第5話 天使は心配する
(もう、ざっきーのせいだよ)
(これについては言い訳しない)
委員長に怒られて熱が冷めたか、篠宮はムッとした表情をして小声で囁く。
ごめんなさいの意を込め、両手を合わせておどけたように頭を下げると、篠宮は大きなため息を一つ吐いた後に表情を崩すのだった。
どうやら、生き残ったみたいだ。消しゴムが当たった額からはしばらく痛みが消えなかった。篠宮平野誕生の痛み。これが青春か。
「じゃあ、そろそろ種目決めするよ〜」
その後も篠宮とくだらない話をしていると、委員長のよく通った声が響く。ざわついていた空気がすっと引き締まり、委員長に注目する。
「中村は俺より先生っぽく見える時があるな」
クラスの端で、担任の三上先生がだるそうに欠伸をする。この男、眠そうな姿以外を見たことがない。授業でも隙あれば欠伸をかましている。しかし、普段の態度とは裏腹に、存外授業の内容は要点をわかりやすく説明しており、単純にダメな人と言えないものだからタチが悪い。
「むしろ先生はもっと教師らしくするべきなのでは?」
先生の言葉が気に入らなかったのか、委員長が先生を見る目はまさにゴミを見るような目である。声色がとても先生に向けるそれではない。
「……はい」
委員長に睨まれ、親に怒られた子供のように小さく萎縮する三上先生。委員長のオカンパワー炸裂。
「まったく……授業はまともなのにもったいない」
吐き捨てるように言う。言葉じりから察するに、厳しく接するのは期待の裏返しの要素もあるのだろうか。さすが委員長、クラスのお母さん。ただ、本当に授業内容だけはまともなのだから、腐っても先生は教師だな。まだ尊敬はしないけど。
「気を取り直して」
パンっと一つ手を叩いて続ける。
「まずは出たい種目ひとつに手を挙げてね。枠より多い人数の場合は後でじゃんけん! 恨みっこなし! あと何も手を挙げなかった人は余りもの決定になるから覚悟してね!」
改めて黒板に書かれた種目一覧を眺める。個人戦から団体戦まで多種多様な競技が羅列しており、基本的には男子と女子の定員が決まっている。二人三脚だけはその縛りが無かった。本当に混合でも行けるようだ。女子と公的に接近できることを夢見ないことも無いが、あまつさえ泣かれでもしたら俺はしばらく立ち直れないと思うから出るつもりはない。既に女子とペアになる前提なあたり、俺も健康的な高校男子です。
「じゃあまずは100メートル走」
「はいはーい!」
いよいよ種目決めが始まり、篠宮は宣言通り100メートル走の時に元気よく手を挙げていた。
余りものは本当に何をさせられるか怖いため、俺もそろそろ決断しなくてはならない。そんな時ひとつの競技に目が止まった。
借りもの競争か。定員がひとり?
と疑問は残りつつも、この競技は比較的お題によって勝敗が左右される運の要素が強い。全力で走る必要性もあまり感じず、疲れずに勝ちたいという煩悩全開な俺の要望とマッチしている。決まりだな。
しかし、ひとつ問題があり、定員が男女1名ずつと門が非常に狭い。そう簡単に楽はさせないという学校の意思を感じざるを得ない。
「次は障害物競争ね!」
借りもの競争まではあと2つ。というより個人種目はあとパン食い競争と借りモノ競争しかし残っていない。
面倒くさがりはどの世界にも一定数はいる。つまり、俺が楽だと思って借りもの競
争を選択したように、この中にも俺と同じ思考を持っている奴が紛れているはずだ。
このルール上まず手は一回しかあげられないはずだ。今のところ男子の半分行かない程度の名前が黒板に書かれている。
つまり、次のパン食い競争でどれだけ手が挙がるのか、それで勝負の倍率が決まる。
「次はパン食い競争! うわ、多いね〜」
チラリと目線だけを後ろに向けて状況を確認すると、男女とも多くの手が挙がっていることがわかる。得体のしれない借りものよりただパンを咥えて走る方がいいと踏んだ奴が多いわけか。勝ったな。
「じゃあ最後は借りもの競争」
「ほい!」
確信の笑みを受かべ、俺は意気揚々と手を挙げた。
「神崎まじ?」
「ん?」
まず違和感を覚えたのは委員長の呟き。それはまるでこのタイミングでは絶対に手は挙がらないと確信していて、それが裏切られて不意に漏れてしまったかのような印象だった。現に委員長は目を見開いて驚愕している。
次にクラスの空気。パン食い競争まではどこか浮ついていたクラスの空気が、こと借りもの競争では張り詰めている。今は窓から入り込む風の音が鮮明に聞こえる。何かがおかしい。
「神崎お前去年の借りもの競争みてないのか?」
隣の佐伯が何かやばいものを見る目で聞いてくる。
その質問が今は不思議と怖い。
「いや去年休んでたからなんも知らない。でも借りもの競争つったらお題にあった物を持ってくる競争だろ?」
俺の知ってる世間一般の借りもの競争は他に答えようがない。優しいお題から時に難しいお題で盛り上がるイベントだろ?
いやマジそれしか知らねぇんだけどなにこの不穏な空気。
「そうか、ならもうそれでいいんじゃないか」
「ええ……なにそれ怖いんだけど……」
俺の答えを聞いて、佐伯は何も気づいていない可哀想な道化を見るような、穏やかな笑顔を向けてくる。
「あのね神崎君」
ちょんちょんと俺の体を突ついて来たので振り向くと、相原は微笑んではいるものの、そのつぶらな瞳の奥は佐伯と同じく、やばい奴を見る目であった。それにしても呼び方までもが可愛い。消しゴムを人に投げつける篠宮にも見習って欲しい仕草。
「この学校の借りもの競争はね」
「ふむふむ」
「その……」
相原は言い辛そうに視線を左右に彷徨わせる。ここまで来れば俺にもわかる。この借りもの競争はただの借りもの競争ではない。
「相原、ひと思いに言ってくれ。何となくもう嫌な予感はしてる」
「お題がね……無茶苦茶なの」
「無茶苦茶?」
「実際去年借りもの競争に出た先輩が何人かじばらく学校を休んだって。あと私の元クラスの友達とかも……」
「ほう……」
どうやら俺はとんでもない競技にエントリーしたのかもしれない。
「委員長、やっぱりやりたくなくなってきたなぁ、なんて」
「他に候補がいないからだめ。恨むなら去年休んだ自分を恨んで」
「ですよね〜」
てへっとおどけて言ってみたものの、バッサリと切り捨てられてしまった。
諦めの境地ここに極まれり。しばらく学校を休むお題ってなんだよ。頭おかしいだろ。作るやつ何考えてんだよ。
「大丈夫だ神崎。ちゃんと優しいお題もある」
宥めるようなトーンで先生は言う。
「一応聞いときます」
あまり期待はしていなかった。だって顔が汚い悪役の笑顔だもん。
「校長先生のカツラ」
「全然優しくねええええええええ!」
昼下がりの教室。先を生きるものによって現実を知らされた、哀れな男の慟哭が響き渡るのであった。てか、校長先生カツラだっんだ。
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