第135話 駆け抜ける夏①
そして迎えた8月初旬。俺たちは約束通りみんなでプールへ来ていた。
青い空。白い雲。そして。
「うわ~、予想以上の人だねぇ」
大地を覆いつくさんとするばかりの人だった。
休日はさすがに混むから行くなら平日だよね~。とかみんなで計画してたのが馬鹿らしくなる人の多さ。最早計画など最初から破綻していた。
「それでも楽しみなのには変わりない!」
篠宮はあてが外れたわりには楽しそうだった。みんなでおでかけできればそれでいいのかもしれない。
俺はちょっと人に酔いそう。
人と夏の熱気のせいか、遠くの方の景色が歪んで見える。蜃気楼?
「同じことを考える人が多かったみたいだね」
夏の暑さでも麗しさが色褪せない天使様。蜃気楼どころかくっきり見える。
そんな天使様は夏らしい薄手の装いをしている。
おかしい。顔が美咲を向いたまま動かせない。試しに篠宮とか委員長を見てもすぐに視線が美咲へ戻される。
「どうしたの?」
「美咲が可愛すぎて目が離せない」
「可愛すぎて?」
「そう、可愛すぎて」
「えへへ……ありがとう。八尋君に言われるのが一番嬉しいな」
見つめ合った美咲は可愛らしくはにかんだ。
急募。彼女が可愛過ぎる時の対処方法。
俺はどうすればいい? 今にも公共の場で抱きしめたい欲が暴走しそうなんだが!?
「さっそくイチャつくの禁止でーす!」
見つめ合う俺たちの間に割り込む実梨。おかげで張り付けられていた俺の首が解放された。
「べ、べつにイチャついてなんか……」
美咲が言い訳をするようにもごもご言いながら視線を逸らす。
それもまた麗しい。
「はい! イチャつき警察出動だよゆなちゃん! みんなで遊びに来てるにも関わらず、二人の世界に入ろうとしている人たちがいます!」
「なに!? それは許されないことですぞ!」
「そうだそうだ! 私も構え!」
「お? んん?」
批判の仕方がおかしくない? 篠宮もちょっと反応に困っていた。
「構って欲しかったら美咲のような落ち着きを見せろ」
「私から元気を取ったら可愛さしか残らないよ?」
「だいぶ残ってんじゃねぇか」
可愛さって相当ウェイト重いと思うけど。お前色んなやつ敵に回すぞ。
俺だって佐伯から「俺から誠実さを取ったらかっこよさしか残らないよ」とか言われたら殺意湧くし。よく考えたらあいつ最近誠実でもねぇな。
てか実梨はちゃんと自分が可愛いことは自覚していらっしゃるのね。あざとさも天性ではなく計算してやってそうなのが怖いところ。
「でも今日はやっくんを悩殺する水着を選んできたからね。そこはみっちゃんに勝ってるところだから!」
ドヤァ。謎のマウントが発動した。
「むぅ……」
あぁ……むくれてる美咲も可愛い。
篠宮はなぜか死んだ目をしている。ドンマイ。
「お姉ちゃん。変なマウント取るのはよくないと思うよ」
「まゆちゃん。絶対勝てる時には全力で行くのが勝負の世界だよ」
「なんの勝負よ……」
呆れる委員長。なんとなく委員長は家でもこんな感じなんだろうな。苦労してそう。もうどっちが姉なのかわかんねぇな。
とは言え仲良きことは良きかな良きかな。一時期の不仲を見ていると、こうして姉妹が仲良くしてるだけでほっこりする。なんか保護者ポジになってない俺?
