第50話 天使とおそろいの
相原の心からはまだ怒りが漏れ出していたので、ここは一度機嫌を取り戻すべくお土産コーナーへと誘導することにした。
「わぁ、可愛い!」
相原はお土産コーナーにあるペンギンのぬいぐるみを両手で大事そうに持ち上げる。
「相原は本当にペンギンが好きなんだな」
「好きって言うより、大好き?」
「なんとなくどれだけ好きかわかった」
相原はぬいぐるみ一羽ずつに名前を付けそうな程に真剣な眼差しで吟味している。俺にはわからんが、もしかして個体ごとに若干模様とか違ったりするのだろうか。
ともあれ、お土産コーナーに連れてきたのは正解だったな。チャラ男に邪魔された時はどうなるものかと一瞬ヒヤッとしたが、今現在、相原は楽しそうに様々なぬいぐるみを眺めている。その姿を見て自然と口元が緩む。
「どれか買うのか?」
「うーん、ぬいぐるみって結構高いからね。私のお小遣いだとちょっと手が出せないな」
と相原が言うので俺の目線は値札へと引き寄せられる。
「え、たっか…………」
値段を見て思わず心の声が漏れる。
手のひらサイズのぬいぐるみでさえ、チャーシュー麺二杯食ってもお釣りくるじゃん。さらに大きいぬいぐるみとかもう言葉にならないプライス。
「これがブランド価格ってやつか」
子供が「これ欲しい」とおねだりする方を見れば、お父さんらしき人の顔が明らかに引きつっている。
エグいな水族館。こうしてお土産というここでしか買えない特別感を演出して、世の家族、カップルのお財布を泣かせてきたんだろう。何も買わずに帰るのも味気ないという人間の心理を巧みに突いてきている。
「相原が欲しいならプレゼントしようか。あんま高いやつは厳しいかもだけど」
そして、俺もまたその心理を突かれる側の人間である。
相原が最初に見ていた手のひらサイズのペンギンのぬいぐるみを持ち上げる。
「これとかなら全然買えるぞ? なにせ俺はバイトマンだからな」
「いやいや悪いよ! 私そんなつもりで見てた訳じゃないし」
相原は慌てた様子で手を振る。
「でもな、結局弁当代もお返しできてないし」
施しを受けるだけってのはどうにも俺が落ち着かない。やはり何かしらでお返しをする必要があると思ってしまう。
「あれは私が好きでやってるからいいの! それに今日ここに連れてきてもらったのがもうお返しだと思うよ」
「つってもこれも姉貴からもらっただけだしな。俺として何かお返ししたいって思ってるんだけど」
「神崎君がそう言うなら……あ!」
相原は何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回した後、人混みを避けるようにスイスイと進んで行き、ちょっとして帰ってくる。
「じゃあでこれでお願いします」
目の前に差し出されたのはペンギンのストラップ。かなり控えめなご要求だ。
「あいよ。でもなんで同じの2個? 違うやつにした方がよくないか?」
相原は全く同じものを二つ持ってきていた。ストラップ自体値段は大したことないから2個買うこと自体は問題ない。でもそれなら1個は別のやつにすればいいのに。本当にペンギン大好きなんだな。
相原がこれでいいの、と言うので気になりつつも会計を済ませて相原に渡す。
「ほい、弁当ありがとうのお礼。これで返し切れたとは思えないけどな」
「ありがとう! これで十分だよ」
相原はストラップを大事そうに抱えたあと、
「はい、一つは神崎君の分!」
俺に片方渡してきた。
その差し出された片割れをどうしていいかわからずしばらく呆けていると、相原はムスッとしながら俺の手にストラップを押し込んだ。
「なんで受け取らないかな?」
「いや、だって相原にあげたものだから」
「と言うことはもらった時点で所有者は私になるよね?」
俺は弱々しく首を縦に振る。
「ならもらったものを誰に渡そうと私の自由だね!」
「最初からそのつもりで2個だったのか」
