第94話 これも一種の恩返し②
「いいよ。友達だろ?」
「……うん。そうだね!!」
一瞬篠宮の表情が陰った気がしたけど、すぐに明るい笑顔に戻った。
「じゃ、早速やるか」
「お願いします先生!!」
「はいはい」
暇すぎて勉強していた成果がここに現れるか。
篠宮に正しい問題の解き方を教えつつ、肝心の答えは教えない作戦で課題をこなしていく。全部教えろと生徒側から謎のクレームが来たが、じゃあ一人で頑張れって言ったら手のひらを返したように謝ってきた。これが絶対的強者の立場か。
とはいえこれが篠宮の課題である以上、俺が全てを教えてはこの課題の本質からは逸れてしまうだろう。
あくまで解くのは篠宮。俺はそこまでの過程を導くだけ。
そうすれば篠宮の地力も付くし、課題も終わるしで一石二鳥。
この学校は入るのにそれなりの学力が必要だ。それを突破した篠宮も当然、本来であればそれなりの学力は持っている。
その力は教えていてすぐにわかった。ちゃんと説明すれば一回で理解するし、応用も多少つまづきながらもしっかり解けるようになっていった。
力はあるけどその使いどころがわからなかったパターンだな。パズルのピースのように、ひとつずつ正しいピースをはめていけば、篠宮は課題をすいすいと解けるようになっていった。そして、
「終わったあああああああああああ!!」
篠宮が解放感にあふれた声を出して机にもたれかかる。
「おつかれさん」
「ありがとねざっきー」
突っ伏した横顔から笑顔がのぞく。
「今度ジュース1本な」
「お小遣い生活の人間からたかるっていうのか!?」
「俺も慈善活動ではないからな。助力に見合った対価は必要だろ」
「友達割を使ってタダにしてよ?」
「友達割使ってジュース1本なんだよ」
もし定価だったら学食1週間だからな。だいぶ割引してんだぞ。
「なんだよそれ~」
文句を言いつつも、篠宮は楽しそうに表情を崩している。
その証拠に机の下では足をパタパタとブランコのように揺らしていた。課題が終わった解放感で気分がよろしいようだ。
「でもほんとありがとね。ざっきーがいなかったら永遠に終わらなかったかも」
「永遠って、お前学校に泊まり込みで課題やるつもりかよ」
永遠ならもっと長いか。授業中もずっと課題やってるとか本末転倒もいいところだな。
「泊まり込み。それも案外楽しそうだね。そうなったらざっきーも付き合ってくれる?」
「は? 嫌だけど」
「そこはオッケーするところでしょうが!!」
篠宮は足で俺のすねを的確に攻撃してきた。スイングした運動エネルギーが直接すねに当たってこれまた痛いんだが。でも今の表現ちょっと知的だったんじゃね? 高校生じゃなきゃできない例えだろ。だからなんだよって話。
それにしても篠宮はいろいろと小さいくせに攻撃力だけはやたら高い。少しは美咲の爪の垢を煎じて飲んでお淑やかさを身に着けたほうがいい。
と思ったが最近の美咲はといえば、お淑やかさはなりを潜めて感情を素直に出してくれている大天使になっていた。つまり可愛い。もう美咲の垢を煎じて飲んでもお淑やかさは身につかない。篠宮、淑女への道は遠いぞ。
「俺は家で寝たいんだよ」
「そんな理由で私との泊まり込みを拒否するの!? 女の子とお泊りだよ!?」
「じゃあなおさらダメじゃねぇか。俺彼女いるんだぞ」
お前も知ってる大天使だろ。普通に考えてNGじゃねぇか。いや待てよ。
「篠宮そうやって俺を陥れて美咲と別れさせる作戦だろ!!」
彼女持ちが彼女以外の女子と学校にお泊りする。これは完全なる浮気。それをした瞬間に美咲からの信用度は地に落ち、俺は捨てられる。
そういうことかよ篠宮。たとえ学校でのお泊りがファンタジーだとしても、俺がその気になった発言をしたら美咲にバラして俺の信用を下げようって作戦だな。
まったく、クラスの男子ならいざ知らず、こんな身近にも刺客がいるとは。男子連中も日々あの手この手で俺のネガティブキャンペーンをしようとしてるからな。油断も隙もあったもんじゃない。
