第137話 駆け抜ける夏③
「俺ってやつは、どうにも迷子の少女と縁があるらしいな」
この状況、春先にもあったよな。ちゃんと覚えてる。小学生と同格認定された悲しき事件だったからな。
ゆいか、元気してるかな。浮かんだのは生意気だけど面白い篠宮の妹の姿だった。
それを思い出すのは、俺が今あの時と同じことをしようとしてるから。
誰かを探してるように見えた。もしかしたら違うかもしれない。だけど放っておけないと思った。
小学生くらいの女の子がここに一人でくるとは思えない。誰かとはぐれたと考えるのがセオリーだろう。
俺がなんとかするって自惚れはしない。でも、独りぼっちは寂しいからな。困ってる時は、誰かに見つけて欲しいよな。
「お嬢ちゃん、なにか困りごとかな?」
「え……?」
なるべく事案にならないように話しかけたつもりが、めちゃくちゃ事案になりそうなことを口走った。
話し方怪しすぎんだろ。もっとこう……あったろ……。
そんな怪しい者を見る目をしないで。あれ、この目には既視感が……あぁ、ゆいかも最初こんな感じの表情してたな。
ファーストコンタクト、失敗。
「あの……その……俺は怪しい者じゃないですよ?」
「……誰?」
「……」
至極もっともな回答が返ってきた。
まずは不審者でないとアピールしなければならないようだ。
今の状況、普通に不審者だからな。通報されたら監視員からお縄にされちゃう。
「通りすがりのお節介マンだよ。一人で誰かを探してそうだったから、つい話しかけちまった」
「お節介マン……」
「あ、いやそこは拾わなくていいところだぞ?」
「お節介マンさんは、私を助けてくれるの?」
「え、ああ、うん?」
もしかしてその呼び方定着しちゃう? だったら本名言っとけばよかったかなぁ。
「内容次第かな。俺にできることなら手伝いたいとは思ってるよ」
この前の一件で学習したスキル、目線の高さを合わせるを発動する。
相手に威圧感を与えないようにしゃがめば、少女は少しだけ張っていた気を緩めたように見えた。
話しかけた時点で手伝うことは既定路線。事情だけ聞いてはいさよならをするなら最初から話しけんなよって感じだしな。
「お兄ちゃんとはぐれちゃった」
「そっか」
やっぱり迷子だったか。
素直に話してくれたあたり、警戒心を解いてくれたのかもしれない。
「んじゃ、お客様サポートみたいなところを一緒に探すか」
大型のショッピングモールならある案内所みたいなやつ。時折迷子の子供が放送されているのを聞いたことがある。
闇雲に探しても俺はお兄ちゃんの姿がわからないし、もしここにも案内所もとい迷子センターがあればそこに任せた方がいい。
人気のない場所ならともかく、ここはいかんせん人が多い。この中で誰か一人を探すよりはどこか目印となるところで相手を待っている方が確実だろう。
「おきゃくさまサポート?」
少女は首を傾げる。まだわからない単語だったか。
「大声でお兄ちゃんの名前を呼んでくれるヒーローのところだよ」
「ヒーロー! かっこいいね!」
まあ、ぶっちゃけヒーローかと言われれば違うような。
ヒーローっつうのは誰かがピンチの時に颯爽と駆けつけて、そしてスマートに物事を解決していくスーパーマンのこと。
そう、例えば今、人ごみを掻き分けながら必死の形相でこっちへ向かってくる小さい男の子みたいな。彼はどこへ行くんだろうか。トイレの限界が近いのかな。
でもな少年。プールサイドを走るなって監視員さんが口を酸っぱくして言ってるんだから走っちゃだめだぞ。例えトイレの我慢の限界が来たって、せめて限界早歩きくらいにしておかないと。ほら、監視員さんが君を見ている。
ってかなんか少年こっちに来てね? 全力で俺のとこ来てね?
「あ、お兄ちゃん!」
少女の顔が明るくなる。え、お兄ちゃん? あの子が?
じゃあ俺の役目終わりじゃん。労せずして終わってしまった。なんとも拍子抜けと言うか。
あれ、お兄ちゃんなんか怒ってね? すんごい顔で俺のとこ向かってね?
なんか嫌な予感がするんだけど。
「
お兄ちゃんは勢いよくジャンプ!
飛び上がって必殺技をかますようなキックを俺に! 俺に?
「とうっ!」
「おふっ!?」
小学生の攻撃と言えど、加速した体重が全部乗っかれば凄まじい威力となる。
俺は少年のキックをもろに食らって地面をゴロゴロと転がった。ここは……特撮会場? プールだよ……。
今の俺はまるで悪役。ヒーローの一撃によって華麗に成敗された。地面に這いつくばっているのがまさにそれ。
「澄水! 大丈夫か!?」
「だ、大丈夫だけど……あの人が……」
澄水と呼ばれた迷子の少女は、困ったように俺を見る。
これが地面の味か……敗北者って感じがするぜ。なんでこんな目に。
「お前! 澄水に何しようとしたんだ!?」
お兄ちゃんは怒り狂った状態で這いつくばる俺を見下ろす。
澄水ちゃんとそんなに歳は離れていないように見えるのに、随分と勇敢でいらっしゃる。
「ひ、人助けですが……」
なぜか丁寧語。負け犬って感じがして最高にダサい。
「嘘つけ!」
「嘘じゃないんですけど……」
よく見たらお兄ちゃんの手は小さく震えていた。
勇敢だと思っていたけど、もしかしたら妹の前で勇気を振り絞っているだけかもしれない。
だとしても、その姿はかっこいいと思った。同じ兄として尊敬できる。以上、負け犬の感想。
「なにあれ……不審者?」
気がつけば周りに野次馬が増えていた。いかん、この目立ち方はまずい。
純粋に人助けをするはずが、気がつけば不審者扱いのひそひそ話をされている。
「お前……覚悟はできてるんだろうな?」
覚悟……え、何の? 俺なにされんのこっから!?
もうだいぶ社会的地位が怪しくなってるんだけど、これ以上俺は何をされるの!?
「お、お兄ちゃん! 違うの!」
俺を睨みつけるお兄ちゃんを止めてくれたのは澄水ちゃんだった。
お兄ちゃんの腕を掴みながら、周りにハッキリ聞こえる程の大声で言った。
「な、なんだよ澄水? なにが違うんだ?」
「こ、この人は……私を助けようとしてくれたの!」
「……え?」
先ほどまで威勢よく俺を睨んでいた少年は、澄水ちゃんの言葉を聞いてから改めて俺を見た。
その顔からは、サーっと血の気が引いていた。
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