第32話 天使は勝ちたい
気を取り直して、ボーリング。やったことはないけどただボールを転がしてピンを倒すだけのゲーム。さして難しくはないと思っていたけど、案外うまくいかない。狙ったところへ行くまでのコントロール力は1ゲームじゃ身につかなかった。
「じゃあ勝負の2ゲーム目。負けた方はジュース奢り!」
意気揚々と篠宮が言う。おいさっきのカートゲームに比べて賭けるものが安いんじゃねえか?
俺なんて相原からなんでもお願いされちゃう券一枚貸してるんだからな。やはりご褒美では?
「勝敗はチームの平均点で勝負だ!」
そうこうして2ゲーム目の勝負が始まった。
煩悩にまみれた思考をリセットする。平均点の都合上、俺と相原のチームは一人に掛かるウェイトが重い。どっちかがポシャるとその点数に引っ張られてしまうため、是が非でも相原の足を引っ張らないようにしなくてはならない。だから相原からのお願いなにかなぁ、とか考えている場合ではない。
少なくとも俺は相原の点数を超えて支える方になるんだ。相原に支えられるなど畏れ多いし、そんな事態になったら俺が恥ずかしい。男女で成績差が出づらいゲームだとしても、やはり男としては女子より上回りたいと思ってしまうもの。
「神崎君、絶対勝とうね!」
「お、おう」
やる気に満ち溢れた瞳に射抜かれ、思わず一歩引いてしまった。俺の予想以上に気合い十分なもんで、ビックリしちゃいましたよ。
「めっちゃやる気満々だな」
「うん、チーム戦は力を合わせて頑張れるからね。それに神崎君とチームだしね。俄然やる気だよ!」
「そっか。じゃあ頑張ろう!」
「おー!」
握った拳を掲げて勝利への想いを共有した。
その中で、俺はあえてスルーした神崎君とチームだしね、の意味について考えていた。
それってあれ? やっぱり俺が頼りないから私が頑張らないとねってやつでしょうかね。1ゲーム目の成績はお世辞にも良いとは言えなかったし、相原に気負わせてしまっているのだろうか。だとしたら情けなさすぎるぜ俺。
なんか俺も俄然気合が入ってきたわ。敵は強大。部活勢チームは持ち前の運動神経を駆使して俺たちより好成績を出していた。つまり俺は自己ベスト、つっても人生で2ゲーム目なわけだけど、さっきを大幅に超える点数を出さなきゃいけない。見せてやるよ。愛の力ってやつをよ。
「戦意はバッチリのようだな」
ハカセは不敵な笑みを浮かべていて、その佇まいは敵役として貫禄を感じる。
相手にとって不足無し。越える壁が高いほど勝った時の気持ちよさは格別なものになる。
「ああ、負けられない理由ができた」
「なるほど、では尋常に勝負だ」
今ここに、仁義なき戦いの火蓋が切って落とされるのだったーー‼︎
「ごめんな相原、やっぱり俺の力はゴミ以下だったようだ」
「そんなこと言わないで! 私だって全然力になってなかったよ!」
自販機で飲み物を選びながら、俺は相原に自分の実力不足を謝罪した。
ここでジュースを選んでいる時点で負けは確定なんだが、まあ想像以上に大差で負けた。帰宅部連中では太刀打ちできるレベルではない差がそこにはあった。途中から埋めようもない差があるとわかりつつ、スポーツマンシップに則り手加減を一切しなかったあいつらの姿勢は尊敬に値する。友達どうしでも情けをかけられて負けると普通に負けるより悔しいからな。
だから負けとは言え、完膚なきまでに叩きのめされたから心は逆にスッキリしている。
とは言えこれは俺の話。隣の相原は悔しさに唇を尖らせている。
「厳しいかもしれなかったけど勝ちたかったな。すごく悔しい」
「相原がそこまで悔しがるの初めて見たかも。カートの時も思ったけど、意外と負けず嫌い?」
学校とかではいつもニコニコ天使の微笑みなもんだから、今ここで悔しい感情を剥き出しにする相原は珍しい。
