第101話 遊びに行きたい
昼のチャイムと同時に机に突っ伏した委員長を尻目に食堂へ。飯くらいはちゃんと食えよ?
いつもの面々で昼ごはん。変わったことと言えば美咲がいて、なぜか最近は実梨もいる。来るものを拒まずの空間なので誰も何も言わない。
最初は一人で食べてた昼ごはん。それがいつのまにかにぎやかになっていた。
不思議なもんだな。今年の春にはこんなに大人数で食べるなんて思ってなかったのに。
でも、むしろこの空間を俺は気に入っている。前を向いて生きる。ちょっとした気持ちの切り替えが起こっただけ。それだけで、ただの日常が明るく色づいていく。
「みのりんと、遊びに、行きたーい!」
柄にもなく干渉に浸っていると、篠宮が元気よく声を上げた。
「行きたーい!」
「「いえーい!」」
ノリノリな実梨は篠宮と軽快にハイタッチ。相変わらず元気な奴らだな。
篠宮も実梨と過ごすのに慣れたのか、もうあのガチガチ萎縮モードはなくなっていた。
まあ普段通りの篠宮と実梨なら普通に波長があいそうだもんな。なんかもうすげぇ仲良しに見えるし。
「ほら、みさっちも! みのりんと、遊びに、行きたーい!」
「い、行きたーい」
「いえーい!」
おい。お前らのノリに俺の可愛い彼女を巻き込むんじゃねぇ。ハイタッチを強要するな。
それでも美咲は控えめながらちゃんと二人とハイタッチを交わす。無理に付き合わなくていいんだぞ?
「「じー」」
篠宮と実梨はわざと声に出しながら俺をじーっと見つめる。
「なんだよ、アブラゼミの真似でもしてんのか?」
「違うよ!」
随分でかいセミが迷い込んだもんだな。樹液でも取ってきてやろうか?
「みのりんと、遊びに、行きたーい!」
え、それ俺もやらされんの? 仕方ねぇな。
「行かなーい!」
「ざっきーノリ悪い! 彼女ができたら友達とはさようならするのか!」
「人聞き悪すぎること言うなよ……」
「やっくんは私と遊びたくないの?」
「ぐっ……」
潤んだ瞳で見つめるのは反則だろ。例え演技だとしても苦しくなるんだよ。
「遊びたくないわけではない」
「じゃあ――」
「でも、せっかくだし女子3人で行ってくればいいと思ったんだよ」
実梨と遊びに行きたくないわけでは決してない。
でもまあ、女子の中に男が混ざるよりは女子だけの方が開放的に遊べるだろっていう俺の配慮。
男だけで遊びに行くと思ってたら実は女子が紛れ込んでいて、本来の自分が出せなくなるやつがいるように、女子の中に男がいたら内なる獣を解放できないやつが出てくるかもしれないしな。ゴリラとかさ。
「それっぽい理由だ」
篠宮が口を尖らせる。
「俺だってその辺考えてるわけよ」
まあ、もうひとつ別の理由はあるんだけどさ。
でも篠宮。お前絶対信じてねぇだろ。
「えぇ……やっくん行こうよ」
「男を巻き込みたいなら他の二人にお願いすればいいだろ」
ここには佐伯もハカセもいる。
二人ともさっきから黙ってメシを食ってるけど俺は逃がさねぇからな。
お前らがしっかり断れば完ぺきに流れるからな。ちゃんと俺の意図を理解しろよ? わかってるよな、の目線を送っておいた。
「まあそうだね。ハカセはどうでもいいとして、佐伯もみのりんと遊ぶ?」
お前は相変わらずハカセに辛辣なのな。そろそろ和解しないのか。
と思いつつも、たぶんこいつらの距離感はこれが丁度いいんだろう。
「そうだね。予定があえば考えるよ」
ん? 佐伯?
「りょうかい! 一応ハカセはどうする?」
「佐伯に同じだ」
ん? ハカセ?
