第58話 夜のコンビニ
夜。集中して勉強をしたせいか小腹が空いたので近くのコンビニまで夜食を買いに行く。
夜のコンビニ。いけないことをしているわけではないが、なぜか背徳感がある。言葉の響きがそうさせるのか、背徳感と同時に高揚感もある。夜のコンビニ。なんと魅力的な言葉か。
ポテトチップスとか買って食べたら背徳の極みだと思う。普段不健康な晩御飯なのにさらに不健康なものを畳み掛けるとかそれもう最強だろ。
ただスイーツも捨てがたい。ロールケーキのワンカットとかちょうど良いんだよなぁ。アイスも悪くないな。まだ夏じゃないのに食べるのが背徳って感じだ。
「いやぁ、なんでもいけるな」
スイーツコーナーに並ぶ魅力的な品の数々を眺めていると、つい声が漏れてしまう。
「ふむふむ、たしかにどれも美味しそうだね」
「そうなんだよ。これからひとつ選ぶとか凡人には厳しい選択だぜ」
「なら全部買うのはどう?」
「全部……」
食べ切れないが、複数買ってはいけない決まりなどない。夜食はひとつだと勝手に決めつけていたが、その選択肢もたしかにある。
「それもありだ…………ん?」
いやちょっと待て。ナチュラルに進行してるけど、俺は今誰と会話してるんだ?
「やっほーざっきー」
隣を見れば、見覚えのあるポニーテール少女が手を振っていた。こんな夜のコンビニに知り合いがいるはずないと目を擦ってみても、そこには変わらずその姿があった。
「うげ……篠宮」
「うげってなんだうげって! 可愛い結菜ちゃんに夜も会えたんだから喜びなよ!」
ジャージ姿に見を包んだ快活ガールはぷんすか憤っている。
こんなところで出会うと思ってなかったからつい心の声がそのまま出てしまった。
こいつ自分で自分を可愛いとか言うのかよ。相原と一緒に過ごしているのにどこからその自信が生まれるんだ。
「わぁ篠宮だうれしい」
「顔は嬉しくなさそうだけど?」
「そりゃ嬉しくねぇからな」
「なんだと⁉︎」
「せっかく夜のコンビニっつうワクワクする状況を一人堪能してたのに邪魔者が現れたら嬉しくないに決まってるだろ」
「まるで私が邪魔者みたいに聞こえるんだけど?」
「そう言ったつもりだったけどわかんなかった?」
「せっかく会えたのに⁉︎」
はあ……うるせぇ。この背徳感と高揚感が入り混じった素敵空間が一気になんの変哲もない日常の一幕に変わってしまったような気分。
篠宮は空間を変える超能力でも持ってるのかな。
「つうかなんでここにいるんだよ。この辺住んでんの?」
「ううん、家からはちょっと遠いよ」
「じゃあ尚更なんでここにいんだよ……家の近くにもコンビニあんだろ」
「ノンノンざっきー」
篠宮はわかってないなぁと言いたげに人差し指を立てて振り子のように左右に振る。
「私はここにしかないスイーツを求めているのだよ」
「はぁ、そっすか」
「ちょっとは興味持ってよ⁉︎」
「嘘はつけねぇよ」
「素直か⁉︎ 優しい嘘はついてよ⁉︎」
「悪いな。正直に生きるって今決めたんだ」
「ああ言えばこう言う!」
「はは、悪かったって。バナナ買ってやるから許してくれよ」
「え、ほんと⁉︎ って私はゴリラか‼︎」
「ぐふぉ……」
篠宮の渾身の右フックが俺の鳩尾を強襲する。腰の入った素晴らしいパンチ。夜に食べたあれやこれやがこんばんはしそうになったが気合いでお帰りいただいた。喉のあたりを気持ち悪い味が通っていった。これが暴力の味。
「ココ、ガッコウチガウ。ボウリョクヨクナイ」
殴られたお腹をさすりながら言った。つか学校でも暴力はよくねぇよな。殴られた時に常識がぶっ飛ばされてしまったようだ。
「先に喧嘩を売る方が悪い」
「世間では最終的に先に手を出した方が悪くなるみたいだが」
「へえ、じゃあざっきーが全て忘れるまで殴れば無罪だね」
「物騒すぎんだろ。あと目がマジなのやめろ。俺が死んだらより罪は重くなるぞ?」
「大丈夫。死にはしないから」
