第59話 天使は突然降臨する
「佐伯とハカセにも同じようなこと言われたんだよな。他のやつにはなんも言われなかったのに」
「ああ……なるほど……」
納得といった様子の篠宮。
「佐伯とハカセもやっぱり気づいてたんだ。じゃあ今日ざっきーを拉致してたのはそういうことね」
「やっぱりって、そんなにわかりやすかったか?」
「さあ? でもちゃんと見てる人にはわかるんじゃない?」
「そういうもんか?」
「そういうものだよ」
俺としては本当に普通にしてたつもりだったんだけどな。でも委員長も俺が元気なさそうに見えたとか言ってたし、見る人が見ればバレバレだったってことなのか。
「あれ? でもそうなると篠宮も俺をよく見ていたってことになるよな?」
ちゃんと見ている人にはわかる。つまり俺が元気ないと言っていた篠宮も、俺のことをよく見ていたことになる。
「ん⁉︎ んふ⁉︎」
俺が指摘すると、篠宮は食べかけのアイスが気管に入ったのかむせ返っている。今すげえ勢いでアイス握りつぶしてたよな。まるでゴリラみたいだった。そりゃあんな急に握り潰したら変なこと起こるって。
「大丈夫か?」
そう人が訪ねるとき、大抵訊かれた方は大丈夫じゃない。一応訊いておくのが社交辞令か。
「これが大丈夫に見える?」
「服にはかかってないから大丈夫なんじゃね?」
「私個人より服の方が大事ってこと⁉︎」
「いやそうは言ってねぇだろ」
「ざっきーが変なこと言うからむせちゃったじゃん!」
「本当のことだろ」
俺は推測から導き出される事実を言っただけだ。
「ぐ……まあこの話はここまでにしよう。ざっきーが元気ないのはやっぱりみさっちと喧嘩したから?」
篠宮は強引に話題を変える。
「なんでみんな相原の名前を出すんだよ」
だからエスパーかお前ら。俺は何も言ってないぞ。
「見ればわかるって」
「俺は全然わからなかったけど」
「みさっちはずっとチラチラ伺うようにざっきー見てたよ」
「そうなのか。全然知らんかった」
「それはざっきーがみさっちを見ようとしてないからでしょ?」
「う…………」
なにも言い返せなかった。
「本当にお前は俺をよく見てるんだな」
「ふぇ⁉︎」
しみじみと言えば、篠宮はおよそ彼女が発したことのない高い声をあげる。
「急に変な声出すなよ」
「いや……だって……さあ」
辺りは暗い夜。コンビニの光に照らされた彼女の顔は、そんな夜でも分かるくらい紅潮していた。
「むぅ……」
篠宮は口を尖らせている。
「なんだ? もしかして俺のことよく見てるって指摘されて照れてんのか?」
「なっ⁉︎ そんなわけないでしょ‼︎」
「はは、そんな怒んなよ。冗談だよ」
篠宮はうるさいけど、なんだかんだで人の事を気遣えるやつだ。この前みんなで遊びに行ったのだって、俺のことを思って篠宮が言い出してくれた事なんだと薄々勘づいている。当然本人に言ったところで否定されるだけなんだろうけど、俺はそう思っている。
だから篠宮が俺の空元気に気づいているのも、まあ篠宮なら気付いていても不思議ではないかなと思う自分がいた。根本的に篠宮は善人だからな。うるさいけど。
「ざっきーだけを見てるわけないじゃん。私はみんなをよく見てるの。別にざっきーが特別なわけないから。自意識過剰にも程があるよ!」
自意識過剰って。そこまで言われちゃうの俺。しかも程があるってことは俺普段から自意識過剰なん?
