第87話 新たなる火種
「え、神崎は中村みのりと知り合いだったの?」
「二人はどんな関係なんだろう?」
「神崎って意外に交友関係広かったりする?」
「相原さんだけでは飽きたらず国民的アイドルにまでちょっかい出してるのかよ……」
等々、固唾を飲んでいた教室では一気に俺とみぃさんに対する様々な憶測が飛び交い始めた。
噂の中心であるみぃさんは、そんな周りのざわめきを気にすることなく俺に笑いかける。
まーた面倒なことになってしまった。
と思ってもうっかり口を滑らせてしまった俺が悪いわけで、もうどうにでもなれ。
美咲の一件で耐性がついたのか、若干メンタルが強くなっている気がする。
「やっくんなら気づいてくれると思ってたんだけどなぁ」
周りの声など気にせずに、みぃさんが言った。
「気づけるわけないだろ……全然雰囲気違うし」
前会った時の姿を思い浮かべる。ヨレヨレのジャージにボサボサの髪。それに絶妙にダサい眼鏡。今の輝かしい姿とは似ても似つかないから気づけるはずもない。
声は同じとは言っても人間は声を一番最初に忘れるらしいし、たった一度、一瞬会っただけでは覚えてないのも無理はないだろ。俺の記憶力でも無理だった。
「まあね。私もほら、なんだかんだ有名になっちゃったからあれは仕方ないんだよ」
みぃさんは苦笑いしながら辺りを見る。
たしかに、普通にしているだけなのに自然と視線を集めてしまっている。
有名人にはオーラがあると言うが、そういうやつなのかもしれない。クラスの雰囲気でなんとなく察した。
「なるほど。理解した」
ただ学校にいてこれ。中村みのりの知名度が見てとれる。
そしてこの前いたのはアイドルライブの会場だ。そんなところに有名アイドルが私有名ですみたいな顔して来たら、大変なことになるのは容易に想像できる。
あれはみぃさんなりの最大級の変装ということだろう。
有名アイドルが変装してまでもライブに行きたいアイドルユニット。
本人は不本意かもしれないけど、使えるキャッチコピーになりそうだな。
「有名人は色々大変なんだな」
プライベートでありのままの姿を迂闊に晒せないのは少し不憫だと思った。
「わかってくれるかいやっくん。まあ、もうそんなこと気にしなくていいんだけどね」
「それはアイドルを引退したから?」
「イエス! 私はもう自由なのです!」
俺がそう言えば、みぃさんはテンションを上げて返事をした。
アイドル時代は色々抑圧が多かったのだろうか。
それに、電撃引退の割にはアッサリしているところを見るに、もうアイドルに未練がないってことなのか?
「だからこれからはただの中村
「別に俺に宣言しなくてもいいのでは?」
「いやぁ……なんとなく目の前に居たから、つい?」
あざとく舌を出してとぼける。その姿にも人を惑わす魔性の力を感じる。
「ちょちょ、ざっきー何普通に話してるのさ⁉︎ 相手はみのりんなんだよ⁉︎」
篠宮が慌てた様子で割って入る。
「えっと、君は……」
「え⁉︎ えとえと、わた、わた、わたしは……」
「まあまあ落ち着いて」
「えっと、その……あわわわわわ」
顔を赤く染めて俯いてしまう篠宮。
憧れのアイドルに話しかけられた篠宮は、名乗りたいのに上手く言葉が出てこないようだった。
こんな篠宮も珍しい。
面白いからしばらく眺めていたい気持ちもあるが、休み時間も限られているしここは助けてやるか。
「こいつは俺の友達の篠宮。ちなみに大ファンだそうだ。きっと嬉しすぎておかしくなってるんだよ」
なぜあたふたしているのかも説明しておく。
「そうだったんだ! 私のこと好きでいてくれてありがとね!」
その言葉に顔を上げた篠宮は、それはもう目を輝かせていた。
大好きなアイドルから直接もらった感謝の言葉。ファンにとってはとても嬉しいようだ。
みのりん引退と聞いた時には絶望していたのにえらい違いだな。
「やっくん彼女の下の名前は?」
「
「うーん、じゃあゆなちゃん‼︎ 」
みぃさんは感動でトリップしている篠宮の手を両手で包み込んだ。
うわぁ……篠宮が人に見せられない顔してるよ。クラス全員に見られてるけど。
「これからはただの同級生だけど仲良くしてね‼︎」
「ひゃい! よろしくおねがいしましゅ!」
「はは、噛んでやんの」
「ざっきーはもっとみのりんに敬意を持つべきなの‼︎ みのりんは本当は私たちなんかとはかけ離れた世界にいる人なんだからね‼︎ 敬意が足りないよ敬意が‼︎」
「と言われてもなぁ……」
俺に話しかける時はすぐに元通りになるのな。
「べつに私は気にしてないけど?」
「みのりんが気にしなくてもみんなが気にしちゃいますよ!」
有名人に話しかけるのはそんなに萎縮するもんかね?