「神崎君とお揃いにしたかったんだ。最初からお揃いのものを買おうって言っても、神崎君は自分の分は買わなかったでしょ?」
「それは……まあそうかもな」
たしかに相原の言う通りな気がして納得する。
お揃いとか気恥ずかしいし、なにより借りを返すのに、俺まで何かを得るのはどうなのか。きっとそんな感じでなにかれ理由を付けて自分用は買わなかっただろうな。
「俺のことをよくご理解しているようで」
「神崎君は優しいけど自分に厳しいってのはわかってるよ」
「そうか? 俺は普通に生きてるだけなんだけど」
相原の言ってることが理解できずに首を傾げる。
「例えばさ、この前迷子になったゆいかちゃんを一緒に助けたよね。あれだってべつに神崎君がやらなくてもよかったんじゃない?」
「それは違うだろ。泣いている小さい女の子を放っておくなんて間違ってる。ましてやあそこには俺しかいなかったんだぞ? なら、俺がやるのが当然だろ」
「そこが神崎君のとても優しくて自分に厳しいところだね。普通の人はあそこで迷子の子に声をかけたりしないの。自分の予定があったり、面倒ごとの香りがしたりで、大体の人は見て見ぬフリをするんだよ」
「相原もか?」
相原はあの時俺と一緒にゆいかを導いた。面倒とスルーすることなく、自分から話しかけてきたんだ。なればやはり困っている子を助けるのは必然ではないか。
「私は、どうかな。神崎君みたいに飛び込む自信はないかな」
予想に反して相原は自信なさげな回答だ。
「でも来たよな?」
「それは、神崎君っていう知ってる人がいたから。神崎君みたいに一人で行動できたかは怪しい」
「でも助けようとは思うだろ?」
「それは思うだろうね。でも、そこで行動に移せるか、一歩踏み出せるかって言うのは大きな違いがあるんだよ」
「そんなもんかね」
「そう、だから私から見たら神崎君はすごい人なんだよ」
俺としては自分の中の普通の正しい行いをしているだけなんだけどな。困っている人がいたら自分ができる範囲で手助けする。これは普通のことだ。それを褒められるのは違和感しかない。
俺は相原が言うようにすごい人ではない。決してそんなことはない。
でもまあ、相原に褒められるのは気持ちの面では悪くないしむしろ嬉しい。相原がすごいって言うなら、とりあえず俺はすごいって思っておくか。
「そうか、俺はすごかったのか!」
「そう、神崎君はすごいんだよ。で、話は戻るけどこのストラップはお互いのスクールバッグに付けない?」
恐ろしい話の方向転換に恐ろしい提案。
「スクール……バッグだと?」
「うん!」
俺たちの学校は特にカバンを指定されているわけではない。一応学校が販売しているモデルもあるが、それは必須ではなく、自分で用意したい人は用意していいことになっている。俺も自前のリュックサックを用意している。
何が言いたいかと言うと、みんなバラバラなんだよ。アクセサリーつけたいやつは勝手につければいいし、その辺も規制はされていない。
だからこそ、ある日突然同じストラップを付けた男女が現れたらどうなるか。所詮は小さなストラップ。気がつかれなければ御の字だが、気づかれた時が悲惨だ。なにせ相手があの相原美咲なのだから。殺されるのでは?
「ほ、本気で言ってるんだよな?」
「もちろんだよ。そのためにお揃いにしたんだから!」
念のため再度確認してみるも、相原は冗談で言っているわけではないようだ。
これは、もしかしてすごーい遠回しで死ねって言われているのか? いやまさかな。
「考えときます……」
「そこは素直にオッケーして欲しかったな」
「ははは……」
乾いた笑いしか出てこなかった。さすがに自分の命に関わりそうなので、ここは慎重にね。まずはリュックのどこに付ければ見つかりづらいか、そこから話はスタートしていく。そんなとこあるのか?
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