第151話 溢れ出る感情
実家と言えど、ずっと家に籠っているとやることがなくなる。
姉貴はドライブに行くとかいって飛び出していき、親父たちは家でのんびりしている。
やることがなくなっても普段なら一人で時間を潰すが、今は美咲が一緒にいる。親父たちみたいにのんびり過ごすのも悪くないと思っていたけど、美咲が俺の地元を歩きたいと言うので散歩をすることに。自称インドア派の美咲も、さすがにずっと他人の家でのんびりはできなかったらしい。
親父たちに一言告げて、俺たちは適当に外を散歩することにした。
「夏だね」
「夏だな」
会話に困った時は天気の話をするように、俺たちは当たり前の事実を言った。
でも仕方ねぇって。今日も太陽さんが本気出してんだもん。
道すがら買ったコンビニのアイスはその暑さにすぐ音を上げた。もうちょっと形を保てと言いたくなったけど、この暑さなら仕方ない。そう思える暑さだった。
暑いだけならまだしも、夏特有の湿気が肌に纏わりついて粘っこい。歩いているだけで体から汗が噴き出してくる。特に背中。
「あ……」
歩いている中でふと目に入った一枚のチラシ。掲示板に張り付けられたそれを見て、俺の足が止まった。
「どうかした?」
美咲も俺に合わせて足を止めた。
「いや、そういや明日は夏祭りなんだなぁって思って」
「そうなの?」
「このチラシ見て思い出した」
毎年恒例の夏祭り。夜空に打ちあがる花火をモチーフにしたチラシには、明日近くの神社で開催される旨が記載されていた。
すっかり忘れていた。夏といえば祭りの季節だわな。
「夏祭りかぁ……いいなぁ」
「結構大きな祭りだぞ。出店もいっぱいあるし」
「……いいなぁ。あれ、でも八尋君は覚えてるの?」
「記憶を失くしてから1回だけ行ったんだよ」
祭り。思い出すのは最後に六花と二人で行った時か。あの頃はまだツンケンしてなかったんだけどな。
お兄ちゃんお兄ちゃんと手を引かれた過去を思い出す。俺がまだ過去の神崎八尋であろうとしていた時代の話だ。楽しそうに笑う六花と、楽しそうな仮面を被った俺。
同じ時間を共有してるようでしてなかった仮初の時間。そのせいで今の俺たちの関係が出来上がってしまったとも言える。俺の弱さが招いてしまったつまらない過去の出来事。
チラシを見て、そんな過去の幻影を思い出してしまった。後悔の念はこんな些細なところからもやってくる。プールに続いてなにしてんだか。
「ん? どうした?」
気づけば美咲が心配そうに俺の服を控えめに摘まんでいた。
「八尋君、難しい顔してる」
「マジで?」
「いい思い出じゃなかった?」
「まぁ……いい思い出ではないな。この前話した、俺が六花を傷つけた要因のひとつだよ」
もっと早く、六花とちゃんと向き合えてれば彼女を傷つけずに済んだだろうか。結果論でしかないのにそう考えてしまう。
俺が傷つきたくなくて、だから自分を守るために求められる姿を演じて、その結果自分も周りも傷つけてしまった過去。
全ては俺が弱かったから招いた結果。六花は悪くない。悪いのは俺だ。向き合うことから逃げた俺が悪いんだ。希望を与えてから落とした方が精神的ダメージは大きい。俺は六花にそれをしまったわけだ。六花を傷つけたのは俺なんだ。
「あ、良くないことを考えてる顔だ。そんな八尋君にはこうだ!」
「ちょ、みしゃき!?」
意地悪な笑顔を浮かべた美咲は、両の手で俺の頬を引っ張った。
餅ほどは伸びないけど、人間の限界くらいは伸びてる自覚がある。ちゃんと元に戻るよね?
「ふふ……変な顔」
俺の顔を変形させている張本人が言うのはいかがなものか。
少しして、美咲は満足したのか俺の頬から手を離した。
「じゃあ、明日は私と夏祭りに行こうよ」
「いいけど、急なお誘いだな」
「嫌?」
「んなわけあるかよ。最高だ」
「よかった。過去の後悔だって、今が楽しければ塗り替えられるよ。人の時間は常に前へ進んでいるんだから。そうしないと、みんな後悔だらけで押し潰されちゃうよ?」
「……そうだな」
美咲といると、ふとした時に救われる気持ちになる。今もそうだ。沈みそうになる俺の心を、美咲はいとも簡単にすくい上げてしまう。
過去は過去。今は今。俺の後悔も全部ひっくるめて、俺は俺として前へ進む。それをみんなへ伝えるために俺は帰って来たんだ。でもそれなら。
「美咲には悪いけど一人追加していいか? どうしても一緒に行きたい人がいるんだ」
「いいよ」
「誰か訊かないのか?」
「ふふ……そんなの訊かなくてもわかるよ」
なんとまあ理解のある彼女である。
「悪いな。せっかくデートの誘いだったのに」
本当は二人で行きたかったもしれない。だけど今回は俺の想いを優先する。そうしないとダメだって心が叫んでいる。このままの関係で兄妹の再会が終わって良いわけがない。
「大丈夫。二人で色々なところへ行くのはこれからいつでもできるから。今は、八尋君のやりたいようにやろう。私はそんな八尋君の背中を支えるから」
「美咲……」
好きって感情の上限はどこにあるんだろうか。
美咲には一目惚れして、俺の好きは頭打ちになって、ずっと1番高い場所に留まっているもんだと思っていた。でも違う。美咲には抱いた感情は未だ高く昇り続けていて、見上げても天辺なんて出てこない。彼女と一緒に居ればいるほど、俺は彼女の虜にされていく。好きの感情が止まらなくなる。
「愛してるぜ美咲!」
だからこうして、抑えられなくなった感情は時として俺の口から飛び出てしまう。
「え⁉︎ ど、どうしたの急に⁉︎」
「溢れ出る美咲への愛を外に放出しないと、俺の身体は内側から崩壊してしまう」
「な、なにそれ……」
そうやって嬉し恥ずかしな感じで笑う君のことが、俺は大好きなんだ。
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