「なんでそうなるのさ!?」
「女の子とのお泊りはどう考えてもNGだろ!?」
まず第一に、俺は美咲とお泊りだって経験してないのに他の女の子と先にお泊りなんてできるわけねぇ。
この理論だと美咲と泊まればその後オッケーみたいに聞こえるけど決してそんなことはない。いついかなる時もNGだから。俺はその辺しっかりしてるんでね。まあまだ体育祭以来手を繋ぐこともできないチキンハートでもあるけど。
「ざっきーは私をちゃんと女の子扱いしてくれるんだ?」
篠宮は急にテンションを下げて、伺うように俺を見上げる。
「当たり前だろ。生物学上お前は女だ」
「そういう意味じゃないよバカ!!」
「いってえ!! だからすぐ暴力に頼るな! すねは痛いんだよ!!」
「これは女心をまだ完全に理解できないざっきーへの教育だよ!」
「それこそ俺には永遠に理解できねぇよ!」
俺は気づいた。おそらく女心は俺には理解できない。
学ぼうとする姿勢は持ち続けている。だが、女心は難しすぎる。今でさえ美咲の心の半分も理解できていないような感覚がある。完全に理解できる日が来るとは到底思えない。努力はする。でもたぶん無理。
「やっくんお待たせ!」
篠宮とくだらない小競り合いをしていると、教室の入口から俺を呼ぶ声がする。
振り向けば、大きな瓶のふたのような眼鏡をかけた女子が笑顔でこっちに向かってきていた。眼鏡でだいぶ輝かしさは減っているが、それでも本人が持つ陽のオーラを隠しきれていない。だって眩しいんだ。
「え、みのりん?」
実梨を見つけたとたん、篠宮は急に姿勢を正す。授業の時より背筋伸びてんな。どうやら未だに実梨のことを神格化しているようだ。
「やほやほゆなちゃん! ただのみのりんだよ!」
いえい! と俺たちのところに来た実梨はアイドルっぽく目を上にピースサインを作る。
自然とやっても様になる。まさにアイドルって感じの輝き。でも美咲の天界からの輝きも負けてないな。むしろ勝ってるまである。彼氏にとっての一番星ってのはいつだって彼女なんだよ。
しかし、実梨の仕草を篠宮がやろうものならブーイングの嵐だからな。これが現実なんだ。
「ずいぶん遅かったな。おかげで篠宮の課題が全部終わっちまった」
「それどういう意味!?」
「怒るなよ。深い意味はない」
「だからどういうこと!?」
「やっくんはゆなちゃんの課題を手伝ってたの?」
実梨が篠宮の机の上に置かれたプリントを持ち上げる。
「数学かぁ。難しいよねぇ数学」
「実梨はちゃんと高校の勉強できたのか? 芸能活動忙しかったんだろ?」
実梨がいたのは大人の世界である芸能界なわけで、そこは平日も休日も関係ないはずだ。俺みたいなアルバイトは学業第一なシフトを組めるけど実梨はそうではない。
そして実梨は超人気アイドルだった人。凡人の思考でも普通の学校生活だって送れているとは思えない。
「うん? まあ忙しかったけど勉強は仕事の合間にやれば覚えられるし問題なかったよ」
「想像以上にストイック」
正直実梨からは、「ぜんぜんわかないよぉ」みたいな回答が来ると思ってたのにかなり想像の斜め上の回答だった。
「勉強できなきゃこの学校に転校できないでしょ?」
「たしかに言われてみればそうだな」
この学校偏差値高いし、実梨の言う通り学力が足りていなければ普通は入れないだろう。
「でも実梨ならルールを超越する力だって使えそうな気がするよな」
願書の名前欄に中村実梨の名前と写真があって、もし先生がアイドル中村みのりのファンだった場合、不思議なアイドルパワーが働いてもおかしくはない。
現に実梨が転校してきただけで大騒ぎになってるわけで、その前に教師陣が大騒ぎしている可能性もある。え? みのりん!? 合格!! 的な。誰も損しないしな。
「もう一般人の私にそんな力はないよ。普通に試験を受けて普通に合格しただけ」
「そりゃすごいな」
芸能生活を行いつつ勉強もしっかりと励んでいる。第一印象の時は失礼ながらふわっとした人かと思っていたけど、もしかして実梨ってかなりすごい人?
