第17話 なんで君が

 夜、バイトが終わり、またいつも通り締め作業を行う俺であったが、内心では疑問符が浮かび続けていた。

 

 なぜ、誰も何も言わない。


 杉浦さんが何も言わないのはまだいいとして、ボスまでもが俺の遅刻に対して何も言及しなかった。


『遅れました!』


 全力で謝る俺に対して、ボスは


『うん。じゃあ今日もよろしくね』


 と言うだけでそれ以上は何も言わなかった。もしかしてガチギレしてるのではと杉浦さんに相談してみるも、


『ま、そう言う時もある』


 妙にニヤニヤしながら答えになってない答えを言われる始末。そんなわけでバイト中俺の心はずっとモヤモヤしたままだった。怒られると思っていたのに終始穏やかな対応をされたせいで拍子抜けしている。俺は遅刻をしたのにこんな温い対応でいいのか?そんな疑問が脳を埋め尽くしそうだったが、相原ボイスをレコーディングしている脳細胞だけは支配されなかった。偉いぞ脳細胞。大事なものは何かわかってるな。


「お疲れ様。水飲む?」

「おう、サンキュー」


 後ろから手渡されたコップを受け取り、一口煽る。色々あって疲れた体に、冷たい水がよく染みる。こいういのは頑張った分だけ美味しく感じるもの。それだけ今日も頑張った、いや本当に頑張ったと思うぞ。学校に行って、迷子のゆいかを助けて、最後はバイト。そりゃ水美味いって。


 結局一口では飽き足らず、コップの中の水をそのまま全部飲み干した。はて、何か大事なことを見落としているような。


 頭の中に浮かぶ疑問に集中していたせいで、何かをスルーしている。ボスはレジ締め。杉浦さんは洗い物。二人とも物理的に水を渡せる距離にいない。あれ、じゃあ俺誰に水もらったの?


 水を恵んでくれた主は誰かと振り向けば、夕方にも見た天使がそこにはいた。


「相原⁉︎」

「はい、相原です」


 あ、このやりとりさっきもしたねっていやそんなことじゃなくて!


「なんで相原がここに⁉︎」

「なんでってここ私のお父さんのお店だよ?」


 相原が見つめる先には我らがボスの姿が。え、なんだって?


「お嬢が店に顔出すなんて珍しいですね」


 洗い物を終えた杉浦さんが俺たちの近くまで来る。


 杉浦さん相原のことお嬢って呼ぶんだ。なんかやの付く人たちの娘みたいに聞こえちゃうんだけど。相原は天界から使わされた身なのだからまるっきり正反対だと思いますよ俺は。


「はい。色々思うところがありまして」

「はあ……そりゃまたどうして」

「秘密です」


 いつものエンジェルスマイル。杉浦さんはよく平然と話していられるな。俺もうびっくりして言葉が出ないんだけど。


「ま、俺はどっちでもいいんですけどね」

「営業中にはお邪魔しませんから安心してください」

「むしろ営業中に来てくれた方が客足増えそうですけど。お嬢は可愛いですからね」

「杉浦さんはいつもそう言いますね」

「事実ですよ。神崎もそう思うだろ?」

「え……ああ、はい」


 急に振られても相原の可愛さについては咄嗟に肯定できる俺。気のない返事は決して相原の可愛さを否定するするものではない。


 てかなんか普通に馴染んでるけど、俺まだ状況が飲み込めてないんですけど。この景色ものすっごいイレギュラーなんですけど!


「どうした上の空な返事して」

「いや、状況が飲み込めなくて。なんで相原ここにいるの?」


 これ、さっきも聞いたような気がするけど、それだけ頭が混乱しているってこと。


「ここがお父さんのお店だからだよ?」

「そうでしたね……」


 さっきも同じ答え聞いてたわ。


「美咲は気が強いくせに実は奥手だから、神崎君が気づくのはもう少し後かと思ってたけど、予想が外れたかぁ」


 え?ボスなんか泣きそうなんだけど。


「美咲も成長してるってことだね」

「お、お父さん⁉︎ 泣いてるの⁉︎ なんで⁉︎」

「いや、娘の成長が嬉しくてね」


 少し涙を流すボスに戸惑いを隠せない相原。お父さん、か。ほんとに親子なんだな。やっと状況を飲み込めてきた気がする。


「気が強くてワガママだったお嬢の成長がうれしいんでしょうね」

「それにしたって、泣くほどなのお父さん⁉︎」


 杉浦さんもなぜか見守る立場ポジションの発言をする。それにしても、相原が気が強くてワガママ? 学校やゆいかの時もそんな気は感じないし、俺の知ってる人とは違う話に聞こえる。でもそれは当然だよな。俺はまだ相原と同じクラスになって1ヶ月も経ってないわけで、杉浦さんだって俺より相原を知っている期間は長いし、ボスに至っては相原が生まれてからずっと見てきている。俺の知らない相原をいっぱい知っているのはごく当たり前のことだ。泣くほどってことはそれだけ嬉しいんだろうな。てか昔話聞いてみてぇなぁ。


「神崎君ごめんね。変な空気になっちゃって」


 相原は申し訳なさそうに言う。


「べつにいいんじゃないか。ただの良い親の姿に見えるぞ」

「それはそれで恥ずかしいよ!」

「そっか。俺は羨ましいと思ったけどな」


 聞こえない程度の声で俺は囁いた。


「神崎君? 今なんて言ったの?」

「なんでもない。それよりボス、泣いてないでさっさと終わらせちゃいましょうよ!」

「そうだったね。じゃあ終わらせようか」

「「イエスボス」」

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