第133話 なんかいいんだよね

「お客様、遊びに来たのであればお引き取りください。ここはお客様のように風紀を乱す方のご来店を遠慮しております」

「誰が風紀を乱すって!?」


 お前だよ。お前しかいねぇだろうが。わかってんだろ。


 なにが遊びに来ただよ帰れよ。こちとら真面目に仕事しようと思っていたところなんだよ。邪魔しに来たなら帰れ。


「それがせっかく様子を見に来た友達に接する態度なの!?」


 なにいっぱしのクレーマーみたいなこと言ってんだよ。


 店にだってお客様を選ぶ権利はあるんだからな。その辺わかっとけよ?


「お客様……他のお客様の迷惑になりますので店内での大声はお控えください」


 人差し指を当てて篠宮を注意する。


「あっ……!?」


 篠宮はしまったと口元を抑えた。


 その辺の常識がしっかり備わっているのはこいつのいいところ。


「まあ今は他に誰もいないんですけどね」

「……」


 無言でスネを蹴るな痛い痛い。お前地味に攻撃力あんだからやめろって。ボスに見えない位置で攻撃すんな。


 悪かったって。ちょっといつもより頑張ろうとした矢先に友達が来たから拍子抜けしちゃっただけなんだって。あぁ……面倒くせぇのが来たなぁとか思ってないから。だからスネを蹴るな。つま先の破壊力やばいんだぞ!?


「……こほん」


 ボスの視線を後ろからエスパーで感じ取り、咳払いしてから接客モードに心を切り替える。


 邪魔するなら帰れとか思ったのも冗談。仕事は仕事。そこはちゃんと割り切らないとな。


「6名様ですね。お好きなテーブル席へどうぞ」

「うわ……今のすごい仕事っぽくてキモい笑顔だった」


 こいつぶっ飛ばしてもいい? いいよね?


 笑顔がキモいってなんだよ? そんなん言われたら俺もう笑えない人形になっちゃうぜ? 夜に見たら小便ちびるような人形になるぞ。それでもいいのか。


「ありがとうございます。お客様は大変育ちが良いようで何よりです」

「わかっちゃう? この私の完璧さってやつがさ……」


 うん。お前はそれでいいよ。この絶妙にわかってない感じが丁度いいよ。


「悪いわね。仕事の邪魔しちゃって」


 この店の常連である委員長が控えめに言う。


 篠宮に足りないのはこの気遣い。ちゃんと近くで見て勉強しろ。


「やっくん。今日はお客さんとして来てやってぜ!」

「私も、今日は八尋君に接客されようかな」


 店のアルバイトと看板娘が楽しそうにしている。


 美咲が言うならいくらでも贔屓した接客しちゃう。頼まれてないのにデラックスパフェとか出しちゃうよ? そもそも店のメニューにパフェがなかったわ。誰か考案してくれ。でないと美咲に食べさせられない。


「神崎のバイト姿は新鮮だね。結構似合ってるよ」

「そうだな。八尋にも衣装か」


 野郎どもが女子陣の後に続く。爽やかに馬鹿にされているのは気のせいだろうか。


 あと八尋にも衣装ってなに? 新しい言語生み出すのやめてもらっていいですか? 馬子にも衣装と一緒だったら張り倒すからなお前。中身は残念だけど見た目はいいじゃん、とか馬鹿にしてんだろお前。でも見た目は褒めてくれてるのか……ありだな(馬鹿)。


 6人は広いテーブルを囲む。


「神崎君。美咲や中村さんもいるし、みんな友達なんだよね?」


 全員分の水を用意している最中にボスが話しかけてくる。


「そうですね。若干動物が混じってますけど、友達ですね」

「動物?」

「そこは気にしないでください。言葉のあやです」

「なら他のお客様が来るまでは普通の神崎君でいいよ」

「わかりました」


 頷いたのはいいけどさ、普通の神崎君ってなに? たしかに仕事モードの時は少し真面目にやってるけどさ、一応素ではあるつもりなんですよ。つまり常日頃から普通なのよ俺は。キャラは作ってないよ?