いやまあ芸能人していた時点ですごい人だけど、そういうんじゃなくてしっかりしているという面でのすごい。
「え? じゃあもしかしてみのりんにお願いしたら勉強教えてくれちゃったりするの!?」
篠宮は目を輝かせている。
なぜ最初から他力本願なんだよお前は。ちっとは自分で考えてなんとかしろよ。できる力はあるんだからさ。
「私にできる範囲ならできるよ!! ただまあやるなら学校以外の場所にしようね!!」
「どうして?」
「いやぁ……まあ学校で誰かと勉強してたら大変になりそうな予感がするから」
実梨は苦笑い。
「実梨は人気者だからな」
今でも実梨の周りには人で溢れている。元芸能人という箔がそうさせるのか、実梨が可愛いからかはわからないけど。どっちもか。
「そろそろ落ち着いてほしいんだけどね」
「いっそものすごい性格悪いキャラでもやったらどうだ? そうしたら人が消えるかもしれねぇぞ?」
実梨に話しかけて、は? あんたごときが話しかけないでよ。とか言われたら軽くトラウマになる自信がある。美咲にそんなん言われたら泣いて土下座して何が悪かったか聞き出すくらいのレベル。
普段明るい人に急に冷たくされると焦るあの感覚な。
「それは今後の学校生活に支障がでそうだから嫌!」
「じゃあ諦めて時間が解決するのを待つんだな」
「えー、やっくん何かいいアイデアないの?」
「ない」
「即答!?」
いや無理だろ。
「酷いよやっくん! 後輩を見捨てるのか!?」
「後輩?」
聞きなれない言葉に篠宮が首をかしげる。
「そうだよゆなちゃん。今日からやっくんは私の先輩になるんだよ!」
「え……ざっきーなにかみのりんの弱み握って変なプレイしてるの?」
「なんでその発想にいたるんだよ!? なんにもやましいことはしてないわ!!」
俺をなんだと思ってるんだお前は。
同級生に先輩呼びさせるプレイってなんだよ。意味わかんなすぎるだろ。先輩って誰にも呼ばれたことない可哀想な人だと思われてるの俺? まあ呼ばれたことないけどさ。それにしたってさすがに特殊性癖すぎる。
だから篠宮そんなやばい奴を見る目を俺に向けるのはやめろ。引きつった顔をするのやめろ。元をただせばお前が勝手に勘違いしてるだけだからな。
「じゃあなんでみのりんがざっきーのことを先輩って呼んでるのさ?」
「それはな――」
言いかけて口ごもる。理由はあるんだが、よく考えたらこれ言っちゃいけないやつだ。危ねぇ。
「まだ秘密だ!」
「ええ……」
実梨の知名度を考えると篠宮であろうとやっぱり言えない。
悪いな。べつにお前がバラすかもとかそんなんじゃないけど、リスクの回避なんだよ。それにボスからも言われてるから仕方ないんだ。
とはいえ今のは実梨が自分からカミングアウトしたようなもんだよなこれ。こいつ自分で言ったこと忘れてんじゃねぇか?
「んじゃ、そろそろ行くか」
時計を見れば、あんまり悠長にしてられる時間ではなくなっていた。
「りょーかい!」
実梨はおどけたように敬礼のポーズをする。
「二人でどこか行くの?」
「そうなの。私はこれからやっくんとデートなんだよ!」
「デート!?」
「やめよろ実梨。変に誤解されたらマジでしゃれになんねぇからな」
「え、浮気?」
「違うわ!! 俺は美咲一筋だ!!」
死んだ目の篠宮をなんとか落ち着けて、俺と実梨は目的地へ向かった。もう疲れたんだが。
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