第102話 遊びに行くよ

「で、実際いつ行くんだよ? 俺も美咲も実梨も、全員バイト空いてる日はいつ?」


 遊びに行くメンバーで今確定しているのは、俺、美咲、実梨、篠宮。その中の3人は同じバイト先でバイトしている。


 俺と美咲は大体シフトは一緒。実梨とは半々といったところ。全員の休みが被るところは限られてる。


 その上部活の篠宮と予定を合わせるとなると、まあ難しい。これ行けんの?


「あれ、今日ならみんな休みだよ?」


 携帯を見ながら美咲が言った。全員のシフトは携帯で確認できるようになっている。


「おお珍しい。みっちゃんその次みんな休みになるのはいつ?」

「待ってね……1週間後だね」

「遠いねぇ。こういのは思い立ったが吉日! 今日行こう!」


 実梨は右手を高く掲げた。立案から行動までが早すぎる。


「今日かぁ……部活が……」

「じゃあ1週間後にするか? って言っても平日だと篠宮はきついか」


 運動部って平日は毎日、休日もどっちかは活動しているイメージだしな。


「いや、今日は俺たちも部活はなかったはずだよ」

「え、嘘!?」


 佐伯の横やりに篠宮が飛び上がる。


「たしか先生が出張とかでどうせなら男子も女子も休みにするかって話だったね」

「じゃあ行けるじゃん! みのりん、行こう!」

「ゆなちゃん、行こう!」

「「いえーい!」」


 ハイタッチ。お前らほんと仲良しだな。


 でもハイタッチの下で美咲が困った表情してるからな。そこも気にかけてくれよな。


 しかし、まさに今日という日にしか組めないイベントだったわけか。


「ハカセはどうだ?」

「俺は部活だ。今回は遠慮しよう」


 運動部だしそこはしょうがないな。


「じゃあ佐伯は? お前は来るか? てか来て」


 このままだと女子3人と俺1人っていう、間違って殺されそうな未来が見えるんだわ。


「そうだね。神崎もさすがに一人だと苦しいだろうから俺も行こうかな」

「よくわかってるじゃねぇか。まじで助かる」


 さすが佐伯。さすがイケメン。空気が読めすぎる。


 いやでも本当に助かる。これで俺が殺されそうになった時に肉の……おっとうっかりよからぬことを。俺を助けてくれるイケメンに俺はなんてことを。いやはや失敬。普段の僻みがこんなところで。


「しかしまあ、こんな偶然もあるんだな」


 今日ピンポイントで休みが被る確率ってどんなもんだよ。天文学的とまでは言わねぇけどそこそこ強運だろ。


 やはり実梨は持ってるのか、それとも篠宮の遊びたい気持ちが生んだ奇跡なのか。


「神崎、いいことを教えてあげるよ」


 そんなことを考えていると、佐伯が意地悪そうな笑みを浮かべて俺に手招きする。


 美咲を巻き込んで盛り上がる前方を眺めつつ、耳を佐伯に方に近づけた。


「今日練習ないって言うの、実は嘘なんだ」

「……は?」

「練習をサボって友達と遊ぶの、俺少し憧れてたんだよ。だから丁度いいなって思ってさ」

「おいおい……」

「そんな偶然が今日突然起こるなんて普通はありえないだろ?」


 佐伯……お前……。イケメンはどこまでに爽やかに笑っている。


 衝撃の事実を篠宮は知る由もない。そして明日部活に行ったときに真実を知るんだろう。完全に佐伯の言ったこと信じ切ってるしな。目の前でテンションを上げている篠宮はもう遊びのことしか考えてない。


 まさか佐伯が嘘を言っているなんて微塵も思ってない表情だ。


 悲しい真実を知ってしまったからか、篠宮の姿がとても滑稽に見えて、なんか少し可哀そうになってきた。でも本人が楽しそうだからいいか。今日だけはいい夢見てくれ篠宮。俺は何も言わねぇ。言えねぇよ。


「やっぱお前いい性格してるよ。もっとそれをクラスでも出してけって」


 そして評価を少しでもいいから下げろ。俺と同じステージまで落ちてこい。


「ありがとう。誉め言葉として受け取っておくよ」


 悪いことをしているなんて一切思ってないような爽やかさ。やっぱりこいつ、本当は黒いよな?






