第148話 なにがあった?

「美咲ちゃんもいきなり実践するとか結構大胆ね……」

「ん!?」


 姉貴がとても可愛いものを愛でる視線を美咲に向ければ、彼女は驚くほどの速さで俺の手を離れた。驚異の反射神経。動き出しが見えなかったぜ……。


 この事態が予想外だったのか、美咲は口をわなわな震わせて、恨みがましい目で姉貴を睨む。


「な、七海さん! 約束が違いますよ!?」

「約束?」


 姉貴はすっとボケるように笑う。白々しくニヤけているあたりが悪魔そのもの。


 よくわかんねぇけど、姉貴が美咲を騙したんだろう。詳しく知らないけど、姉貴が悪いことだけはわかる。だって姉貴と美咲だぜ? どっちが白かは決まりきってんだろ。


「だ、だって邪魔しないって言ったじゃないですか!?」

「邪魔はしてないでしょ?」

「じゃあその手に持ってるものはなんですか!?」

「ん? スマホ」

「それはわかってるんです!? それでなにしてたか訊いているんですよ!」

「写真と動画撮ってた」

「動画まで!?」

「見る?」

「や、やめてください!? 恥ずかしいです!」


 美咲が完全に手の平の上で転がされている。


 姉貴が美咲にスマホの画面を差し出せば、美咲はその画面から逃げるように目を逸らす。


 初対面の時、美咲は姉貴に対して警戒心を抱いていた。美咲が弄ばれている状況であるが、二人は互いに心を開いているからこその状況でもある。美咲も口では怒っているが、本気で嫌がると言うよりは恥ずかしがっている様子。姉貴に対する嫌悪感は見て取れない。


 そもそも、一緒に風呂入るって仲良くなきゃできねぇよな。二人はいつの間に仲良くなったんだろうか。


 いや、深く考える必要はねぇか。仲がいいならそれでいい。理由なんてこじつける必要はねぇよな。それよりもだ。


 俺はベッドに置いたスマホを拾い上げて、寝転がったまま美咲へ照準を定めシャッターを切る。


「へ!?」


 想定しないところからの音だったからか、それがカメラの音だったからか、美咲はバッと勢いよく首を捻った。


「八尋君、今写真撮った!?」

「撮った」

「なんで!?」

「なんでってそりゃ、美咲の恥ずかしがった可愛い顔を記録に残しておきたかったから」


 それ以外の理由がない。


 美咲の可愛い姿を記憶に残すのもいいが、やはりいつでも見返せるように記録にも残しておきたい。


 照れたり恥ずかしがったりする美咲を時たま見てきているが、そういえば写真には残していなかった。凛々しい美咲や天使の笑顔を向ける美咲に比べて、顔を赤くして困る美咲は出現率が低い。そしてその時は俺もテンパっていることが多くて写真を撮る余裕がない。


 しかし、今日の俺はなぜか冷静でいられている。なら残すしかないだろう。天使の可愛い姿をよ。


「残さないでよそんな顔!?」

「そうか? めっちゃ可愛いぞ。見るか?」

「見ない!」


 美咲は顔を逸らすが、その先には姉貴のスマホ。


「ほら、八尋に撫でられて幸せそうな美咲ちゃんだぞ~」

「あ、あああああああ……恥ずかしい……」


 とうとう限界を迎えたのか、美咲は顔から湯気を出してへたりこむ。


 しまった。美咲が可愛すぎるからって調子に乗ったか。


 てか、スルーしてたけど美咲は約束がどうのこうのって言ってたよな。姉貴も邪魔しないとか言ってたし、二人で何か結託していたのか?


「なあ姉貴、さっき約束どうのって言ってたけど、あれはなんだ?」

「ああ、それはね――」

「な、七海さん!?」

「むぎゅ……」


 何か言おうとした姉貴の口を無理やり塞いだ美咲。すごい、姉貴が反応できなかった。へたりこんでいたとは思えない動き。


「ダメです! それだけは絶対にダメです!?」

「む……むぎゅ……」


 姉貴が死にそうになってる。


 よく見たら姉貴の鼻まで押さえられてる。ありゃ息し辛いだろうな。


 でも珍しいからもう少し放っておこう。たまには姉貴がやられているところも見たい。


 つっても、美咲がここまで必死になって隠そうとする内容……逆に気になるな。


「美咲、そろそろ姉貴が死ぬぞ」

「むぎゅう……」

「ご、ごめんなさい!?」


 さすがにやばそうだったので助け船を出せば、美咲は慌てて姉貴から手を離した。


 姉貴は全力で肺へ空気を送っていた。中々大変だったようだ。これを機に少し普段の行いを反省しろ。


「それにしても、美咲がここまで慌てると逆に気になっちゃうよなぁ」

「八尋君、それ以上はダメだよ?」

「あ、はい」


 反論の余地すら許されない雰囲気に、俺は震えながら返事をした。


 目が、目が怖かった。いつもは瞳の奥がキラキラと輝いている美咲だけど、今は違う。全部黒かった。あれは陰で何人かやってる顔だ。杉浦さんを仕留める時の柳さんと同じだったもん。これ以上踏み込んだら彼氏でも死んでたと思う。


「八尋、女の子はひとつやふたつ秘密を持つ方が可愛いのよ。それくらいわかりなさい」

「え? 姉貴がそれ言うの?」


 こいつ今全部話そうとしてたよな? どの口が言ってんの?


 まあいい。そろそろ本題に入るか。


 俺は寝転がっていた体を起こす。


「んで話は変わるが姉貴、美咲の目元がほんのり赤いんだけどなにがあった?」


 俺の指摘に、姉貴は眉を一瞬だけ動かした。

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