「まぁそういう篠宮は普通に中村さんのこと呼び捨てにしてるけどな」
「はっ⁉︎ すいませんみのりんさん‼︎ いや、中村さん‼︎」
みのりんさんだと馴れ馴れしすぎると気づいたのか、急いで言い直す篠宮。
「べつにみのりんでいいよ! 私もゆなちゃんって呼んでるしね!」
「み、みのりん……」
篠宮は感極まっている。
おそらく本人が引退してなお、みぃさんへの忠誠度は上がっていると思う。
「ほら、ざっきーもちゃんも敬って!」
「いや、俺だってちゃんと敬ってるぞ?」
「全然見えない!」
「そりゃお前みたいに盲目的にはなってねぇけどさ。べつに中村さんはもうアイドルじゃねぇんだろ? だったら本人が言うように、もうただの一般人の中村さんだし、俺はちゃんと一人の同級生としての態度で接してるつもりだぞ……あ」
言ってからハッとする。
たぶん、俺はまたデリカシーのないことを言った気がする。
慌ててみぃさんの方を見ると、彼女は鳩が豆鉄砲を食らったみたいに目を丸くしていた。
やべぇ……これやっちゃったか……。
「もうただの一般人か……」
みぃさんは薄く口元を緩めながら、囁くように俺の言葉を復唱した。
「ごめん。気を悪くしたなら謝る」
みぃさんがもう一般人であることは紛れもない事実だが、それを本人が受け入れているかはまた別の話になる。
特にみぃさんは先日に突然引退を表明したアイドルだ。
ネットで調べては見たものの理由は定かになっておらず、みぃさんが未練を何も残さず引退したのかは本人にしかわからない。
まだ有名人であることに未練があるのであれば、今俺が言った言葉はみぃさんを傷つけてしまう。
「ふふ……一般人……」
俺の心配をよそに、みぃ先輩は何故か嬉しそうだった。
「あの……?」
「やっくんはひどい人だなぁ。アイドルを引退した瞬間すぐに一般人扱いするんだから」
とは言うものの、やっぱりみぃさんは嬉しそうに見える。
「本当に気を悪くしたなら謝るからちゃんと言ってくれよ?」
怒りが限界突破して逆に笑顔になるパターンとかないよな。
俺はもう謝罪する姿勢に入っているんだが。
「べつに気にしなくていいよ! ところでさ、やっくんは今日の放課後は空いてる?」
「今日の放課後? 空いてるけど?」
バイトのシフトもないし、用事もこれといってない。まあバイト以外の用事なんて滅多に入らないわけだけどさ。
「なるほど。ではやっくんは私に酷いことを言った罰として、放課後は私と学校探検に付き合ってもらいます!」
ビシッと人差し指を俺に向ける。
「まあいいけど。他にもいっぱい立候補ありそうだけど俺でいいのか? かなり役得なんじゃね?」
「お、私やっくんに口説かれてる⁉︎」
「それはない」
みぃさんの言葉をはっきりと否定する。
「俺はもう彼女いるから、他の女子に目移りしてる暇はない」
例え元人気アイドルでもな。
「え……やっくん彼女いるの……?」
みぃさんは俺の彼女いる発言に驚愕し表情を歪めた。
「そこで今日イチ驚くのやめろや⁉︎」
いいだろ彼女の一つや二ついたって! 二つはおかしいな。
「……こほん」
前の席に座っていた委員長がワザとらしく咳払いをした。
「そろそろ授業が始まるから戻った方がいいですよ」
「あ、ほんとだ! じゃあやっくん、また放課後ね‼︎」
バイバイと手を振って、みぃさんは颯爽と教室を後にして、丁度タイミング良くチャイムが鳴った。
「はぁ……夢みたいだよ……みのりんと同じ学舎にいるなんて……」
自分の席に戻った篠宮はまだ心ここにあらず。
「委員長は篠宮みたいにならないんだな? たしかみのりんのこと好きだったろ?」
「まあね」
委員長はどこか冷めた返事をした。
「それよりも……神崎は大変だね」
あくびをしながら委員長が言う。
「何が?」
「わからない? 今クラスの男子ほとんどからすごい目を向けられてるよ?」
「は……⁉︎」
背筋に一筋の雫が滴る。これは、殺気。
見ればクラスの男子(若干名を除く)からとてもお友達に向けるものではない視線を感じる。
これは言うなれば刃物。なぜお前が? という疑問と羨望と嫉妬が入り混じって生まれたカオスが、剣となって俺を狙っている。
おい井上。シャーペンはグーで握る道具じゃねぇぞ? それでどうやって字を書くんだよお前? 感情のない目で俺とペンを交互に見るのやめろ。それは人を攻撃する武器じゃねぇんだよ!
「なるほど、俺の命日は今日だったか」
これは逃げ切れそうにない。だって教室だし。
「ご愁傷様。命の無事だけは祈っとくよ」
助けてはくれないんですね委員長。
まあ、こういうのは抵抗するだけ無駄だ。誠心誠意、俺はありのままの事実を述べるのみ。
放課後まで、生きていられるかなぁ……。
誰か助けて。
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