第18話 二人の時間
片付けをした後、せっかくだからもう少し話せないかと相原が言う。俺に断る理由は何もないので二つ返事でOKをして、俺たちは閉店した店の中で居残りすることにした。ボスと杉浦さんは若者の邪魔をする趣味は無いといってさっさといなくなった。人生という長い目でみれば杉浦さんも若者だと思うんだけど、まあ大学生から見た高校生は若人扱いということか。成人してれば大人ってやつね。実名報道されないことを祈ってます。
と、なんでこんな無駄な思考を続けているかと言えば、原因は目の前にある。
「…………」
もう少し話せないかと言われて残ったはずが、相原はモジモジするだけで一向に口を開かない。時折視線が合えば直ぐに逸らすし、なんか俺も緊張してきたぞ。
よく考えたらこんな可愛い女の子と夜に二人きりという状況、俺免疫なかったわ。おいおい柄にもなくドキドキしてきたじゃねぇか。話しづらいことを切り出したい感じなのか? もしかしてあれなのか? あれなのか⁉︎
相原の言葉を一字一句聞き逃さないように耳に全神経を集中する。もう視界すらいらないかも。目閉じようかな。相原の可愛い姿を見れないからしないけど。いかんいかん煩悩さん今は帰ってください。後で家に帰ってからめっちゃ相手してあげるから。
「あのね……」
「ど、どうした?」
煩悩さんを強制送還して相原の言葉を待っていると、ついにその先端が開かれる。いやもう俺の返事もなんか気持ち悪い感じの聞き方になってるし。告白なんて億にひとつもないってのはわかってるけど期待したくなっちゃうんだよ男は。まあ俺なんかじゃ天使につり合わないのは知ってるけど、妄想くらいは許してくれ!
「えっとね…….」
いやぁちょっと顔が赤くなってる相原もいいなぁ。可愛い女の子は何しても可愛いからずるいわほんと。イケメンと一緒だ。
そんな高なる心を抑えるために水を煽る。内側から冷やす作戦。
やがて相原は意を決したように「うん」と小さく頷き、真っ直ぐに俺を見つめる。吸い込まれそうな瞳もまた小さく揺れていて、その真剣な眼差しに思わず俺も息が詰まる。
「神崎君!」
「は、はい!」
誰もいない店内に二つの声が響く。
「結菜ちゃんのことどう思ってるの⁉︎」
「は、はい?」
え? その質問はなんですか相原さん?
いたって真面目な顔で聞いてるけど予想外過ぎてどう反応していいものかわからない。はたして俺は何を求められているんだ?
篠宮をどう思っている? いやべつに何も思ってないんですよ。ただそれが正解なのかわからん!
「質問の意図がよくわからないんですが」
落ち着け俺。わからないことは聞けばいいんだ。正直意味不明な質問ではあるが、相原は真面目そうだから適当に返すわけにはいかない。ふざけた回答でもしてみろ。神崎は私が真面目に聞いたのにふざけた返答をするクソ野郎だとなれば俺は終わりだ。クラスで俺の存在はゴミ扱いとなることが確定するだろう。相原美咲とはそう言った存在なのだ。まあ相原がクラスの奴らに言うとは思えないが、それでも相原の中で俺がクソ野郎評価になるのは避けねばならない。可愛い子に罵倒されるのはそれはそれでアリかもしれない。しかしこと相原となれば話は変わる。残り11ヶ月弱の命運が掛かっているんだぞ。結局のところ、俺は相原に嫌われたくないんだよ!
