第92話 秘密の特訓②
「う~ん……」
委員長は途端に言葉を詰まらせたけど、それが答えみたいなものだった。
「悩むくらい出てこないってことね……わかった」
どうやら俺の信頼は100%美咲成分で構成されているらしい。完全な彼女依存システム。俺が美咲の信用を無くした瞬間、自動的に俺の信頼もゼロになる。つまり俺単体の信頼度は無。
まあ美咲の信頼を裏切るようなことがあれば、俺単体の信頼度はどのみち無になるから関係ねぇか。
でもさ……ゼロってことはねぇだろさすがに。なあ委員長?
その後委員長は俺の分の飲み物を強奪して、また練習を再開した。なるほど、運動した後は喉が渇くから飲み物は多めに買っておかないといけなかったか。次回からの反省にしよう。まあ次回があればの話だけど。
「なあ委員長、なんで今日は俺を連れて来たんだよ。誰にも見つかりたくないからこんなところで練習してんだろ?」
練習を中断した委員長に問いかける。
「それにここアクセス悪すぎるだろ。なんでここなんだよ?」
「ほら、ここはこの通り誰も来ないじゃん? だから一人になりたいときとか、こっそり練習したい時に丁度いいのよ」
「なるほどね。で、なんで俺なの?」
「もうバレちゃったならいっそ有効活用しようと思って」
「なら実梨に見てもらえよ。そっちの方がよっぽどいいだろ」
自分の動きを見てもらうなら、その道のプロに見てもらう方が絶対にいいと思うのが自然だ。それに実梨は元スーパーアイドルだし、さらには委員長の実の姉。これ以上の適任がどこにいるんだよって感じ。
「お姉ちゃんはだめ」
だけど、委員長の言葉は明確な拒絶だった。
「ふざけた理由でアイドルをやめたような人に教わることなんて何もない」
その言葉は、とても冷たくトゲのある。
「委員長は実梨からアイドルやめた理由聞いたのか?」
「当然でしょ。家族なんだから」
「そりゃそうか」
それにしても、委員長をここまで怒らせる理由ってなんだよ。
少し前まで、俺の間違いじゃなければ委員長はアイドル中村みのりのことが好きだったはず。
いつぞやの篠宮との会話で中村みのりの引退を聞いた時の驚きようは、嫌いな人にする反応ではなかったように見える。
実梨……お前委員長にどんな理由言ったんだよ……。
好きを一気に反転させるには相当酷い理由が必要だぞ。
「神崎はお姉ちゃんがアイドルをやめた理由知りたい?」
「いや、それはいいや」
「気にならないの?」
委員長の眼に浮かぶのは驚愕。
「気にはなるけど、それって実梨のデリケートなところだろ? それを人伝に聞くのは実梨に悪い」
自分の知らないところで、自分が知られたくないことを知られていたとしたら、その人はきっといい気分はしないだろう。
「だからいつか本人が俺に話してくれるまで俺は訊かない」
「そっか」
委員長は薄く笑った。
「みっちゃんの彼氏だけで十分だったけど、神崎のそういうところが彼女に信用されるところなんだろね。さすがみっちゃんの彼氏」
「それって俺自身の評価でいいんだよな?」
みっちゃんが強すぎて俺が霞むんだわ。
「まあ、そこは想像に任せるよ」
「確実に言及してほしかったなぁ」
「そういえば、連れてきたこっちが言うのもあれなんだけどさ、神崎は今日みっちゃん放ったらかしてよかったの?」
「いいわけねぇけど、あんなタイミングで拉致られたら無理だろ」
今日俺はこうして委員長に付き合わされているが、なんでも予定されていたレッスンが急に無くなって自主練をするから付き合えと半ば強引に連れてこられた。
急いで練習に行くとかで美咲とろくに話もできずに半ば強引に拉致された。
さすがにまずいので移動中に電話で美咲に事情を説明したら、快く許してくれた俺の彼女は大天使。
そんな美咲は今日は新しく雇われるアルバイトさんのあれやこれや下準備を手伝うらしい。実働開始は少し後だけど、制服のサイズ合わせとかするみたい。
