第57話 屋上にて

 ここ最近毎日体調が悪い。熱などはないが、慢性的に体がダルい。最近増えつつある湿気に体が嫌気を差してしまったのだろうか。まあ、理由はわかっているんだけど。


 もうすぐ中間テストだという週末。今日が終わって土日を挟めばテストがあり、それが終わればすぐに体育祭がやってくる。クラスでの雑談の話題も今はテストと体育祭一色だった。いや、二色か。


 勉強してるだのしてないだの、テストに対する不安が多かった。隣の天使もいろんな人達にテストについて聞かれていた。という建前のもと相原と話がしたいだけだったりするんじゃないかとは思う。


 そんな彼女とはあれから話していない。喧嘩、ではないと思う。でもどう話しかけていいかわからずにここまできた。まあ人気者の相原は俺一人が話しかけないくらいで困るようなことはないだろう。


 彼女のバッグにはあの日のストラップが付いていた。お揃いのストラップ。俺はまだ付けられないでいるストラップ。相原はどんな想いでそれを付けているのか。誰と、お揃いにしたかったのか。


 神崎八尋を思う彼女の心を、俺はどう受け止めればいいのだろうか。


「八尋、少し話せないか?」


 放課後、さっさと帰ろうと荷物を纏めているといつのまにか目の前にいたハカセに話しかけられる。音もなく忍び寄って来るのはやめろ。


「帰ってテスト勉強したいんだけど」

「そう言うな。少し話がしたいだけだ」

「たまにはテスト前のミーティングも悪くないね」


 なぜか隣の佐伯までもが乗っかって来る。


「ミーティングってなんだよ……話すより帰って勉強する方がいいだろ」

「悲しいこと言うなよ神崎。ちょっと話すだけでどうにかなるほど切羽詰まってるのか?」

「その程度なら今からやっても無駄だ。少し話そう」

「お前らどんだけ俺と話したいんだよ。寂しがりかよ」

「八尋はそれだけ魅力的ということだ」

「真顔で言うのやめろ。お前が言うと変な意味で捉えるやつが出て来るんだよ」

「変な意味?」

「いや、忘れてくれ」


 お前は知らなくていい世界がある。


 ほら、もう既にバレないように聞き耳立ててるやつがいるぞ。俺にはバレてるからな。


「神崎だって急ぎの用事はないんだろ? それともバイト?」

「いや、テスト終わりまでなしにしてもらってる」


 ボスには申し訳ないが、バイトを始めて最初のテスト期間なので、終わりまで全て休みにしてもらった。まあ今回どれくらいテストができるかを把握して、今後のバランスを決める。さすがにテストの度にずっと休んでちゃ埒があかない。


 ボスは快く俺の申し出を受け入れてくれた。いいバイト先に巡り会えたなぁ。


「じゃあ話せるな。教室でってのも味気ないし、せっかくだし別の場所に行こうか」


 佐伯は親指を立てて上を指した。え、どこ行くの?


 どうにも解放してくれないので、仕方なく佐伯について行き、やってきたのは屋上。


「お、誰もいないね」


 生暖かい風が肌を撫でる。今日が曇りでよかった。もし晴れだったら太陽光をモロに食らっている。ここは夏場とかずっといたら死ぬな。


「屋上って解放されてたのか……」

「神崎は知らなかった?」

「興味なかったからなぁ」


 佐伯によれば、屋上の開放は校長が許可しているらしい。なんでも危険なことがない限りは開放するから、みんな節度を守って使ってくださいとのこと。裏を返せば、屋上出禁にされたくなければルールは守れよということだ。それでも、最初から縛り付けないことは好感が持てる。


「カップルは昼休みにここで仲良くお弁当を食べたりするらしいよ」

「じゃあ尚更俺には関係なさそうな場所だ」


 そもそも俺は学食派だし。


「今の時点で決めつけることはないだろ?」

「現実を見てるだけだよ」


 とはいえカップルがたくさんいたらお互い居心地悪くなったりしないのか。他人のイチャイチャを見ながら飯食うとか全然美味くなさそうだけど、自分たちの世界に入ればお構いなしなのかね。


