第120話 実梨と真由梨①

「なんでまゆちゃんが……」


 言葉を失う実梨。状況が全く飲み込めていないようだ。


 まあ仕方ないよな。俺と色々恥ずかしい話をしてたのに、急に妹と天使が現れたら俺だってそうなる。


 でも、俺はそうならない。


「あ、やべ……さっきの電話切り忘れてたわ」


 机に置いてある携帯を拾い上げ、わざとらしく実梨に見せつけてから通話を切断した。


「まあ最近は無料で通話できるアプリがあるし、電話を切り忘れててもお金がかからないからいいよな」

「通話の相手は……?」

「言う必要あるか?」

「……じゃあもしかして今までの会話は全部」


 無言で頷くと、実梨の顔がどんどん青ざめていく。


 彼女が隠したかったもの、本当に隠したかった人に全部筒抜けになっていたわけだからな。そりゃそんな顔にもなる。


 でも、これは必要なことなんだ。


「お姉ちゃん」


 委員長は決意の籠った表情で一歩一歩実梨へ近づいていく。


 実梨はそんな委員長の圧に負けて、一歩一歩後ずさるも、やがて委員長に腕を掴まれて逃げ場が無くなった。


 不意に自分の服が摘ままれるような感覚。見れば美咲が隣にやってきて、俺の制服の裾を遠慮がちに摘まんでいた。


「大丈夫?」


 美咲は小声で心配そうに囁く。


「誰が? 実梨のことか?」

「違う。八尋君のこと。記憶喪失の話……よかったの?」


 ああ、そういうことね。


 たしかに俺にとって記憶喪失は一番知られたくなかった話だ。これからだっておいそれと誰かに話すつもりはねぇ。


 美咲はそれを心配してくれたってことか。ありがとう美咲。それだけで俺の心は温かくなる。


「問題ねぇよ」


 心配そうに見つめる天使に、俺はカラッと笑いかけた。


「人の心の一番奥に土足で踏み込もうって言うんだ。なら俺だって、全てを開示しねぇと不公平だろ?」


 俺は実梨の心に許可なく土足で踏み入った。彼女の抱えるものを俺の意志で曝け出させた。


 なのに俺は何も開示しないなんてのは、そうは問屋が卸さねぇよな。


 全部話せって言うんだ。なら、言った方だって何の嘘偽りも無く心の奥底に抱えていたものを全部話すべきなんだ。


 本気で向き合うってのはそういうことだろ。


「そっか……」


 美咲はとても穏やかな笑顔を返してくれた。


「やっぱり、八尋君は真っすぐでかっこいいね。そんな八尋君だから、みんないつのまにか八尋君のところに集まる」


 私もその一人、と美咲はとても嬉しそうに言った。


 違うよ美咲。俺が全て開示するのも、こうしてちゃんと実梨と向き合えているのも、全部美咲がいたからなんだ。


 君がいたから、俺は今こうして真っすぐ前を向けている。君の隣に立って恥ずかしくない男であろうと進んでいるんだ。


 今の俺があるのは、全部美咲のおかげだよ。さすがに恥ずかしすぎて言えねぇけどな。


「あとは委員長に任せよう。最後の仕上げだ」


 お膳立てはしたんだ。ちゃんと心と心をぶつけてこい。


 今委員長の前にいるのは、心の鎧を全部取っ払われたただの一人の女の子だからな。


 俺は実梨を支えることはできる。だけどそれは俺が実梨と同じ絶望の淵に居たからだ。


 だから、俺は隣で一緒にいることはできても、実梨の光にはなれない。


 美咲みたいに、明るく心を照らす太陽みたいな存在にはなれない。


 俺にとっての美咲のように、実梨にとって委員長がその役割を担うはずなんだ。


 委員長。お前はお前にしかできないことをやればいい。今のお前なら、大丈夫だろ?


「ということで邪魔者は消えるとするか」

「うん。そうだね」

「神崎、みっちゃん。なに帰ろうとしてるの?」


 さあ、邪魔者は撤収して後は存分にやってくれ。と踵を返したところで後ろからの声。


 委員長が鬼の形相で俺を見ていた。なんで!?