「べつに嫌なら本気で断ればいいじゃん」
「強引に連れてきた方が言うなよ……」
「それでも、来たよね? どうして?」
「その言い方、なんだかんだついて来たってことは神崎も私に付き合っていい理由があったんでしょ? って聞こえるんだけど」
「そう言ったつもりだったんだけど?」
「そうですか……」
委員長の言う通り、なかば拉致気味であっても委員長に付き合ったのは俺なりの理由があった。でも本当は今日も美咲と仲良く下校する予定だったのは変わりねぇからな。
それを差し置いてまでの理由か? と言われると何とも言い難い。ただ、少し気になることがあるってくらいのもの。
委員長はそんな俺の考えを聞きたいようで、ジッと伺うような視線を向けてくる。だから俺はその視線に答えることにした。
「なんつうかさ、最近ちょっと頑張り過ぎじゃね?」
「頑張り過ぎ?」
「ああ。委員長はどうか知らんが俺にはそう見える」
「どのあたりが? 私は普通だと思うけど」
「今日なんかまさにそれじゃねぇの?」
俺の問いに委員長は首を傾げる。
「レッスンが無くなったから自主練します。まあわかるよ。で、そこに俺は本当に必要だったの?」
「それは客観的な意見が欲しいから」
「でもいままでは一人でやってたんだろ?」
「それは誰にもアイドルやってるって言ってなかったから誰にも頼れなかっただけだよ」
「俺は素人だぞ?」
「自分一人じゃ見えないことも誰かの意見が貰えれば見えるかもしれないじゃない」
「それが頑張り過ぎなんじゃねぇの?」
「…………」
「こうやって俺を使ってでも成長しようとするストイックさは見方によっちゃ頑張り過ぎに見えるけどな」
黙っている委員長に俺は追撃した。
「頑張っちゃ悪いの?」
委員長の言葉にはうっすら怒気が含まれていた。だけど、それはどこか言い訳のようにも聞こえた。
「悪いとは言ってない。頑張ることはいいことだ」
「じゃあなんでそんなこと言うのよ」
「頑張り過ぎだからだよ」
俺だって他人の努力を否定するつもりなんてない。頑張るのは良いことだ。節度さえ守っていればな。
ただ、今の委員長はどこか危うい。さっきの練習もそうだが、全ての事柄に対する必死さが違う。今日ここで頑張れなかったら死ぬみたいな、そんな切羽詰まった何かを感じる。
委員長は最近学校で眠そうにしていることが多い。真面目な委員長がだ。
アイドルと高校生の両立は大変なんだなぁとか最初は思ったけど、体育祭辺りまでは普通だったからそれはおかしいと気づいた。
だって俺が委員長がアイドルだって知る前から委員長はアイドルやってたんだから、普段から忙し過ぎるならもっと早くから影響が出てもおかしくないはずだ。
「実梨となんかあったのか?」
「!?」
「そうか」
俺の予想は当たったようだ。
考えてみれば、委員長が学校で眠そうにし出した時期は、実梨のアイドル引退の時期と重なっていた。
国民的スーパーアイドルを姉に持ち、そして自身もアイドルの委員長。さっきの話からも今の姉妹仲は深いところでは良好とは言えなそうだし、やっぱり実梨となんかあったからこうなってんのかね。
「俺が言いたいのはさ、このままやってたらいつか倒れちまうぞってこと。倒れてから後悔しても遅いからな」
「心配してくれてんの?」
「それぐらいのおせっかいはしてもいいだろ? 友達なんだし」
「……ま、心の最端には刻んでおくよ」
あんまり胸に響いてなさそうに委員長はそっぽを向いた。
俺としてはもう少し心の内側に刻んでくれてもいいのではと思ったけど……刻んでくれただけマシか。
「でも、私はもっと頑張らないといけないから」
「全然響いてないだろ……」
この日はこれで解散になった。
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