 少しだけ昼休みに来てみたいと思った。知らない世界を知る。それもまた経験であるからして。


 コンビニのおにぎりで突撃してみるか、ハカセとか連れて。やっぱり変なやつに勘違いされそうだからやめよう。


「それで、わざわざ屋上に来てまでする話ってなに?」

「そうだね……」


 佐伯は屋上のフェンスを掴みながら下の景色を眺めている。まるで青春ドラマのワンシーンのような、イケメンがやるとあまりに様になる。


「まあわざわざ屋上に来る必要はなかったんだけどさ。屋上から見る景色って、特別感があっていいよね。とりあえず神崎も気分転換に眺めてみたら?」


 フェンスを鷲掴みにはせず、佐伯の隣に立って景色を見下ろす。さすがにイケメンにのみ許されるポーズをする勇気は俺にはなかった。


 ハカセもフェンスに背中を預けて空を見ている。雲しかないけど何が見えているんだろうか。とはいえ、ハカセも見た目は悪くないから黙って空を見ている姿はいい感じに絵になっている。


「下校してる人の姿しか見えないんだけど」


 屋上からは下校する学生の姿がよく見える。一人で帰る人、友達と並んで歩く人、ふざけ合いながら帰る人、男女で手を繋いで帰る人など様々な人達が目に入る。遠くからでもカップルの幸せオーラが目についてしまう。


「はは、確かにそれしか見えないね」

「八尋、今日は雲り空だぞ」

「唐突になに? そんなことくらい最初から知ってるわ。馬鹿にしてんのかお前?」

「最近八尋は下ばかり向いているから視界に入ってないかと思ったんだが、天気はわかるようだな」

「天気はさすがにわかるわ」

「それは当然か。じゃあ相原が最近どんな顔してるかわかるか?」

「⁉︎」


 突然出てきた人物名に、反射的にハカセの方に体が向いてしまう。


「やはり相原と何かあったのか。わかりやすくて助かる」


 ハカセは顔だけ俺に向け、口元がを僅かに吊り上げる。


「さて、なんのことやら」


 と言ってはみるものの、本能的な動きをしてしまった時点で誤魔化しは厳しい。それでも、その事実を口にはしなかった。


「話しってのはそのことか?」

「まあ、そんなところだね。最近の神崎はちょっと見てられないから、友達として相談に乗ろうと思って」

「そうかい。でも悪いけど、お前たちに相談できるようなことはない。これは俺の問題だから」


 相原との問題は誰かに話すようなものじゃない。


 俺が俺自身に折り合いを付けなければいけない問題だ。こいつらを巻き込んだって、ただ困らせるだけだ。


 それに、なにを話せばいい。俺実は記憶喪失なんだ! とか言えばいいのか。誰が信じるんだよそれ。


「俺の問題、ね。そこを俺たちの問題にはしてくれないのかな?」

「ああ。お前らに話すことは何もない」

「では、相原とは話すことがあるということか?」

「それは……」


 話すことはあると思う。だが何を話せばいいんだ? 相原の瞳に映る俺は俺ではない。君が見ている俺は過去の幻想なんだと言えばいいのか? 


「とにかく、神崎は相原と一回ちゃんと話した方がいい」

「つっても、どう話せばいいのかわからない」

「このまま時間だけが過ぎていったらもっと話しづらくなるよ?」

「わかってるけどさ、いろいろあんだよ俺も」

「……あの時俺を助けてくれた神崎はもっと男らしかったよ」

「…………」


 佐伯、それは俺が神崎八尋ならこうすると思って行動したからだ。


 本当の俺はこうやって過去の自分と比較しては幻滅する、くだらない男なんだよ。


「なるほど。今の神崎は相原さんから逃げてるんだね。なんとなくわかったよ」

「うるせぇ……」


 なにも言い返せないから反論の切れ味も悪い。


「神崎だけで踏み出せないなら、どうやって相原さんと話すか今度みんなで作戦会議しよう。3人寄れば文殊の知恵って言うし、一人で悩み続けるよりはいいよね。それに友達だから、やっぱり俺は神崎の力になりたいな」

「そうだな。今こそ友達の力を見せる時が来たようだ」

「なんだよそれ」


 よくわからないけど、この日はここで解散になった。


 しかし、作戦会議はそのうち行われることになったようだ。俺に拒否権はないのか。


 屋上を出るとき、二人はどこか含みのある笑みを浮かべていた。


 結局、なにがしたかったんだよお前ら。

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