「そのままの意味だよ」
「そのままの意味……」
「結菜ちゃんのことどう思ってるか教えて欲しいの」
おい、なんのヒントも得られなかったぞ。まったく……難しすぎるぜ。
だが、死地でこそ人は真の力を発揮するもの。俺の頭脳が覚醒するべきはこの瞬間。今までふざけていたのは今日この場で覚醒するための伏線、ではないが、とにかく覚醒しろ俺の頭脳。
水を持つ手が武者震いしてやがる。
相原の目は生半可な回答を許さないと訴えている。
頼む俺の頭脳。答えを教えてくれええええ。
その時、脳内に一つの声が聞こえてきた。
『思いのままに言いなさい。死んだらそれまでです』
絶対に死なない作戦を立案できないのかよ⁉︎
『私はあなたの頭脳。主人より賢くはなれないのです』
くっそ、俺の頭脳が俺を否定しやがる。だが、それも俺なのだから反論の余地もない。なれば答えはひとつ。当たって砕けろ。南無三!
「な、何も思ってない、です」
篠宮はたしかに話しやすい奴ではあるが、べつに何か特別な感情を持ってるわけではない。他の女子より少し仲の良い友達? みたいな感じだ。
「嘘だよ!」
「ええ⁉︎」
本当のことなんですけどおおおおおお。なぜ信じてくれない⁉︎
「だって神崎君結菜ちゃんとなんかいい感じだもん! この前も助けてもらったって言ってたし!」
「いや、それは佐伯が」
「どうしてそこで佐伯君が出てくるの!」
「佐伯が関係してるからとしか」
「意味がわからないよ! ちゃんと説明して!」
「仰せのままに!」
机を飛び越える勢いで身を乗り出した相原の圧に押されて壊れた機械のように首を縦に振り続けた俺。
「ただ、その前に一旦引いてもらっていいですか? その……視線に困ると言うか」
そう、大きく前傾姿勢になることで、相原が着ているシャツが重力で下に引っ張られる。首周りの空間から彼女の小さくも膨らみのある、可愛らしい二つの山が嫌でも目に入る。
ふおおおおおおおお! 見てはいけないものを見てしまったががががががが。あまりの刺激に脳がバグった。鼻血を出さないあたり最終防衛ラインは死守しているようだ。
「視線…………あっ!」
俺の視線の先に気づいた相原はすぐさま姿勢を正して胸元を抑え、羞恥に頬を染める。
「み、見た?」
潤んだ目で睨まれるのも悪く無いな。じゃなくて。
「いや、見てない」
紳士たるもの、時には優しい嘘も必要。
「よかった。今日は人に見られたくない色だったから」
「へぇ、白は他人に見られたくないのか」
「…………うそつき」
「あ゛…………」
相原からの好感度が下がったような気がした。名探偵相原、見事アホな男子高校生の嘘を暴いたり。
いや、まじそんな冷たい目で見ないで相原。あれは事故なんだから。ね?
「ということがありました」
「なるほど」
この前発生した佐伯変な女に絡まれ事件について、俺が知る限りのことを丁寧に話した。相原からはずっと恨めしそうな視線を感じていたが、冷静になればなるほど、あれは俺悪くなくね? と思うようになったので気にしないことにした。身を乗り出す時は胸元が見えない格好にでもしてください。俺以外の男子の前ではな。
「つまり神崎君は結菜ちゃんにとってのヒーローってわけだね」
「おん? どうしてそうなる」
「だって佐伯君を連れ戻したかった時に手を差し伸べて、今度は逸れた妹を連れてきてくれた。これはもうヒーローだよ!」
「ヒーローねえ。そんなもんか」
そう言われても特に実感はないな。俺としてはただ自分の信条に従っただけで、ヒーローになりたかったわけではない。他者から見ればそういう視点もあるってことか。まあ、言われて悪い言葉じゃないし、好意的に受け取ることにしよう。
「そんなもんだよ。でも、そっか〜」
相原は脱力して天を見上げる。一人で納得して、でも不服なのか椅子を揺り籠みたいに揺らしてる。
「どうかしたのか?」
「…………はぁ」
露骨に残念そうなため息を吐く相原。俺を見る目がだんだんと細く鋭くなっていく。
「神崎君の欠点を見つけた。でも教えてあげない」
「えぇ……どうせなら言ってくれよ」
直せるところなら直すんだけどなぁ。
「やだ。自分で気づいてください」
「そんなぁ」
天使は厳しかった。
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