 ボスには俺がどう見えてるんだろうか……ちょっと不安になってきたわ。


 まあ肩肘張らずにやっていいと言うのであれば、ありがたくそうさせてもらおう。


 できることならあいつらに「ご注文はお決まりでしょうか?」とかしたくねぇし。篠宮とか佐伯が絶対面白がる。


「ほい、水」


 だからボスの言葉通り、俺が思う普通をやることにした。


 普段なら。こちらお水になります。とかクソ丁寧にやってるけどこいつらにはこんなんでいいだろ。


 口調は雑だけど、水を置く所作だけは丁寧にやった。雑にやって溢したらさすがにまずいからな。ボスもそこまで砕けろとは言ってないだろう。


「ざっきー、なんか一気に雑になったね」

「他のお客様が来るまではお前らとは友達の距離感で接していいって言われたから」

「そうなんだ。たしかにさっきのざっきーいつもと違って変だったもんね」


 変とか言うなよ。せめて大人っぽいって言え。そういうとこだぞ篠宮。


「やっくんはバイト中あんな感じでキャラ作ってるよ」

「へぇ……」

「なんだよ……」


 美咲はうんうんと頷き、他のみんなは興味深そうに俺を見ている。いやん。恥ずかしい。


 つかキャラ作ってるとか言うなよ。こちとら仕事は真面目にやろうとしてんだよ。お前も仕事をしていた人間ならわかるだろ。


 なんだかみんなの視線を感じて恥ずかしい。バイト先に知り合いが来るってこんな感じなんだな。やりづらいわ。


「でも、仕事してるときの八尋君は恰好いいよ。普段と違ってすごく真面目な顔をしてて……なんかいいんだよね」

「み……美咲……それって褒めてるんだよな?」


 喜びかけた心に冷静な俺が待ったをかけた。


「当然だよ!」


 ほんとに? 後半隠しきれない怪しさあったよ? 俺褒められてるって信じていい?


 ついでに仕事してるときの八尋君「は」、じゃなくて普段から格好いいって言ってくれてもいいんだよ? 願望が漏れた。仕事をしている時だけでも格好いいと言われることを喜ばないといけなかったわ。自惚れ、よくない。


「わかるよみっちゃん! とてもわかる! ギャップ萌えってやつだね!」


 美咲の言葉に実梨が同調する。若干興奮気味に見える。


 ギャップ萌え。それって普段は……みたいな感じになりませんか?


「てか俺の話はいいんだよ。注文は?」

「どれがおすすめ?」


 篠宮がメニューを吟味しながら訊いてくる。


「全部おすすめ。マジで外れはない」


 数々の賄いと食べてきた俺だからこそ、これは断言できる。何食ってもうまい。


 美咲の料理上手はこの遺伝子によるものかとわからされた。同じ食材と手順を踏んでも、ボスの作る料理と同じ味を出せる気がしない。まさに次元の違う味。


 そんな料理人が作るんだから、何食ってもうまいに決まってる。


「ほんとに? じゃあ――」

「お客様はお子様ランチですね。かしこまりました」

「あるの!?」

「いやないけど」

「ないんかい!」


 え、あったらマジで頼むつもりだったの? 冗談のつもりだったのにちょっと怖い。


 実はお子様ランチは小学生までの限定メニューである。篠宮の中身は小学生だもんなって煽りを用意してたけど、思ったよりガチな反応で咄嗟に嘘を吐いてしまった。


「ボス、お願いします!」

「了解。できたら呼ぶから他のお客様が来るまでは引き続き好きにしてていいよ」


 全員が注文を終え、それをボスのところまで伝えに行くと手持無沙汰になった。


 他にお客様がいれば巡回とかできるけど、今は本当に何もやることがない。


 好きにしていいって言うなら、まだ雑談に興じるとしますか。べつに盛り上がってる中、一人寂しく仕事をするのが嫌とかじゃないよ。疎外感を覚えたりしてないから。


「そういえば、今日は水着を買いに行ってたんだろ? なんで野郎が一緒にいるんだよ?」


 楽しそうな会話がひと段落したタイミングで俺も混ざる。


 たしか美咲が今日はみんなで今度の海へ向けた水着を買いに行くって昨日言ってた。


 美咲の水着……最高かよ。妄想だけでトリップできそうなんだが? うわ、キモ。どこかで誰かの声がした。


 水着を買いに行くのはいい。最高。だとしても、ここに野郎がいるのはおかしい。


 女子の水着売り場とか男子禁制だろ。佐伯はイケメン枠で許される可能性があるとして、宇宙人であるハカセは水着売り場での生存権を認められていない。


 そもそも、水着を買いに行くのにハカセが誘われるわけない。だってハカセだぞ? なにすっかわかんねぇだろ。


 せめて俺を誘え。俺も連れてけよ、男子の夢の世界ってやつによ……っ!


「佐伯と藤原はここに来るまでに合流したのよ」

「まあ当然だわな。一緒に水着買いに行ったって言われたら俺発狂してるわ」


 なんで、なんで呼ばねぇんだよ……! って一目もはばからず文句を言うと思う。


 男の夕立見せてやろうか? みたいに意味わかんねぇこと言って泣く。


「せっかくなら、プールに行く日を決めるついでに神崎のバイト姿を見ようって話しになったんだ。喫茶店はおあつらえ向きの場所だろ?」


 イケメンが委員長の言葉を補足する。


「あぁ……そういや行く日を決めてなかったな」


 大まかな目安は決めてたけど、続きは決めてなかったな。

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