第116話 今度は俺が①
「どうしたのやっくん? こんなところに呼び出したりしてさ。まさか愛の告白!?」
「違うわ!」
「やっと私に振り向く気になったんだね!?」
「だから違うって言ってるだろ!?」
委員長脱獄騒動から1週間くらい経った日の放課後。人気のない空き教室に実梨を呼び出した。
窓際。机一個分を挟んで俺と実梨は向かい合っている。
愛の告白って。俺彼女いるのに堂々と2股するような男に見えるの? どう見たって美咲一筋だろ。ってことを実梨のファンにでも聞かれたらうっかり沈められそうだから思うだけに留まる。
委員長に聞かれでもしたら「神崎、お姉ちゃんを振るってどういうこと?」とか真顔で言われそう。え? でもそうしたら実梨に告白された瞬間俺詰まね? いやまさか。
「だったらなんなのさ!? こんな雰囲気は告白しかないよ!?」
「なんで告白以外の選択肢がねぇんだよ!?」
たしかに放課後の空き教室。周りには一切の
お前の頭は花畑か? ハッピーなのか!?
「人に聞かれたくない話をしに来たんだよ」
「じゃあ告白じゃん!!」
「そこから離れろ!!」
しばらく告白かそうじゃないかの不毛な争いが続く。時間の無駄ってこういうこと言うんだな。
そうこうしているとポケットが震える。電話だ。俺は実梨との言い争いを中断して一旦電話に出る。
「もしもし……了解。じゃあぼちぼち始めるわ」
電話の向こうとは最低限のやり取りだけ。
俺は携帯を机の上に置いて実梨を見る。
「なんの電話?」
「気にするな。俺の個人的な話だ」
「じゃあ気を取り直して愛の告白を――」
「実梨」
実梨の言葉を遮る。ただ黙って静かに彼女を見つめると、彼女は観念したように真面目な顔をする。
「本当はわかってんだろ? そんな話じゃねぇって」
「うん。知ってた」
先ほどまでのハイテンションはどこに行ったのか、実梨はとても落ちついた様子だ。
わざとらしく上げているテンション。そして笑顔。佐伯が言っていた取り繕った笑顔だ。
きっと、実梨の防衛本能みたいなものだろう。真面目な話をするって雰囲気で察して、それから逸らそうとしていたんだと思う。
「こんなところまで呼び出されて真面目な話ってさ、なんか怖いな」
実梨は手をもじもじさせている。
「大丈夫。実はたいしたことねぇんだ。どうしてもこっそりやってほしいことがあってさ」
「やってほしいこと?」
実梨はわけがわからない様子で頭にはてなを浮かべている。
視線を上に向けて、何を言われるのか考えていた。
「そう。やってほしいこと」
「なに? 私にできることならやるよ。やっくんには色々助けてもらったしね」
「そうか……じゃあ、一生のお願いしていいか?」
「い、一生のお願い……」
実梨がごくりと息を飲む。一生のお願い。一世一代のお願いに何を言われるのか気になって、だけど俺がなにを言うか若干不安に思っている表情。
俺も大きく深呼吸をして、カッと目を見開いく。
「お前の歌を聞かせてくれ!」
「……え?」
きょとん。実梨は目を丸くして固まっていた。
無言の空間。相手の呼吸さえも聞こえそうな沈黙が少し続いた。
「お前の歌を聞かせてくれ!」
「え、それが一生のお願い? 一生のお願い軽くない!?」
「軽くない。国民的アイドルに自分のためだけに歌ってくれなんてお願いが軽いわけねぇだろ」
実梨はこう見えても元国民的アイドル。中村みのりって知ってる? と聞けばどこぞの記憶喪失な男以外のほぼ全員は知ってると答えるだろう。
そんな実梨に俺だけのために歌えとかまず言えねぇからな。いま俺すごいお願いしてるからな。
これこそまさにファンに殺されるやつ。はは、仲良しの役得ってやつよ。呪殺できるものならしてみろ。この前買った塩で跳ね返してやるよ。
「なんで急に私の歌を?」
「いやさ、家でちょっと実梨こと調べてたら動画サイトに実梨の曲が上がってたから聞いてみたらなんの。すごいいい曲ばかりだったわけ。せっかくだし生で聞いてみてぇなぁ、と思ったわけよ」
「そんなことのために私を呼び出したの?」
実梨の顔に浮かぶのは困惑。
「悪いか? こんなことみんなの前で頼めねぇだろ?」
「いや……でも……わざわざこんなところで……」
「誰もいない空き教室。いるのは俺と実梨。一人だけのためのライブステージには丁度よくねぇか?」
「でも……ほら……BGMだってないし。アカペラは私も恥ずかしいなって思うわけですよ」
「じゃあ一緒に歌うか! デビュー曲暗記してきたんだよ。あれもいい曲だよなぁ」
「そ、それは嬉しいけど、やっくん……なんか今日おかしいよ?」
「何言ってんだ。大真面目だぞ。俺は実梨の歌が聞きたいんだよ。生で!」
「ほんとにね、すごく嬉しいんだよ! でもやっぱりここは恥ずかしいなって!」
「えぇ……もっと大勢の前ライブしてるのに俺の前ではできねぇって言うのかよ。恥ずかしいから無理なのか?」
「そ、そうだよ。私だってさすがに人並みの羞恥は持ってるんだよ!」
「そうかそうか。歌えないわけじゃねぇんだな?」
「…………」
放課後の空き教室。窓から日の光が入る。クーラーも効いてない教室ではじんわり汗が滲んでいく。
だというのに、この空間から急激に温度が奪われていき、実梨から一瞬にして表情が消えた。無。一切の感情を持ってない目が俺を射抜く。
これが本題か。実梨の感情のない瞳がそう言っている。
そうか……やっぱりそうなのか。今日まで疑念に思っていたことが確信に変わる瞬間。
「実梨……お前、歌が歌えないんだな」
すぐに返事はなかった。でも、それが答えみたいなものだ。
俺は、いまから彼女が隠したかったものを暴き出す。
今日は、そのために呼び出したんだから。
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