第159話 六花①

 お互い舌が火傷しそうになったから、二人で水を求めて再び行動開始した。


「自動販売機は……さすがに神社の中にはないよね」

「だろうな。適当な露店で探すしかないと思う」


 飲食の屋台はところ狭しと立ち並んでいる。なら、多少割高でも水を売っている店はあるはずだ。


「たこ焼き……すごかったな」

「すごかったね……」


 舌がまだひりひりする。殺人的に熱いたこ焼きだった。


 出来立てを食ったら死人が出てもおかしくないぞあれ。


 二人して美味しかった、の感想が出てこなかったから。いや、ちゃんと適温のたこ焼きは美味しかったよ。でもね、どうにもお口の中がファイヤーしちゃった印象しか残らないの。味よりも衝撃。俺たちの意見は一致している。


「あれ、もしかしてお兄さん?」


 兄、という言葉に反応してしまいそうになったが、その声に聞き覚えはない。


 下手に振り返って、お前じゃねぇよ……みたいな反応されても気まずいだけだし、きっと俺じゃない。そもそも俺お兄ちゃんとかお兄さんとか今呼ばれることないし。


 六花にお兄ちゃんと呼ばれたい願望が強すぎて俺のことかと錯覚したわ。危ない危ない。


 だからスルーして水を探そうとした矢先、俺の横を何かが通り過ぎた。そして、それはそのまま俺の目の前で立ち止まる。


「あ、やっぱりお兄さんだ。お久しぶりです!」


 白と水色の浴衣に身を包んだ女の子が、俺に向かっておどけた敬礼をした。


 え、誰? 俺の妹は六花しかいないんだけど……この人俺のこと兄って呼んでるよね? え、親父やったか? お前やったのか? 血の繋がらない妹の存在隠してやがったのか!?


「あ、えっと……」


 やっべ……なんて返せばいいの? 俺の辞書にこの子の存在書いてないんだけど? 黒歴史ノートにも隠し子いるとか書いてなかったんだけど!? いるなら書けや! クラスメートの趣味より大事なことだろうが!


「えぇ……もしかして私のこと覚えてないんですか?」


 いやそんな寂しそうな顔しないで。めっちゃ生き別れの妹っぽい演出しないで。


 俺今背中の汗やばいからね? 触ってみる?


「八尋君、この子は?」


 ほらぁ、美咲も不思議がってるじゃん。


 その答えは俺が訊きたいんだよ。教えて美咲。わかるわけねぇか。


「えっと……俺の存じ上げない兄妹、的な?」

「え……」


 そりゃそんな絶句した感じになるわな。俺もいみわかんないこと言ってる自覚ある。


 でもさ、いきなり知らない人に兄と呼ばれたらそう考えちゃうよね。


「なに言ってるんですかお兄さん? ほんとに覚えてないんですか?」

「あぁ……えっと」

「ちょっと小春! 急にどうしたのって……あ」

「あ……」


 目の前で不貞腐れた顔をする女の子は小春と言うらしい。後ろから追いかけてきたであろう彼女の連れがそう言ったから。


 その連れと目が合って、俺たちはその場で固まってしまった。


「六花……」

「……」


 六花は気まずそうに目を逸らす。


 祭りの会場は同じだ。会うことだって当然ある。


 六花は小春と呼ばれた女の子の背に隠れるようにして立つ。


「六花ごめんて。ちょっと懐かしい背中を見つけちゃったからさ」

「八尋君、ここじゃ他の人の邪魔になるよ」


 美咲が言う。もしかして、俺たちに気を遣ってくれたんだろうか。


「……そうだな。じゃあ俺たちは行くから」


 悲しきかな、六花には祭りで会っても話しかけるなと厳命されている。


 お兄ちゃんはものすごい寂しいけど、妹の不興を買いたくはないので、今日のところは従っておこう。


「なんでですか? せっかく会えたんだから少し話していきましょうよ!」


 だが、それは俺たち兄妹の都合であって、彼女には通用しない。


「いいでしょ?」  


 彼女は後ろの六花に無邪気な笑みを浮かべる。


 それだけで、彼女は俺と六花の関係を何も知らないんだと理解した。


 俺としてはなし崩し的に六花と接する機会が作れて万々歳だけど、六花は俺と小春さんを交互に見て、どうすればいいか考えているようだった。


 見るに小春さんは六花の友達であり、俺とも面識があったんだろう。その彼女は俺たちの関係を知らない。つまり六花は俺の今の状態を彼女に隠している。


「……わかった」


 六花は渋々と言った形で頷いた。


 下手に拒絶したところで、変な疑惑をかけられてしまう。六花はそれを嫌ったんだろう。


 俺たちはさっきたこ焼きを食べた広場まで戻って来る。結局、水は買えなかった。


「お兄さん! 私のこと忘れるなんて酷いですよ! 藤代小春ですよ! 昔はよく六花の……お兄さんの家に遊びに行ってたじゃないですか!」

「あぁ……思い出した藤代さんね。うんうん昔よく来てたね。見ない内に大きくなってたから気づかなかったよ」


 俺は当たり前のように取り繕った。


「藤代さん? お兄さん昔は小春って呼んでくれてましたよね?」

「……」


 っといかん顔に出すな。心臓が跳ねたけど気にするな。平常心平常心。


 六花……そんな恨みがましい顔で見ないで……。お兄ちゃん泣いちゃうよ?


「あれ、そうだったっけ? でもほら。藤代さんも年頃の乙女なわけだし、いつまでも名前呼びってのもな」

「むぅ……お兄さんなんか雰囲気変わりました? 昔はもっとこう……そんなの気にしない感じでしたよね?」


 藤代さんはジトっと目を細めて口を尖らせる。


 まったく、この子は的確に俺の心を攻めて来るな……いちいちドキッとする。


 本人は俺に記憶が無いってわかってて言ってなさそうだけど、絶妙に詰められてる感じがして心が休まらない。あと六花、さっきからお兄ちゃんに向けて良い顔してないからな。ほらスマイルスマイル。可愛いお顔が台無しよ。ずっと睨まないで。


「藤代さんが変わったみたいに」

「小春です。お兄さん!」


 こいつあどけない顔立ちをしているくせに押しが強いな。


 ド偏見がすぎるけど、ここまで言われて抵抗するのも角が立つか。


「小春が変わったみたいに、俺だって歳を重ねれば変わるんだよ」

「なるほど。そうですね……それでお兄さん、先ほどから気になっていたんですが、お兄さんの隣にいるとんでもなく美しいお方は誰ですか?」

「俺の彼女だよ」

「レンタルですか?」

「お前くっそ失礼だな!?」

「いやごめんなさい! お兄さんにそんな可愛い彼女ができるとは思っていなくてですね!?」

「全然フォローになってねぇけど!?」


 そんな驚くことなくない? 昔の俺ってどんな印象だったの? その辺の雑草?


 そりゃ俺だって未だに奇跡だと思ってるけどさ、真っ先にレンタル彼女の可能性疑うのは酷くないか? 俺だって傷つく心は持ってるんだからな?

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