仲良きことはよきこと。そうだよなぁ。浮かんでくるのは実の姉と妹の姿だった。
「チケット買ってきたよ」
そうこうしている内にみんなのチケットを買いに行っていた佐伯とハカセがやってくる。
「サンキュー佐伯。いくら?」
「篠宮は小学生料金で構わないぞ」
チケットを佐伯から受け取りながら篠宮が言えば、すかさずハカセが先制攻撃をしかけた。
「なんだとハカセごらぁ! 誰が小学生だって!?」
「でも考えてみろよ篠宮。受け入れたら一人だけ安く済ませられるぞ?」
「た、たしかに……」
俺が言った手前なんであれだが、それでいいのか篠宮。お金以上に失うものは多いと思うぞ?
結局、篠宮含め全員が正規料金を払って中へと向かった。
更衣室の前で女子陣とは別れて着替える。
貴重品はロッカーにしまい、遊びに行ける装備だけして外へ出る。
「たしか集合は更衣室出てすぐでよかったんだよな?」
「そのはずだ。まだ女子は来ていないようだな」
「みたいだね。まあ男子は着替えるのが楽だからね」
たしかに。俺なんてもう下に履いてきたからな。
どうせ着替えるなら先に履いていっても一緒だろ。と今日は朝から臨戦態勢を整えていた。
そのおかげか誰よりも早く着替えを終えた。10秒かかってないと思う。
「それにしても……これがレジャー施設のプールか……」
思わず感嘆の声が漏れた。
よくある市民プールとは違い、長いサーキットのように所々入り組んだプール。
その中心には子供が遊べる水位の低いプールもあって、よりレジャー感が増している。
「なんだか初めて来たみたいな反応だね」
「いつだって感動する心を持ち合わせてるんだよ」
「それは素敵な考えだね」
冗談っぽく返せば、佐伯も冗談っぽく返事をする。
初めてではない。頭の中の情報としてレジャー施設の記憶はある。それに小さい頃来ていたのは昔の写真を見てわかっている。
でも、俺として来たのは初めてだ。情報として持っている知識と、生で見た時に感じる迫力は別。
天高くそびえ立つウォータースライダーの大きさだって、写真やネットでは感じ取れない情報だ。
つまるところ、俺はテンションが上がっていた。
今にも大海へ飛び出していきそうな俺の心を諫めるようにプールから視線を逸らせば、目に入るのは我が友人たちの身体であった。
「……お前ら結構いい肉体してるのな」
体育祭の時も思ったが、イケメンもイカレ眼鏡も綺麗に腹筋が割れている。
腹筋6LDKかい! え? なに今の声? 急に空から幻聴が聞こえた。間取りの話してねぇし……てかめっちゃ広いなその家。
謎の例えが空から降って来る程度には筋肉質な二人の体を眺めれば、二人はどこか嬉しそうに口を開いた。
「部活で筋トレをしてるからね。自然と筋肉もついてくるんだと思うよ」
言葉の端から嬉しさが滲み出ている。
男は自分の身体を褒められると嬉しいらしい。つか嫌味を含まずに褒められたらなんでも嬉しいわな。
俺も美咲に、八尋君って締めるところは締めるよねって言われた時は……嬉しさの中に一抹の疑問が残ってたわ。例えが悪かった。
あれ、でも美咲に褒められるときって大抵こんな感じなような。きっと気のせいだろう。素直に褒めてくれる時の方が多い。ちょっと変な時の印象が強かっただけ。そう思うことにした。
「しかし、筋トレねぇ」
自分の身体に視線を落とした。なめらかな大地が広がっている。
割れている、という表現を挟む余地がないほどに整地されていた。平穏な大地。それも悪くない。よね?
冬にはカーリングができそう。スキーができるくらいの膨らみはまだない。そこだけは自信を持って言える。
「筋トレはいいぞ八尋。筋肉は大抵のことは全て解決してくれる」
「マジかよ?」
「マジだ」
「例えば?」
「人間関係の悩みも筋肉で解決できる」
「嘘だろ……」
筋トレやばすぎだろ……俺もしようかな。
「おっまたせー!」
筋トレの有能さに想いを馳せた刹那、聞き馴染みのある声に振り向く。
そして、俺は言葉を失った。
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