 時間がもったいないから放課後はすぐに行こう。佐伯の提案を否定する人間は誰もいなかった。


 だが、俺にはわかる。なぜ佐伯がそんな提案をしたか。放課後にうだうだ残っていたら、同じ部活の奴にサボリがバレるリスクがある。時間がもったいないというのは表向きの理由。絶対こっちが主目的だ。


 さすが佐伯。すごくそれっぽい理由でみんなを誘導しやがった。こいつすげぇな。


 実梨だけ別クラスということもあり、放課後は校門で待ち合わせになった。


 帰りのHRが終わった瞬間、篠宮は我先にと校門へダッシュしていた。なるほど佐伯、ここまで見越しての校門集合か。


 すべてが佐伯の手の平の上すぎて、もう今日は篠宮をどんな目で見ればいいのか俺にはかわからねぇよ。気の毒すぎんだろ。


「八尋君? なにか複雑な顔してるよ?」


 美咲と並んで校門に向かっていると、美咲が俺の顔をのぞき込む。


「まあ、ちょっとな」

「ちょっと? 何か悩み事?」

「ああ……そういうわけじゃないんだ。ただ、イケメンってすげぇなって思ってただけ」


 誰にも真意を悟らせずに事を運ぶイケメンに感服してただけ。


 俺だって佐伯から真実を言われなければ何も気づいていなかったと思うし。


「佐伯君のこと?」

「まあそうだな」


 ん? 今イケメンってワードだけで美咲は佐伯って特定したよな? つまり美咲の中でも佐伯はイケメンの分類にカテゴライズされているということ!? 佐伯てめぇなんて羨ましい……俺は入ってないのかな? ない。


「でも意外だったな。今日は佐伯君が来るとは思ってなかったから。佐伯君がノリ気なの珍しい」

「そうなのか?」


 サボってまで来るぐらいだからノリ気もノリ気だよな。


「うん。佐伯君はあまりプライベートでは友達と遊びに行かないんだって。誘っても断られちゃうってみんな私に相談に来てたから」

「へぇ……」


 佐伯ってプライベートで友達と遊ばないのか。意外だな。結構社交性の高いイケメンだと思ってたんだけど。


 でもなんで佐伯と遊びに行けなかった相談を美咲にすんだよ。クラスヒエラルキーの頂点。そこに並び立つ者の視点で意見が欲しかったってこと? その辺の価値観がよくわかんねぇんだよな。


「でも普通にゴールデンウィークは俺たちと遊びに行ってたよな?」

「そうなんだよ。だから私もその話を最初にされた時はちょっとよくわからなかったんだ。だけど、話を聞くと本当にみんな断られているみたいだったんだよね」

「じゃあ俺たちはレアケースだな」

「これでまたみんなに相談されちゃうかも。佐伯君とどうやったら遊びに行けるのかってさ」

「美咲に相談しても解決しねぇだろ。佐伯にしかわからねぇことなんだし」

「そうだね。それにたぶん、この件は私より八尋君に相談するのが一番だと思うし」

「なんで俺?」

「わからない? 佐伯君が気に入ってるのは間違いなく八尋君だよ。今日だって、きっと八尋君がいたから来たんだと思うよ」

「ほんとかよ……」


 俺の問いに美咲はただただ笑顔を返すだけだった。


 佐伯……何回でも言うが俺は女の子が、そして美咲が大好きなんだからな。そこんとこ間違えんなよ?


 それに俺は特段佐伯に気に入られるようなことしてねぇよなぁ。むしろ半分冗談とはいえ僻んでばっかりだが。


「ふふ。八尋君は否定するかもしれないけど、私たちのグループの中心は八尋君だからね?」

「うっそだろ……」


 俺が中心って、いやいやそんな。俺たちはただ気が合う奴らが勝手に集まっていつのまにかグループになってるだけ。誰が中心とか、誰がリーダーとかない。みんながみんな平等だ。


 それに俺を中心に集まるってさ、まるで夏の夜の街灯じゃん。あ、でもそれだと美咲たちが夏の虫に。虫扱いはさすがにまずいな。撤回撤回。


 そもそも千歩譲ったとして俺が中心と仮定しよう。そこにいるのは学年一の美少女と名高い美咲。クラスのイケメン筆頭の佐伯。そしてさすらいの元国民的アイドル転校生の実梨。その他2名。周りの奴が強すぎて俺霞むって。中心とか言っても周りが大きすぎて見えなくなる系の中心だろこれ。


「ほら、やっぱり否定した」


 美咲がしたり顔で指をさす。めっちゃ可愛いなぁ。


「八尋君がいなくなったら、私たちのグループはたぶん時間をおいて自然に解散すると思うよ。私たちはみんな、八尋君に惹かれて集まった人たちだからね。彼女にはわかるのです!」

「それはそれは……とても恐れ多い」


 否定したい気持ちはそれはそれは大いにある。俺はそんな器じゃねぇって。ネガティブとか後ろ向きとかそういうのじゃない。ただ、誰かに上に立つとか、中心になるとか、そういうのは苦手なんだよ。


 でも、せっかく彼女がここまで言ってくれてんだ。否定するのは美咲に失礼だよな。


「俺は特別何かをしてるつもりはないんだけどな」

「うん。八尋君はそれでいいの。それが八尋君の魅力なんだから」

「美咲は俺に甘すぎる。ダメになりそう」

「べつに、ダメになってもいいんだよ?」


 はわあああああああ。その上目遣い最強だろ。本当にダメになりそう。


 でも、ダメだ。この言葉に惑わされて成長を止めてはいけない。美咲の隣に並び立つ男として俺は成長を続けなくてはならない。だから……心を強く持つんだ八尋。負けるな八尋。負け……ない。


 かなりギリギリだった。

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