第152話 やだ

「え、やだ」


 これは、晩御飯を終え部屋に戻る六花を呼び止め、明日の夏祭りは一緒に行こうぜ! と勢いに任せて誘った俺へ、六花が返した会心の一撃。短く、それでいて完璧な意思表示。話が脱線し、結局何が言いたいのかわからない長文をたまにお見舞いしてくるどこぞのポニーテールとはえらい違いである。


 お兄ちゃんのメンタルにクリティカルヒット! 一言で心に傷を負わせるとはこやつ……中々やりおる。だが、この程度で諦めるお兄ちゃんではない!


「まあそう言うなって、前は一緒に行ってたろ? 今年は俺いるし、一緒に行こうぜ?」

「やだ。私だっていつまでも子供じゃないし」

「お兄ちゃんと二人じゃ恥ずかしいか? なら美咲お姉ちゃんもいるから安心しろ。そこはぬかりない」

「いや尚更嫌なんだけど……なんでデートに私が割り込むの……普通に邪魔ものじゃん」

「お、おう……」


 どうしよう。普通に正論なんだが?


 3人組で仲良くしてたけどいつのまにか自分以外の2人が恋人同士になって、これからも3人で仲良くしようねって言われても結局気を遣わざるを得ない損な役回り。この状況、厳密にはそれとは違うが似ている。この前見た青春ドラマのシチュエーションにとても似ている。


「じゃあ2人で行ってくる?」


 六花の真っ当な意見に俺が言い淀んでいると、後ろから聞くだけで脳に幸せホルモンを分泌する天使の声が聞こえた。い、いつのまに。天使の羽で浮いているから美咲は音もなくやってくる。


「……」


 六花は絶妙に嫌そうな表情をしている。え、やだと一撃で斬り捨てないあたり、客人に対する最低限のマナーはもっているらしい。俺にも少しだけその優しさを見せて? 肉親にも見せて。


「そういえば、ちゃんと自己紹介してなかったよね六花ちゃん。相原美咲です。よろしくね」

「……よろしくお願いします。相原さん」


 全然よろしくする顔じゃない。


 六花はどうしていいかわからないような、迷いを含んだ表情をみせる。


「話を戻すけど、もし私が邪魔なら私は大人しくしてるから2人で行って大丈夫だよ。私は部外者だから」

「そんなことは……」

「すぐに答えが出ないってことは、六花ちゃん本当は八尋君と行きたいんでしょ?」

「――⁉︎」


 六花が不意を突かれたように目を見開く。


「昔は2人で行ってたんだよね?」

「どうしてそれを……っ」


 そんな冷めた目で俺を見るなって。兄妹に向ける目じゃねぇからなそれ。長年の仇を目の前にした時に見せる目だからな。待て。俺は六花にとってそのレベルの存在だったのか⁉︎ くそ……恨みを買うことなんて……してるなぁ。


 冷めた目も可愛いぜ妹よ。なんて言えたらこの張り詰めた雰囲気も和むんだが、今はまだそれを言えるような関係にはなってない。悲しきかな。俺と六花の壁は厚い。


「八尋さんは今まで一緒に行ってたから今年も私と一緒に行きたいの? そんな形だけの兄妹アピールならいらないんたけど」

「いちいち言葉に棘があり過ぎるんだが……」


 形だけの兄妹アピール。お前にはそう見えるんだな六花。いや違うか。俺がそうさせたんだよな。これを六花のせいにしちゃだめだ。


「なあ六花。そんなに俺が嫌か?」

「……っ」


 俺の問いに、六花は再び表情を歪める。


 この家に来てから、俺と話す時の六花はことある毎に辛そうな表情を浮かべる。笑った六花の顔を一度も見ていない。俺以外の前では見せてるんだろうか。そうだったら少し寂しい。


 歪だった過去が、こうして今を拗らせる。全部俺の撒いた暗い種が芽を出しただけ。現実をちゃんと受け止めて、その上で進まないといけないのはわかっている。


「俺、馬鹿だから言われないとわかんねぇことがたくさんあるんだ。だから本気で嫌だったら言ってくれよ?」

「それは……」

「と言いつつも、俺は六花と祭りに行きたいんだけどな!」

「どうしてそこまで私と行きたいの?」

「俺がお前と行きたいからだよ」

「理由になってない」

「たしかに」

「でも……ごめん。明日は友達と行く約束があるから……」


 六花は目を逸らしながら言った。


「そっか。じゃあ仕方ないな」


 先約があるなら仕方ない。俺の都合だけで六花を連れ回すのは良くないし、たまに帰って来た奴より今いる友達を優先した方がいい。


 べつにチャンスは今年だけとは限らないんだ。俺が諦めない限り時間はたくさんある。


「じゃあ……そういうことだから」


 六花は要件が済んだとばかりにそそくさと自室へ戻った。


「はぁ……ま、友達と先約があるなら仕方ねぇか」

「じゃあ明日はどうする?」

「2人で行くか。六花も行くならどこかで会えるかもしれないし。もとより最初はデートの約束だもんな」

「うん。そうしよっか!」


 明るい調子で美咲が微笑む。


「でも良かったね八尋君」

「え?」

「六花ちゃん、八尋君のことを嫌いだとは一回も言わなかったよ」

「言い辛かっただけだろ? 六花は複雑そうな表情してたし」

「ううん、違うと思う。たぶん六花ちゃんはさ、自分の中で答えを探して迷っているんだよ。八尋君が嫌なんじゃなくて、どうしていいかわからないだけなんだと思う。私はそう感じた」


 菩薩のように全てを包み込む優しい笑顔。俺には全然わからないそれを、美咲は六花から感じ取ったらしい。


 なんかリアルお兄ちゃんよりお姉ちゃんしてる気がして複雑なんだが? 俺もわかりみに溢れてる歳上ムーブかましたいんだが? そんな考えの時点で俺に勝ち目はない。


「答えか……俺もそれを探してるんだけどな」


 正解のない答えを探す。俺と六花の関係に決まった答えなんてない。そもそも、人間関係はテストみたいに答えが決まってる方が少ない。複雑かそうじゃないかの違いで、人が変われば関わり方も変わる。俺と美咲だって、今の関係になる前は間違いを色々経験した。


 迷ってる。たぶん俺もそうなんだ。


 六花の本当の想いを知らなければ、俺は六花と対等に向き合えない。


 なんとなく、一緒にお祭りへ行けば話せるような気がした。根拠のない自信だけど、なぜかそう思った俺がいたんだ。だから誘った。結果は残念だったけど。


「八尋君ならきっと、いや絶対見つけられるよ。私が保証する」


 これまた何の根拠もない言葉。


 それでも不思議なことに、俺の隣に立つ彼女が言えば本当に見つかる気がした。

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