第136話 駆け抜ける夏②
「おぉ……」
振り返った先に広がるのは白い肌。普段は絶対に服で隠れているそれ。どう足掻いても見ることのできないはずの世界がそこにはあった。
要は、肌の露出が多すぎて目のやり場に困るって話。
「どうしたやっくん、顔が赤いぜ? やはり私の水着姿に悩殺されちゃったんだね!」
太陽光を吸収しそうな黒いビキニ姿の実梨が腰に手を当てて胸を張る。
服の上からでもわかっていた豊満な身体がこれでもかと強調されている。
「そ、そんなわけねぇだろ」
「ほれほれ……普段は見られない私のボディだぞぉ。元アイドルの貴重なボディだぞぉ」
「うわやめろ近寄るな!」
「しかと目に焼き付けるのだ! そして褒めろぉ!」
視線を逸らしても逸らしても実梨がその先へ追従してくる。
っく……やめろ……視線が一か所に吸い寄せられちまうだろうが……! 俺も男だって本能に教え込まれちまうだろうが。
「やめなさい!」
「あいたぁ!?」
実梨の脳天に妹からのお叱りチョップが振り下ろされた。
「うぅ……私はただやっくんに褒めて欲しかっただけなのに……」
頭をおさえた実梨は、苦悶の表情を浮かべながら涙目で委員長を睨む。
「はしたないからやめなさい。ここは公共の場だよ?」
「うぅ……」
委員長に笑顔で凄まれ、実梨は母親に怒られた子供のように素直に俺から離れた。
妹……強し。もはや母親だろあれ。
不覚にも関係ない俺までビビっちまったよ。
「水着似合ってるよ、実梨」
そのままやられるだけは可哀想だったので、思っていることを口にした。
「え……うん! 頑張って選んだんだ!」
かなり攻めた水着だと思った。肌の露出が他に比べて一番多いし。
でも、似合ってるのは事実だと思った。だから素直に言った。
実梨はパァっと明るい笑顔になって嬉しそうに身をよじる。
頑張って、か。それに対しては反応に困るんだよなぁ。
チラリと最愛の天使を見れば、彼女は俺から目を逸らしてしまった。なんで?
まさか他の女に目移りした俺に対して怒ってるのか!? 違う。違うんだよ。いつだって俺の心は美咲一筋なんだって。
「褒めるのはお姉ちゃんだけなの?」
「そうだよざっきー。何か感想を寄こせ」
姉ほどではないにしろ出るところは出ている委員長。姉とは対照の白いビキニ姿が似合っている。
そして快活な篠宮らしく赤を基調とした水着を来た篠宮。まぁ、似合っている。
「お前らも似合ってると思うぞ」
「気持ちが足りないなぁざっきー。佐伯、見本を見せてあげて。ほら?」
「見本? そんなのないと思うけど。でもそうだね。みんな自分に合う水着を選んだんだなって伝わってくるくらい似合ってると思うよ」
「ざっきー、これが見本だよ」
「なるほどなぁ……」
イケメンはいちいち言うことがイケメンなんだよな。イケメンが言うからスマートに聞こえるんじゃないかってくらいに。
俺には絶対出てこないセリフだった。さすが佐伯。
参考にはなるけど、たぶん真似はできない。
「気にするな八尋。俺は水着と下着の違いも正直あまりわかってない」
「それは……」
どうなん? って言おうとしたけど俺も正直よくわかってないことに気づいた。
たしかに、委員長や実梨なんてほぼ下着同然の姿をしているのに恥じらいを感じない。
風が吹いただけでスカートを気にする女子でも、こと水場においては羞恥の感覚がバグるらしい。
母なる海と近い環境になると、人の心の防御も薄くなるんだろうか。何言ってんだ俺。
「ハカセは頭が固いねぇ。そんな違いもわからないんだ」
さっきのお返しとばかりに、今度は篠宮がハカセを煽る。
「なら説明してくれ。俺にはまるでわからん」
「ふふん。それはね……パッションだよ」
「……お前に少しでも期待した俺が愚かだった」
「んだとごらぁ!」
吐き捨てるようにハカセが言えば、それに反応して篠宮が吠えた。
いつも通りの論争が始まった最中、不意に俺に脇腹をちょんちょんと突く感触が。
