第16話 公園②
自分の失言に気づいた相原が自身の口を手で覆う。
「みさっち?」
「いや、えっと……」
相原が困ったようにたじろいでいる。そうだよな相原。やっぱり篠宮はゴリラに通ずるものがあるってことだよな。咄嗟に否定できないってことは魂がそう認識してるわけ。
「か、神崎君が悪い!」
「ふぁ⁉︎」
突然罪をなすりつけられて気持ち悪い声が出る。
何故か俺が悪いことにされた⁉︎ 待てよ、相原に罪をなすりつけられるのもそれはそれで悪くないような。女の罪を被る男ってかっこいいよな。
「そもそも神崎君が結菜ちゃんに変なこと言わなければよかったの!」
ひえ〜、無茶苦茶が過ぎるぜ! でもいいさ。その罪俺が背負おう。
「そうだな、相原の言う通りだ。というわけで篠宮、悪いのは俺だ」
「なに当たり前のことをさも受け入れてやったみたいな感じで言ってるのさ。悪いのはざっきーに決まってるじゃん」
「……たしかにそうだな」
なに俺は罪を被ってやろうなどと驕っていたのか。諸悪の根源は俺なのだから、たしかに俺が一番悪いに決まってるな。でも、チンパンジーみたいだと思ったことは撤回しないからな。口に出したのは失敗だったけど!
「でもまあ一発入れたからそれで許してあげる」
「ありがたき幸せ」
消しゴムの時と一緒で、篠宮は物理で発散するタイプってことか。ネチネチ言われるよりは殴ったり物投げられたりで遺恨なく解決できるあたり、篠宮はさっぱりした性格をしていらっしゃる。俺は嫌いじゃないし、むしろ好感が持てる方だ。なのでこれからも煽り続けることをここに宣言します!
「これにて一件落着だね」
「まあそうなんだが、篠宮」
相原の言う通り、これにて一件落着なのだが、俺は篠宮に言っておかなければならないことがある。
「なんでゆいかとはぐれたんだよ? 監督不行届きじゃないか? 今回は俺たちが見つけたからいいけど、これが悪い奴だったら大事件になるかもしれないぞ」
「うっ……返す言葉もございません」
篠宮は見るからに気落ちしている。
が、これは言わなければいけないことだ。悪い奴は世の中のどこにでも潜んでいる。特に小さい子であれば判断能力だって俺たちや大人に劣る。今回は無事に済んだが、一歩間違えれば大事件だったことには違いない。
「でもこれには訳がありまして……」
篠宮はなぜゆいかと逸れたのかを説明してくれた。
曰く、昼休みに篠宮の親からゆいかが家の鍵を忘れたとの連絡を受けた。いつもなら母親が家に居るが、どうしても外せない用事があったため、今日は鍵を持つよう言ったが見事に忘れたため、このままでは家の前で待ちぼうけになることを危惧して篠宮が早く家に帰って待つ作戦となった。しかし、帰り道の途中でゆいかと偶然にも遭遇。ゆいかの要望により公園で遊んでいたが、ゆいかがおやつを食べたいと言うのでおやつを買いに行くことにした篠宮。ゆいかは公園で遊んでいるとの言葉を信じて一人で買い物に行くも、帰ってきたらゆいかが消えてベンチにランドセルが残っているだけ。ランドセルがあることからすぐに帰って来ると思い公園で待っていたが中々帰って来ないので親に連絡しようか迷っていたらしい。これがことの顛末だ。
「私も油断してた。ざっきーとみさっちがゆいかを見つけてくれて助かったよ」
「ま、バイトに行く途中だったんだけどな」
「バイト? 間に合うの?」
「遅刻確定」
「え、それなのにゆいかを助けてくれたの?」
申し訳なさそうに言う篠宮。まあ、バイト先の信用度は下がるかもしれないけど、遅刻と泣いてる女の子を天秤にかけたら、どっちを選ぶかは考えるまでもないよな。べつに後悔はしてないし。
「当たり前だ。バイトに遅刻する程度で迷子の子供助けられんならそっちを選ぶだろ」
俺の言葉が意外だったのか、篠宮は面食らったような表情で固まった。
「あまり俺を見くびるなよ?」
「あ…………ふん!」
そう言うと、篠宮は口から出かかった言葉を飲み込んで、掛け声と共に俺の背中を思い切り引っ叩いた。
「いってぇ⁉︎ なんで⁉︎」
今、俺最高に決まったと思ったのになんなんだこの仕打ちは⁉︎ 神崎如きがカッコいいこと言うのは禁止ってことですか篠宮さん⁉︎ ぐすん……背中痛い。
「不覚にもざっきーにトキメキそうになってしまった自分への戒め」
「それならなんで俺叩いたんだよ! 自分を叩けよ!」
「嫌だよ! そしたら私が痛いじゃん!」
「俺は⁉︎」
「ざっきーならいいかなって」
無実の男を叩いてお前の心は傷まないのか?ええ?
そんなこと考えられたら罪なき男の背中は叩かないか。やっぱり知能も物理もゴリラじゃねえか。ゴリ宮。うん、殺されそう。
「とにかくさ、もう大丈夫だからバイト行けば?」
「急に突き放すようなこと言うね!」
「私はざっきーのために言ってるんだよ?」
「わかりました。じゃあバイト行きます」
なんか追い出されている気分になるな。この公園実は女性専用公園だったりするのか。いや、ない。
まあ行けと言うのであれば行きましょう。もうここでやることはないし。
「本当に行くからな?」
「いやわかったから行きなよ。こっちはもう大丈夫だから」
釈然としない気持ちを抱えながらも、俺はバイトに赴くことにした。っとその前に。
「ゆいか、もう勝手に居なくなるなよ? 居なくなられた方の気持ちも考えられるようになるんだぞ?」
相原を見習ってゆいかと目線の高さを合わせる。
「ぼうけんがよんでたからしかたない」
「なら次はお姉ちゃんも入れてやれよ。また泣くぞ?」
「泣いてない! 汗が出ただけだって!」
そういえばそうでしたね。
「やひろ」
ゆいかが真っ直ぐな目を俺に向ける。こんな至近距離で見つめ合ったのは今日初めてだった。こうしてみれば、目元なんかが篠宮に似ているような気がする。そこは姉妹か。
「ありがとう!おねえちゃんがいってたとおりやひろはいいやつだった!」
そうしてゆいかはまたしても今日初めての笑顔を俺に向けてくれた。なんだろう、無性に込み上げてくるものがある。笑顔を向けられるなんて普通のことのはずなのに、ゆいかが俺にやってくれただけで特別なものになる。始まりがマイナス過ぎたせいか、プラマイゼロに戻ったことが随分プラスに感じるからか。ゆいかは策士かもしれないな。
「ありがとな、もう迷子になるなよ」
ゆいかの頭をくしゃくしゃに撫でると、ゆいかは気持ちよさそうに目を細めた。
「じゃ本当に行くから。お前らもまたな!」
「ざっきーありがと。また助けられちゃったね」
「気にすんなよ。俺が勝手にやっただけだ」
「神崎君、お疲れ様。また後でね」
相原がひらひらと手を振ってくれたので振り返す。
後半の方は小声で何言ってるか聞き取れなかったけど、まあいいや。
「やひろ、またね」
「ああ、またな」
最後にゆいかと別れの挨拶をして俺は全力ダッシュでバイトに向かった。
さて、何をやらされたことにして言い逃れしようか。そんなことを考えながらバイト先へ走る俺であった。
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