「だから拳握んのやめろ。目的を思い出せ篠宮。わざわざ遠くまで俺を殴りにきたわけではないだろ?」
「はつ⁉︎ そうだった」
篠宮は目的を思い出したのかスイーツコーナーからあるものを掴み取る。
チョコレートのクリームを外側の黒いスポンジが覆うロールケーキ。このコンビニの一推しスイーツなのか売り場には専用のポップが付けられていた。
「これはここにしかないんだよね〜」
「プレミアムって書いてあるな」
「そう、プレミアムなんだよ!」
「でも値段はわりとリーズナブルだ」
値段もプレミアムかと思ったがそうではないみたい。じゃあ何がプレミアムなんだろうか。
ポップにもプレミアムの説明はなかったが、篠宮も商品もプレミアムと言っているからそうなんだろう。俺は考えるのをやめた。
「それうまいの?」
「この値段でこの味が食べられるなんて日本に産まれてよかったって思えるくらいには美味しいよ」
「スケールでかすぎだろ。そんなに美味いのかよ」
趣味はスイーツを食べること、と豪語する篠宮が言うのだから本当に美味いのかもしれない。そう言われると俺もそれを食べてみたくなるじゃないか。
さっきまでは迷っていたのに、篠宮と話したせいでもうプレミアムなロールケーキにしか目が行かなくなっている。
「そこまで言うなら俺も今日はこれにするか」
せっかくなのでプレーン味を取る。まずは王道を攻める。ちなみに篠宮が持っているのはチョコレートだった。美味かったら今度そっちも食べてみるとしよう。
「これは本当にオススメだから間違いないよ」
「そりゃ楽しみだ」
「楽しみにしてるがいい」
お互い目的のものも決まったところで、さすがにずっと店の中で話しているのも迷惑だと思い、ロールケーキともう一つ追加して会計を済ませ外に出る。
先に会計を済ませた篠宮がガードパイプに体を預けながら待っていた。
「ほい、半分やるよ」
隣に並び、俺は追加で買ったチューブ型のアイスを半分に割って篠宮に差し出した。
「え? 私にくれるの?」
「ああ。夜のコンビニで友達と食べるアイスは中々いいと思わないか?」
「とてもいいと思います!」
篠宮はパッと明るい笑顔でアイス受け取ると、早速フタを切って食べ始める。それでもまだ硬いのかアイスが中々出てこなかった。
「む、まだ早かったか」
先っぽを咥えながら篠宮は言った。
「適当に話しながら食えばちょうどいいだろ」
だね、と篠宮はアイスから口を離す。
「その格好、ランニングでもしてたのか?」
篠宮の格好は動き易さに特化した全身ジャージ姿。外に出る女の子の格好にしてはいささかラフすぎるというか、オシャレじゃないというか。遊びに行くような姿には見えなかった。
「うん。カロリーの前払いだよ」
「カロリーの前払い?」
「そう、スイーツはカロリーの暴力だからね。ただ食べるだけだと乙女に後で辛い現実を突きつけてくるんだよ。だから走って先にカロリーを消費することで、スイーツの受け皿を作るんだよ」
「情熱がすごいな。スイーツひとつじゃそんなに太らないだろ」
「その油断が、いつかの地獄を呼ぶんだよ……」
まるで経験してきたかのように、篠宮は遠い目をしている。
「まあ私は走るのも好きだから走ってスイーツを食べてって一石二鳥なんだけどね」
「そういえばそんなこと前に言ってたな」
趣味の話をしていた時のことを思い出す。多趣味だがその全てがスイーツに直結していたな。
思わず頬が緩むと、篠宮はそんな俺をじっと見つめていた。篠宮はしばらく俺を見続けていて、その間俺はじっとしていられなくてアイスを口に咥える。手の熱でアイスがいい感じに柔らかくなっていた。美味い。
「ねえねえざっきー、最近元気ないよね?」
やがて篠宮は俺の顔を覗き込みながら、伺うように言った。
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