今思えば、バイト先で話す時も普段より表情豊かだし、もしかしたらこっちの相原が本当の相原なのかもしれない。また新しい一面を知ることができた。俺の勘違いでなければ、仲良くなったから素の面も見せてくれてるってことでいいんだよなきっと。
「いつでも負けず嫌いなわけじゃないよ。ただ、今回は勝ちたい思いが強かった分、反動が大きいのかな」
「そっか、それなら尚更ごめんだな。結局相原の足を引っ張ちまったし」
「そんな……本当に神崎君が謝ることじゃないからね!」
そんなに負けたくなかったとは。そうだよな。負けたらジュースを奢る。バイトしてある程度の給料が見込める俺はこの程度の出費は痛くないが、お小遣い制の人にとってはジュース一本でさえ高価な買い物になることだってある。
それでも俺のせいでは無いと気を遣ってくれる相原マジ天使。
「でも本当に勝ちたかったならハカセか佐伯と組むべきだったよな」
「え?」
「ほら、あいつら2ゲーム目に本気出してとんでもないスコア出してたし」
俺のスコアの倍近く出してたしな。1ゲーム目は遊びだったんだなぁということを思い知らされたもんだ。
「神崎君はなんで私が勝ちたかったのか理解してないみたいだね」
俺の話を聞いていた相原の目が段々と据わっていく。なんで?
「え? だって勝ちたかったなら上手い奴と組むのが一番近道でしょ。俺と組んだ時点でもうかなり絶望的よ?」
なにせ今日初めてボーリングをプレイした男だからな。
「はあ…………」
相原は一際大きいため息を吐いたあと、大きく息を吸い込んで強く足を踏み出した。
「私は!」
強い語気で一歩近づく。
「神崎君と一緒に!」
さらに一歩。
「勝ちたかったの!」
そして最後に俺の眉間に指を突き立てた。
「わかった⁉︎」
「わ、わかりました」
下を見れば、眼前に相原の顔が来るくらいの近さに詰め寄られて、俺は彼女の圧に負けて半身で仰反る。鼻をくすぐる良い香りに心の臓の拍数が上がる。
相原から初めて聞いたレベルの大声に、近くにいた客はなんだ喧嘩か? と視線だけ送ってくるも、相原は特に気にした様子もなく続ける。
「神崎君はもっと自分に自信持っていいんだよ!」
「と言われてもなぁ」
それハカセにも言われたな。自信って言われてもなぁ。どうやって自信を持てばいいんだろうか。
とにかく相原は俺とのチームで勝ちたかったらしい。ザコを抱えた上で勝つことにこそ意味を見出すストイックさに頭が上がらない。
「まあ次があったらまた相原と組んで勝てるようにイメトレしとくわ」
さっきもイメージ上はパーフェクトだったんだけどな。現実が付いてきてくれなかったんだわ。
「べつに二人で練習に来てもいいんだよ?」
「はひ?」
突然の提案に気の抜けた声が出てしまう。
「ふ、二人で⁉︎」
「どうしてそんなに驚くの? 友達と二人で遊びに行くなんて普通だよ?」
「え、あ、うん。そうだよな。友達と二人で遊びに行くのは普通だよな!」
反復する様に言って考える。二人出かけるのはそれデートやん、と俺は思っていたがどうやらそうではないらしい。
女子の間では男と二人で出かけるのもただの遊びとしてカウントされることもあるのね。この思考のギャップは理解しておかないと将来痛い目に遭うかもしれない。今ここで勉強できてよかったわ。
きっとこの思考の違いに男は騙されてきたのだろう。俺は騙される機会すらなかったけどな!
「うん。だから行きたくなったらいつでも言ってね?」
「仰せのままにお嬢様」
とりあえず頼まれていたコーラ二つと自分用のスポーツドリンクを買い、片手では持てないので両手で鷲掴みにするようにして3つを持つ。
相原も自分用と篠宮用を買い終えた様子。
「あれ、神崎?」
不意に後ろから声をかけられて振り向くも、そこには見覚えのない同年代くらいの男が立っていた。
友達数人と来ているのか、その中で誰が俺を呼んだのかわからなかった。
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