第156話 祭りへ

 祭りの会場に近づくにつれ、辺りは今日のための衣装に身を包んだ人で賑わっていく。


 普段なら服装だけでどこに行くのかなんてわからないくせに、今日みたいな日に限ってはみんながどこへ向かうのか一目瞭然である。


 あそこの浴衣と甚兵衛を着たカップルだって、俺たちと目的地は一緒だろう。


「うーん……」

「どうしたの?」

「いやな、俺も甚兵衛着て行った方がよかったのかなって」


 なんて言いながら甚兵衛持ってないけど。


 そういや、六花と一緒に夏祭りへ行った時もラフな格好だったな。お兄ちゃんも夏祭りっぽい恰好しなよ、とか言われたっけか。まるで成長していない。


「甚兵衛持ってたの!?」

「う……」


 目がキラキラしてる。直視……できない……⁉︎ たまらずに視線を逸らした。


 ほんとすんません持ってないです。言ってみただけなんです。


「持ってないです……」


 良心に耐えられず速攻で白状した。あの美咲の純粋な輝きを前にしたら嘘は秒で白日の下にさらされる。純粋故に罪悪感がエグかった。天使の力……おそるべし。


「そっか……八尋君の甚兵衛姿、見て見たかったなぁ」

「来年は用意しておきます!」


 彼女が見たいというなら用意するしかあるまい。


 まずどこに売ってんのよって感じなんだけどさ。


「うん。楽しみにしてるね!」


 当たり前のように来年の話をしてくる美咲。社交辞令とかそんな雰囲気は一切感じない、来年も一緒にいるのが当然と思っている感じだ。


 それは俺も一緒で、自然と来年は用意すると口にしていた。なんかいいよなそういうの。


 まあそんなん今はどうでもよく……はないけど、それにしたって浴衣姿の美咲の笑顔最強すぎん? なんかいつもの2割マシで可愛いんだが? 天使か? 天使だった。


 うっかり今すれ違ったマダムに、俺の彼女最高に可愛くないっすか? とかドヤ顔で質問しそうになったからな。マジで危なかった。返ってくる答えは無言で110番一択。祭りの前に警察と祭りになるところだったわ。意味わかんねぇな。


 とにかく、美咲が来年も俺と一緒の未来を想像してくれてよかった。


 だってさっきも結婚とか……そういやその話深く掘り返していいのか? 


 チラリと横を伺って目が合えば、彼女はそれはもう幸せそうに微笑んだ。いやもうこれ実質結婚してんだろ。既に幸せの絶頂なんだが? これ以上の幸せを享受したら来世は蚊とかになっちゃうよ俺。せめてタンポポくらいにはなれる徳は残しておきたい。


「だんだん人が増えて来たね」


 来世は何になるか選手権を脳内で開催していたら、祭り会場である神社の前まで来ていた。


 結婚の話は置いておこう。べつに高校生が真剣にする話じゃねぇし。現実的じゃない未来を語ったって今は仕方ない。美咲に対しては尚更、ふざけて結婚なんて言葉を使いたくない。その言葉は普段時折暴走して出る愛の言葉より大事に扱うべき言葉なんだ。だからこの想いや願望は俺の胸の中だけにしまっておこう。


 それにしても、美咲が言うようにこの街ってこんなに人いたっけ? と思うくらい人が多い。みんな普段どこに隠れているんだろうな。かくれんぼをガチでやり過ぎてそのまま見つけてもらえず放置された人が多いのかな? 偏見。


「だな。しっかし、これだけ人がいるとはぐれそうだな」


 歩けないほどの人だかりではない。


 ただ行き交う人でごった返してはいるから、黙って人の流れに沿っているといつの間にかはぐれてしまう可能性はある。


「そうだね。なにもしないとはぐれそうだよね」

「ああ……うん?」


 オウム返しのセリフと共に、美咲は何か俺に期待している目を向ける。


「…………」

「…………」


 無言で見つめ合う俺たち。何を……期待されているんだ?


 まさか祭りの直前でクイズ大会が始まるとは思わなかったぜ。俺の普段のデリカシーのなさを鍛えようとして、油断している時に即興クイズを出してくれたってわけか。俺の成長まで考えてくれるとはなんてできた彼女なんだ。


 だけどさ、クイズの難易度高くね? 超難問じゃん。問題提起されてないし。パンはパンでも食べられないパンはなーんだ? みたいな文章なかったよ?


 唐突に無言のクイズ始まったよ? さすがにプロのクイズプレイヤーで答えられないんじゃない? ちなみに正解は姉貴が買ってきたよくわからないパンな。思い出したくないから言及は避ける。


「えっと……俺はどうすればいい?」

「…………」


 答えは沈黙。美咲はただにこやかに、何か期待を寄せるように俺を待つ。


 道を示してはくれないのか美咲さん。いや違う。やはりこれは俺の洞察力が試されているんだ。


 考えろ。今美咲が俺に何を期待しているのか。


 祭りの会場前。人でごった返していて、油断したらはぐれてしまうかもしれない状況で彼女が俺に望むもの。


 美咲の視線の先を追えば、彼女は俺の手と自分の手を交互に見ている。


 そうか。そういうことか。なるほど完全に理解した。そういや、俺の家に来た時もそうだったよな。


「あ……」


 美咲の吐息が漏れたのは、俺が彼女の手を優しく握りしめたから。


 はぐれないようにするにはどうすればいいか。答えは難しいようで簡単だった。物理的に繋がれば離れる要素など無くなる。つまりはこれが正解。


「こうして欲しかったんだな?」


「うん。でも、もうちょっと先まで行けば完璧かな」


 美咲は俺の掴んだ手をそっと握りなおす。手のひらじゃなくて、指1本1本が絡み合う繋ぎ方へと。


「こうした方が、もっと離れないよ」


 そう言って、美咲は少し頬を朱く染めながら微笑んだ。


「あ、ああ……」


 繋いだ手から、指から、彼女の熱が伝わってくる。心臓がうるさくて、脈打つ鼓動が俺の指を通して美咲へ伝わってしまうんじゃないかと思った。それほどまでに今俺たちの手は密着している。そう、密着している。


 いつぞやの体育祭の時みたいに、手汗が滲んでいたら余裕でバレる。緊張するな八尋。手なんて何度も握っている。でも俗に言う恋人つなぎは初めてだからやっぱり緊張しちゃう。頼むぞ手汗。俺はお前を信じている。


「これで恋人同士に見えるかな?」


 少し気恥ずかしそうに美咲が言う。


「見えるといいなぁ」

「絶対見えるから大丈夫だよ。いこ!」


 手を繋げて満足したのか、美咲は俺の手を軽快に引いて祭りの会場へ足を進めた。

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