
完全なる敗北。初心者だからと言い訳はできるものの、途中で1位になりあまつさえあと少しで勝てそうなところまで行ったのに、今更その言い訳を使うのは逆に滑稽になる。
「残念だったね神崎君。本当に惜しかったよね」
「勝者の余裕が沁みるぜ……これが敗北」
「あ、いや、そんなつもりはなかったんだよ⁉︎」
勝者から敗者への慰めの言葉。相原の優しさから来るものだと思うが、今はその慰めが惨めに感じる。
だって本当に勝てそうだったじゃん。俺正直勝ったと思ってたんだよ。何あの1位絶対殺すマンな青甲羅。あんなん避けようないじゃん。内なる心では理不尽にも思えるアイテムへの愚痴が絶えない。
負けは負けなのは認めるけど、やはり負けた事実が俺の心にのし掛かり、握った拳を中々解けなかった。今握力測定したら自己ベスト出ると思うわ。今度から握力測るときは悔しい気持ちを持ってやるか。
「でもさ、なんだかんだ良い戦いだったよね! 私も青甲羅が無かったら怪しかったし
!」
「そうだね。後ろで見てて俺もやりたくなってきたくらいには盛り上がってたな」
悔しさに表情を歪ませる俺とは裏腹に、篠宮はテンション爆上がりだった。
最終盤でビリからの脱却はさぞ気持ちが良かったでしょうね。俺がまさにその逆の気持ちだからよくわかるぜ。
「お? 佐伯もやる気になった? じゃあ2回戦行っちゃう?」
「他を見てからでもいいんじゃないか。それに神崎の罰ゲームの話もあるしね」
話が逸れそうになったところで佐伯が本題に戻す。
「やはりその話になるか」
「むしろなぜならないと思った?」
ハカセからの冷静なお言葉。
「悔しい感情を全面に出してワンチャン有耶無耶にできないかなと少し思ってました」
「ざっきーあれ演技だったの……姑息な」
「いやまあ受けますよ罰ゲーム。言ってみただけだよ」
俺だって本気で無かったことにするつもりなんてない。約束はしっかり守る。だって1位は大天使相原だから。
正直篠宮から罰ゲームを喰らうってなればもう少し足掻くかもしれないけど、他でもない相原からのお願いなら何でも叶えちゃう意気込みはある。
天使からのお願い。それ即ち下々の民にとっての勅命に同じ。
「さあ相原、俺に何を命じる? 死ぬ以外だったらなんでもしちゃうぞ」
「私そんな酷いこと言わないよ?」
「ぐはっ…………」
真面目な顔で言われてしまい、俺は胸を押さえてその場にうずくまった。
「どうした神崎?」
「冗談でも相原から死ねと命令される可能性を持ってしまった俺の心が罪悪感に苛まれている」
相原ごめんな。俺の心はまだ浄化され切っていないようだ。
罪悪感を押し殺して立ち上がる。
「では改めて相原、何なりとご命令ください」
執事っぽく手を折るようにお辞儀してみた。美咲お嬢様。普通にありそうで困る。
「それなんだけど、保留でもいいかな? すこし考える時間が欲しいかも」
「だそうですよ佐伯さん。罰ゲームを決めた者として審議をお願いします」
篠宮が佐伯を見る。
「まあいいんじゃないか。今すぐ決めなきゃいけないわけでもないしね」
「じゃあ保留で!」
「了解ですお嬢様! いつでもご命令ください!」
「全然執事に見えないよそれ。変なの」
ニコッと笑った表情が可愛いけど、今はちょっとだけ不気味。俺、なにお願いされちゃうんだろ。ふへへ。
それでも楽しみにしている俺がいる。
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