いやそんなことないよな。自分ってのをあまり考えないようにしてたし、どちらかと言えば自意識が低すぎると思うんだけど。
「わかってるから落ち着けって」
篠宮はなおもうるさかったので、仕方なくアイスをもう一本奢って黙らせることにした。プリプリしながら受け取ったが、アイスを食べたら「美味しい!」とニコニコしていたからアイスが熱を奪ってくれたようだ。篠宮の沸点が俺にはわからん。でも、これだけはわかる。きっと太るぞ篠宮。
言ったらまたプリプリしそうな気がしたので、それは先程のアイスの残り香と共に喉の奥へ流し込んだ。
「話は戻るんだけどさ、みさっちと喧嘩してるの?」
と、すっかり元通りの篠宮。
「喧嘩……ではないと思う。ちょっといろいろあってお互い気まずいだけだよ」
「いろいろ、ね。じゃあさっさと仲直りしないとだ」
「話聞いてた? だから喧嘩じゃないって」
「仕方ない。この結菜ちゃんが一肌脱ごうではないか」
篠宮は勝ち誇った笑みを浮かべて胸を張る。薄い。
「お前脱いでも需要ないぞ?」
「ふん!」
「うがっ⁉︎」
篠宮パイセンの拳がまたもお腹にめり込み、鈍い痛みが体に広がる。痛みに負けて、お腹を押さえながらその場でうずくまる。
「……いいパンチだ」
「はぁ……みさっちはこれのどこがいいのかねぇ」
見下したような、いや実際に見下されている目を向けられる。
「…………も」
「なんか言ったか?」
「なんでもないよ」
ボソッと呟いた声が小さすぎてなにも聞こえなかった。なんでもないと言うならそうなんだろうな。
そんなこんなで賑やかな夜は終わりを告げた。
篠宮を送ろうとしたが、べつに問題ないと言うのでそのまま解散した。女子が夜に一人で帰るのはいかがなものかと思うが、篠宮が大丈夫と言うなら従うほかない。だって、「ざっきーそうやって私の家の場所知ろうとしてるでしょ」なんて言われたらもうそれ以上なんも言えねぇよ。
家で食べたロールケーキはマジで美味かった。篠宮のスイーツ舌は本物だな。
放課後の屋上。テストも無事に乗り越えた先で、佐伯とハカセが相原との仲直り計画の話をしようと言うので一足先にやってきた。仲直り計画ってなんだよ?
あいつらは先に片付ける用事があるとか言っていた。もう部活とか再開しているはずなのにここで話し合いなんかしてる時間あるのか?
太陽が熱い視線をお届けする屋上には誰もいない。広い空間に一人ってなると、どこで待っていればいいのか逆にわからなくなる。日向にいると暑いので、とりあえず日陰になっている入口近くの壁にもたれ掛かって待つことにした。時折吹く風が涼しい。
テスト。手応えはそこそこあった。やることがないからとなし崩し的に習慣化した勉強のおかげか。篠宮とか日を跨ぐ毎に顔から感情が消えていた。最後の方とかテストが終わったら目に見えるくらい魂抜けてたからな。結果を見ずともあの姿を見れば大体想像がつく。
そんな篠宮は終業した後、相原を連れてどこかに行ってしまった。
佐伯やハカセ、それに篠宮も仲直りと言うけど、その実喧嘩はしていないんだよなぁ。最後にちゃんと話したのは水族館だ。あれも俺がおかしくなって、最後の方は何をしていたかよく思い出せない。とにかく、俺は自分のことでいっぱいだった。
「明日は体育祭か」
ポツリ呟く。
今日作戦会議をしたところで、体育祭までに相原と仲直りはできなそうだな。せっかくのイベントなのにもったいない。俺のせいだけどさ。
話がしたいなら昨日のテスト明け最初のバイトの後でもできたはずなのに、それをしなかったのは俺がまだ相原から逃げているからか。
隣の席にいる天使。物理的な距離とは裏腹に、以前より心の距離はかなり離れてしまっているように感じる。元を正せば俺の問題ではあるんだけど。
どうすればいいのか。俺はまだ結論を付けられずにいた。君の眼に映っていた俺は、俺ではない俺だ。そんな君と、俺は何を話せばいいのか。
「それにしても、あいつらも遅いな」
佐伯もハカセもいつまで油を売っているのか。
誰もいないから、時折吹く風の音や、校庭で部活の準備運動をしている生徒の掛け声がよく聞こえる。
ここでサボりとかしてる奴いそうだよな。特にこの横にある梯子登って1番高いところで昼寝したら気持ちいいだろうな。夏は地面の熱で死ぬほど暑そうだけど、今ならまだなんとかなるかもな。
「ん?」
携帯が震えたので見ると、佐伯からLINEのメッセージが来ていた。
『もうすぐ着く。まあ頑張れ』
「何言ってんだこいつ?」
もうすぐ着く、これはまだいい。後の頑張れ。これから作戦会議しようって言ってるのになんで他人事なんだ?
なんて考えていると屋上のドアが音を立てながらゆっくりと開く。
「おい佐伯、この頑張れってどう言う意味――」
佐伯だと思って話しかけたその先にいたのは予想外の人物で、目を合わせたまま俺の思考が停止した。
「ごめんね、佐伯君じゃなくて」
「あ、相原……」
そう、目の前にいたのは大天使。なんでここに。
相原の顔は、決意に溢れた凛々しい表情をしていた。相原って普段からそんな顔だったか? 可愛いけどさ。
待て待て。俺は佐伯とハカセと、どうやって相原と話そうかの作戦会議をするはずで、ここに相原が来てしまったらそらはもう破綻しているのでは。
「神崎君、少し話そうよ」
そんな俺の思考はお構いなしに、どうやら彼女の方は準備万端の様だった。
入口には天使がいる。
逃げる場所なんて、今この瞬間にはどこにもなかった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
次回からしばらくは美咲視点の物語になります。
なのでこのシーンの続きはまだ先になります。
続きを楽しみにしてくださっている方は焦らして本当にすみません!
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