「いや、俺たちがいたら邪魔だろ? それに当初の予定では俺たちは撤収する手筈だったろ?」

「気が変わったわ」

「はあ!? 俺たちがいたら本音で話しづらいだろ?」


 俺たちの最大限の気遣いわかってらっしゃる?


 ここまでしたらあとは姉妹で勝手にやってくれっていうこっちの意図ちゃんと説明したよね? ちょっと離れたところで待ってるからって言ったよね!? また壊れたか委員長!?


「そんなことない」


 だけど委員長は相変わらず怒ってるのか違うのかわからない表情で俺を見つめる。


 でも実梨の腕はしっかり掴んだままだ。


 おいおい実梨がどうしていいかわからない表情してるぞ委員長。ついでに俺もどうしていいかわかんねぇよ。


 一瞬にして、この場の支配者は俺と実梨から委員長に変わっていた。


 さすがクラスの支配者だけあるな。一瞬で場を制圧されちまったぜ。


「二人がいたから本音が話せないとかそんなことない。むしろ二人にはちゃんと最後まで見ていてほしい。神崎がここまでしてくれたんだから、ちゃんと責任持って最後まで見届けて」

「……わかったよ」


 そんな強い目で言われたら断れねぇじゃん。仕方ねぇな。


 俺と美咲はため息交じりに笑いあい、今目の前で始まろうとしている姉妹喧嘩を見守ることにした。


「お姉ちゃん……歌が歌えなかったんだ?」


 俺から実梨に視線を戻した委員長。口調はやはりどこか怒気を含んでいる。


「この展開は予想してなかったな。やっくんの差し金?」


 まず俺を疑うのやめろよ。正解。じゃあ間違ってねぇな。


 でも俺もそんな策士じゃねぇからな。ちょっと考えれば誰でも思い付きそうなことしてるだけだから。だから悪の権化みたいな言葉使うのやめろ。


「うん。全部神崎の提案」

「そっか……やっぱり、やっくんは悪役だね」

「そこは否定しない。私も酷い目に遭わされたから。身も心も素っ裸にされたから」

「……八尋君?」


 いや、美咲さん。そんな怪訝な目を向けないでもらっていいですか?


「おい待て、身体は素っ裸にしてねぇだろ!?」


 すかさず割り込む。美咲になんて顔させんだよ委員長。


 さっきまで制服摘ままれてただけなのに、今なんか脇腹つねられてるんですけど!? 痛いんですけど!? 理不尽だぁ。


「心は素っ裸にしたんだ?」

「いやまあそれは……否定しづらいなぁ」


 神社で俺は委員長と魂の喧嘩をしたからな。もうソウルフレンドよ。だからお互い心はある程度裸の関係になってるの。やましい意味じゃなくてね?


「はぁ……」


 美咲が大きなため息を吐く。


「ちゃんと、彼女の心配もわかってね。八尋君、ちょっと目を離したらどんどん他の女の子の好感度上げちゃうんだから」

「好感度って……今のこの会話で上がってた要素あった?」

「あった。ありまくりました。もう……そういうとこだよ?」


 どういうとこですかぁ!? 大事なとこぼかさないでぇ……。


 俺ちゃんと言われないとわかんねぇからさ。


 プイっと、美咲は頬を膨らませてそっぽを向いた。もうこの話は終わりみたい。結局答えは迷宮入り。


 わかったのは美咲は可愛いっていう世界の理だけ。


「ふふ……でもそんな神崎だから、私は今日の作戦に乗ったのよ。私も、ちゃんとお姉ちゃんに向き合わないとね」


 委員長は再び視線を実梨に戻した。いや絶対このやり取りいらなかったでしょ?


 俺がただ美咲に不信感を与えただけで終わったんですけど? 俺の一人負けなんですけど? 嫌がらせかおい。心をひん剥いた嫌がらせなのかおい!?


「だからお姉ちゃん、私と喧嘩しよ?」


 最高に晴れやかな笑顔で、委員長はとんでもなく物騒なことを言った。

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