第6話 友達がいなかった男

 情報不足が災いし、一足先に競技が決まってしまった俺。イベントからいち抜けしたせいか、競技決めじゃんけんで再び熱気を増す教室とは裏腹に、俺の心はどこか冷めていた。みんなの輪の中から取り残されたような、といっても自業自得なので俺が悪い。


「盛り上がってんなぁ」


 今はパン食い競争のじゃんけん。4択の中ではおそらく総合的に一番楽が出来そうな分、クラスでは一歩引いた立ち位置にいる男子連中の目が燃えている。肉体的に一番楽なのは借りもの競争だけど、精神的疲労を考慮して総合的な評価をした。俺はパーを出すと宣言して心理戦を始める奴まで出る始末。パン食い競争に全力を出しすぎだろ。ちなみに言ったのはハカセだった。あいつはアホだから何も考えてないかもしれない。


「よっ貧乏くじ!」


 無事100メートル走に出場できることになった篠宮が楽しそうに言う。そりゃ外野は楽しいでしょうね。


「ほんとに何も知らなかったの?」

「もちろん。去年本当の友達はいなかったみたい」


 言ってて悲しくなってきた。もう言うのやめよう。これ新手の自傷行為だわ。


「わたしは逆になんでざっきーが知らないのか不思議だよ」

「は? 意味がわからん」


 なぜさも知ってて当たり前な感じで話すのか。


 去年休んだって言ったの聞こえなかったのかよ。お前も俺と一緒でニワトリ系頭脳の持ち主だったか?


「むしろ、俺としてはなんでお前がそんなことを言うのかわからない。なんで?」


 どれだけ頭を捻ろうが俺のニワトリ脳スペックでは回答が出そうになかったので、答えを求めることにした。


「それはクラスライ……ん?」


 自分が話す言葉の途中、急にそこだけ時間が止まったかのように固まる篠宮。眉をひそめ、なにかを確かめるように自分のスマホを操作している。


「…………あ゛」


 やがて答えに辿り着いたのか、スマホの操作を止めた篠宮は気まずそうに俺を見た。


「ざっきーはさ、クラスLINEってのがあるの知ってる?」

「クラスLINE?なにそれ食えんの?」


 頭の上に疑問符が浮かぶ。でも食べられはしないと思う。


 LINEってあれだよな。スマホでチャットできたり、無料で通話できたりする奴だよな。高校に入る前にスマホを入手した際、姉貴にこれだけは入れておいた方が良いアプリシリーズの一つとしてインストールさせられた記憶が蘇る。


 たしか巷では大人数でグループもできるとかなんとか。


「えっとね、こんなやつ」


 篠宮はおずおずと自分のスマホ画面を俺に見せてくれる。そこには自分の写真であったり、はたまた動物の写真であったり様々なアイコンがチャットをしている謎空間があった。


 触ってもいい許可を取り、人差し指で画面を上にスクロールしていく。上に行くほど過去の会話を遡るらしい。


 ある一点の会話を見つけた時、俺は指の動きを止めた。


『去年の借りもの競争エグかったよね! 今年は誰が貧乏くじ引くのかなぁ』

『いやぁ、さすがにジャン負けになるでしょ!』


 突如始まった借りもの競争の話題。俺も私もと波紋のように伝播していき、語られるのは去年の話題。失敗すれば人の心に傷を負わせされそうなお題の数々。会話の文字から、みなのテンションが下がっていくのがわかる。そして最後にはやっぱりこれは運の悪かったやつがやるという話で決着がついていた。


 開いた口が塞がらない。俺だけが知らない水面下ではこうして去年の反省会が行われていることに、俺の頭が痛くなった。そして会話の発起人のアイコンを見つめる。


 大きなリボンが特徴的なポニーテール少女の写真。


「そっか、お前が切り出したんだな。この話題」


 結菜と書かれたアイコンを見ながら、忌々しげに口をついたのはその言葉だった。


「いや〜。なんか数が足りないな〜って思っていたけど、ざっきーだったか」


 篠宮は腑に落ちたように手を叩く。


「つまり俺がここに居れば借りもの競争の事前情報を入手出来ていたと」


 教卓の近くではハカセが両手を天に掲げて大声でガッツポーズしていた。でもそんなことがどうでもよくなるくらい俺の心は沈んでいた。


 これは借り物競争に出走決定した時よりくるものがある。なにせ、これは俺がクラスLINEにいないことに誰も気づいていなかったが故に起こった結果だ。その誤魔化しようもない現実に打ちのめされる。


 俺マジで友達いない系男子になっちゃうじゃん。もうネタで笑えない感じになるじゃん!!


「俺だけが仲間外れと」

「……なんかごめん」


 わりとまじめに同情される。


 こんな話を聞いてさえ尚も仲間外れにされようものなら、壊れかけの心が完全に破壊される。そんなこんなで篠宮に手取り足取り教えられてクラスLINEに入れてもらうことができた。


 友達の一覧に初めて家族以外の名前が入った。やっぱ俺友達いねぇな。


 それにしてもいい笑顔のアイコンだ。俺も何かアイコンを考えておくとしよう。


「せっかくクラスLINEに入ったんだから何か発言してみたら?」


 篠宮が自分のスマホをひらひらと振りながら言う。


「それもそうだな」


 さてはて、なにを書こうか。せっかくなのでクラスLINEから存在を忘れられた男として大々的にデビューしたい。そうでもしないとやってられん。


 少し悩んでから、俺は文字を書き込んだ。


『どうも、クラスLINEの存在を今日まで誰にも知らされていなかった神崎です! 借りもの競争のお題で変なのが出たら是非皆さんと一緒に共倒れしようと思いますのでよろしくお願いします!』


 我ながら完璧だ。この挨拶の中に隠し味として入った恨みつらみがいい味を出している。これは早くみんなに味わっていただこう。本気でやるから覚悟しておけよ。


 投稿ボタンを押して早数秒、既読の数が矢継ぎ早に増えて行き、そしてスマホの画面を見た奴から順に俺へと注がれる驚嘆の視線。刮目せよ。これがハブられた男の姿だ。自分で言ってて少し涙が出そうになった。


 篠宮は机に突っ伏して肩を震わせていた。


『お手柔らかにお願いします』


 そんな中、焦った顔をした可愛らしい猫のスタンプと同時におくられたメッセージ。送り主の名前は美咲。水族館で撮ったのか、綺麗な笑顔の背景にはいくつもの魚が写っていた。


 振り向けば、どこか照れたように頬を掻く相原と目が合った。


『全力でいきます!』


 口には出さず、敢えてLINEでメッセージを発し、それがなんだかおかしくて二人して笑うのだった。

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