向けば、美咲が何かもの言いたそうな表情で俺を見上げていた。
「どう……かな……?」
そう言って、控えめにその場で一回転する美咲。
胸元についたフリルも合わせて控えめに揺れた。
「えっと……」
人は、本当に美しいものを見た時、自然と言葉を失ってしまう。さっきのもそれだ。
他の誰よりも、ここにいる誰よりも輝いて見えたそれは、俺の心から言葉を簡単に奪ってしまった。
低俗な俺の語彙力で表す言葉なんてないような、そんな気にさえさせてしまう。
だから今もこうして、彼女を褒める適切な表現が見当たらずに言葉が宙を彷徨う。
「その……」
美咲はどことなく頬を赤らめながら、俺が発する言葉を期待している。
そのせいで俺はもっと何も言えなくなる。今の美咲を満足させるような高尚な表現が見当たらないんだから。
沈黙。周りのざわめきすら置き去りにして、今この場には俺と美咲だけの世界がある。
「あぁ!? また二人の世界に入ろうとしてる! イチャイチャ警察出動!」
そんな二人だけの世界をぶっ壊したのは、また実梨だった。
イチャつきに対するセンサーが過敏過ぎる。
「隙あらばイチャつこうとするとは油断ならないね! これはもう早速遊びに行くしかないよ!」
「お前が早く遊びたいだけだろ……」
「バレたか……」
助かったと思う俺がいた。
あのままいても、たぶん俺は何も言えなかっただろうから。
「むぅ……」
残念そうに目を伏せた美咲への罪悪感に駆られながら、俺たちはプール遊びを勤しむことにした。
「きんもちいいい!」
我先にプールへ入った篠宮が言った。
「みんなもはよ! てか早く入ってくれないと私が流されていくんだけど!?」
ここは流れるプール。人の流れとプールの作為的な水流によって流れの方向が決定されている。
篠宮はその流れに抗いながらも、確実に少しずつ遠くへ離されていく。
「いっそあいついない方が静かに遊べるんじゃね?」
「聞こえてるぞざっきー! ふざけるなぁ!」
遠のいて行く篠宮が叫ぶ。
「聞こえてたかぁ」
地獄耳かよ。
なおも篠宮がうるさいので、追いかけるようにプールへ入った。
最初の一瞬だけ、冷たっ! と思ったけど、篠宮の言う通りすぐに身体に馴染んで気持ちよさが勝った。
「はは、気持ちいいね!」
美咲も楽しそうに笑っている。
流れるプールの水深は思ったより深くなくて、俺の腰よりちょっと上くらいだろうか。その辺りまでにしか水がない。
子供から大人まで楽しめるような設計にしたんだろう。
今はどちらかと言えば学生が多く見えるけど、休日になれば家族連れも増えるはずだ。
「油断したらはぐれそうだね」
そう言ったのは美咲。
既に篠宮は若干遠のいている。
早く追いついてこいと手を振ってアピールしてるのが見えた。
イケメンや実梨たちは先に篠宮の下へ向かっていた。
「じゃあ私たちも行こうか」
「そうだな」
先に行く美咲の後をついて行く最中、ふと視界に気になるものが映って立ち止まる。
「お、止まってると意外に抵抗が大きいな」
流れるプールの威力は中々なもんだ。水の力って凄い。
そうして大自然の力に抗いながら、俺の視点は1か所に集中する。
プールサイドで誰かを探すように視線を彷徨わせている女の子だ。おそらく小学生くらいだろうか。
可愛らしい水着に身を包んだ少女は、不安げな表情でキョロキョロと左右を見渡していた。
「あ……」
油断したらはぐれそうだな。そう言われたのは何秒前だっただろうか。
やべぇ……完全に置いてかれた。くっそ油断してんじゃん俺。サバンナだったら真っ先に死んでるわ。
前を見ても、もはや美咲の影すら見えなかった。
しまった。出遅れたぁ。
「ま、どのみち放っておけないわな」
追いかける選択肢もあったけど、俺はそれ取らずに入ったばかりのプールから上がった。
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