「じゃあこれでざっきーも参加ということで!」
「外堀埋められたかぁ……」
女子だけという前提が崩れた時点で俺の提案は水泡に帰した。
しまった。奴らがノリ気になる可能性を外してたか。
「はぁ……これでまた男子の当たりがきつくなるなぁ……」
遊びを回避したかったもうひとつの理由。それは実梨の存在に他ならない。
俺は美咲と付き合っている。体育祭で盛大に告白した手前、それは全校生徒の知るところなっている。俺はその件でクラスないし学年の男子ほぼ全員の恨みを買ってしばらく。それはもう嫉妬に狂った男どもからねちっこいご祝儀をいただいた。
まあそれはいい。もう終わったことだから。
だが、次は実梨だ。元国民的人気アイドル。その女の子が俺と仲良くしている。みんなの天使のみならず、国民的人気アイドルまでも手籠めにしているなんてあられもない噂が校内で広がりつつあるのを俺は知っている。事実無根だと言うのにだ。
そのせいで一度は収まっていた俺への殺意が再燃し始めている。
最近すれ違う男子の俺を見る目がマジで怖ぇんだよ。夜道で出会ったら生きて帰れなさそうなくらい怖い。これは非常にまずい。
だからこれ以上の火種は起こしたくなかったが……これも致し方ないか。
ちなみにSNS事件のせいで実梨がバイトしていることが学校の連中にバレた。ついでに俺と美咲がいることもバレた。いやぁ、あの時の男どもの顔と言ったら……マジで殺されるかと思った。人間ってあんな顔もできんのな。勉強になったわ。
流れ弾で委員長と実梨が姉妹であることも白日の下にさらされた。そんで委員長はクラスの女子から質問攻めにあってた。可哀そうに。でも俺の気持ち少しはわかった?
そのせいか最近神崎を殺す会なる闇の組織ができたとかできてないとか。俺は何も悪いことしてないのに酷い話だよな。ほんと世界は理不尽だわ。
それもあってこれ以上殺意に狂った者共の神経を逆なでしたくなかったんだけど。まあ恨みたいやつには勝手に恨まれとくしかないってことね。呪い対策で塩買っとこ。
でも他人からの呪詛って跳ね返せたりすんのか? 美咲の光のパワーで浄化してくれねぇかな。
「でもそうやって最後にはちゃんと来てくれるのが八尋君だよね」
「べつに、身の危険があるから遠慮したかっただけだ。嫌なわけじゃねぇしな」
「身の危険があっても来てくれるんだ。やっぱり八尋君は優しいね」
「ああ……美咲だけが俺の癒しだ」
「私もやっくんの癒しになりたーい!」
「なら学校では大人しくしてくれ」
「なんで!?」
わからない? 周りの殺意ってやつにさ?
今も周りからすごい刺すような視線来てるんだよ。
ほら、そこの君。フォークの持ち方間違えてるよ。その持ち方は振り下ろすことしかできないよ。だからそんな目で俺を見るな。俺は食べられないよ?
「それにしてもざっきーは本当にみさっちに愛されてるよね。毎日愛妻弁当作ってもらってさ」
篠宮は俺の目の前に置かれた天使の施しに目を向ける。
彩り豊かなお弁当。美咲の手作り。俺だけの昼ご飯。幸せの塊。
美咲と付き合うようになってから、美咲は毎日お弁当を作ってくれるようになった。
さすがに悪いので毎日は遠慮しようとしたが、
「これは私が好きでやってるからいいの」
なんて今篠宮に言ったみたいなセリフを言われていつも俺が負けてしまう。
時間の他に材料費だってかかっている。タダでもらい続けるのはあまりに気が引けるので、ボスにそれとなく給料から天引きしてくれとお願いしても笑顔で断られた。美咲が好きでやってるから気にしなくていいとのこと。親子だよなぁ。
「これで八尋君の胃袋を掴んで離さないようにするんだから」
「なら、もうがっちり掴まれてるわ」
「そう? だったら嬉しいな」
いやね、本当にうまいんだよこれ。学食のレベルも低くはないと思ってたけど、美咲の弁当は全てを超越している。
こんなの食べたらもう学食の昼ご飯に帰ってこれなくなるくらいうまい。合法ドラッグだろ。
「相原さんは本当に神崎のことが好きなんだね」
「うん……好き」
好き。美咲はその言葉を控えめに言うことが多い。まあそれも可愛いんだけどさ。そもそも言ってくれるだけ嬉しいし。
「どうした佐伯。俺の彼女口説こうとしてるならお前でも容赦しねぇぞ?」
イケメンが爽やかに言うとなんでも危険なセリフに聞こえるからよくない。顔面による補正値が高すぎる。少し俺にもわけろ。
「違うよ。ちょっと羨ましいなって思ってさ。本当に好きな人ができるってのは、俺にとっては羨ましいことだから」
「爽やかに闇を出してくるのやめろよ。反応に困る」
「俺にもいろいろあるってわかっただろ?」
イケメンにはイケメンなりの悩みがあるらしい。とりあえずそれだけはわかった。
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