第86話 再会の転校生

「ざざざざざざざっきー大変だよ大変だよおおおおお‼︎」


 2時間目の空き時間。


 ハカセと佐伯が俺の席に集まり、話題は昨日のライブの感想会になっていた時、突然大声で篠宮が俺の席に突撃してきた。


 今「ざ」って何回言った? 7回。


 あまりにうるさいせいでクラスの注目を集めるじゃねえか。


 と思って周りを見たけど、クラスは俺たちに目もくれずいつも集まるグループの話に集中していた。


 篠宮のハイテンションにようやくクラスも順応してきたかと思ったが、よく見るとみんなどこか浮き足立っているように見える。


 俺たちのことが気にならないくらい目の前の話題に集中しているような感じだ。


 たしかに今日は朝から学校全体騒がしかった気がするし、なんかあったんかな。


 佐伯とハカセがいつもと変わらないから全然気にしてなかった。


「大変だよざっきー‼︎」


 机をバンと叩いて身を乗り出してくる篠宮。


「篠宮騒がしいね。いや、べつに篠宮だけでもないか」


 佐伯が落ち着いた様子で辺りを一瞥する。


「1時間目の休憩時間あたりからみんなソワソワしてるけど、何かあったのかな」


 なんとなくだけど、こいつは何があったか知っているような気がする。交友関係広そうだしいっぱい情報網あるだろこいつ。


 それでいて、たぶん佐伯は微塵も興味を持っていないと思う。


 もし興味があったら今も俺たちのところではなく騒がしくしている連中のところに行ってるだろうしな。


「佐伯はなんでそんな落ち着いてるのさ⁉︎」

「それを言うなら神崎や藤原もそうだろ?」


 佐伯が俺とハカセに振る。


 ちなみに俺は何も知らないだけ。たぶんハカセもそう。


「これは普通の人類の枠から外れてるからノーカンなの‼︎」

「お前は人じゃないってよハカセ」

「ふっ、つまり俺たちは人類を超越したということか」


 キメ顔で眼鏡を整えるハカセ。


 さすがのポジティブシンキング。だがひとつおかしなところがあったな。


「俺たち? 人類超越してるのはお前だけだって」


 俺を勝手に仲間に加えるな。俺は常識人だ。


「そうか。ではお言葉に甘えて俺だけ超越させていただこう」

「俺からしたら神崎も同じようなものだけどね」

「え、マジ?」


 天使の隣に並ぶには人間を辞めた方が都合よかったりする?


「もう話が逸れてるよ‼︎ 私の話聞いてよ‼︎」


 篠宮がまたもや俺の机を叩いている。いったい机が何をしたというのか。


「わかったわかった。聞いてやるから話してどうぞ」


 これ以上机が攻撃されるのは可哀想なので、大人しく篠宮の話を聞くことにした。


「大変なんだよざっきー‼︎」

「そこからやり直すのかよ⁉︎」


 篠宮は俺のツッコミを無視して続けた。


「転校生が来たんだよ‼︎」

「転校生?」

「そう、転校生だよ‼︎」

「そりゃまた特殊な時期に。何年生?」


 普通転校生って夏休み後とか年明けとか、キリのいいタイミングで来そうな感じだけどな。


 この夏休みまであと1ヶ月ちょっとの時期は言ってしまえば季節外れ。


 さっきからざわめいているのはそのせいか。みんないったいどこで情報を仕入れてるの? こんな時こそクラスラインで情報共有してくれよ。


「私たちと同じ2年生だよ。それでねそれでね、その人がびっくりでね‼︎」

「ほーい、授業始めるぞ〜。ってなんか騒がしいな」


 篠宮がいざ本題に入ろうとしたところで、次の授業の始まりを告げるチャイムが鳴り、我らが担任三上先生がいつも通りダルそうに教室に入ってきた。


 それを見たハカセと佐伯はそそくさと自分の席に戻っていく。


 迅速に動くあたり、篠宮の話にはあまり興味を示していないのがよくわかるな。


「ほらほら、席付け席付け。ちゃんと授業しないと俺が怒られるからさっさとやるぞ」


 担任の授業だからか動きの鈍い連中が多く、それを見た先生が呆れた様に言った。


 授業をしっかりやろうとする意思は感じるが、結局は自分が怒られないためっていうのがイマイチ尊敬しきれないところなんだよなぁ。


 見た目のわりに教えるのは上手なんだからもったいない。


「ここからが本題だったのに〜」


 篠宮はぶつくさ言いながら隣に座った。


 文句を言いつつも無理やりに話を続けないところは篠宮の良いところだな。


「休憩時間のなんと短いことか……」


 まあ話したくてウズウズしてるくらいだし、次の休み時間になればまた勝手に話し出すだろう。


 そう思いながらやってきた次の休み時間。


 相変わらずいつも以上に騒がしいクラス。


 案の定篠宮がさっきの続きを話し始めた時にそれは起こった。


 初めはクラスの誰かが入口を見たのがはじまりだったのか、その瞬間を見ていないからわからない。


 ただ、ありのまま今のも状況を語れば、喧騒としていたクラスは一瞬にして静まり返り、殆どの視線がある一点に注がれていた。


 あまりの異様さに俺も思わず視線を向けた。


 それは教室の入口。一人の女子生徒へ向けられたものだった。


「み、みのりん……本物だ……」


 篠宮が信じられないと言った様子で声を漏らした。


 サラッとした艶のある髪。全体的に整った顔立ち。スラッとしているのに一本芯が通っているみたいに真っ直ぐな佇まい。身長はそこまで高く見えないが、それでも実寸より大きく見えるのはその姿勢からか。


 たぶん、いやほぼ確実にクラスがざわついていたのはこの人の話題だと直感が理解する。


 同じ制服を着ているのに、あの人が着ているだけで特別に見えてしまうオーラ。


 ただ穏やかに微笑んでいるだけなのに、クラス全部の視線を独り占めしている。


「…………」


 あれ? なんか今視線が合ったような。


 圧倒的なオーラを纏う彼女が一番近くにいた席の女子、我が愛しき天使美咲に何か問いかけた後、再度視線が合うと、彼女は優しく笑いかけてこっちへ足を進めてくる。


 あれ、こっち来んの? なんで?


「ざ、ざっきー⁉︎ みのりんがこっち来るよ⁉︎」


 愛しのみのりんが近づいてくるにつれて、篠宮はアタフタと視線があっちこっちに飛び交ってる。


 よほど落ち着かないのか、手を気持ち悪くウネウネ動かしている。


 篠宮が熱心なファンだと気づいてるのか? いやまさか。


 ゆっくりと、しかし堂々と、クラスの視線を集めながらみのりんは俺の席にやってきた。


 クラス中の視線を浴びている。


 女子も男子も、なんで神崎? と思っているのが顔に出ている。


 ちなみに俺もそう思ってるから! アイドルと知り合いになった覚えはねぇから!?


 遠くの美咲だけは心配そうな表情をしていた。大丈夫、俺はとって食われたりしないよ。たぶんね。


 座りながら見上げたみのりんのお顔は、遠くで見た時よりもどえらい可愛さだった。


「こんにちは」


 まじまじとみのりんの顔を見つめていると、非の打ち所がない完璧な笑顔をお見舞いされた。


 あぶねぇ。美咲がいなかったら好きになりそうなくらい完璧だったぞ。


 どんな笑顔をすれば男が喜ぶか把握しているような、悪く言えばプロの笑顔だ。


 それだけでこの人が一流のアイドルであることの裏付けになる。いや、だった、が正しいか。


「こんにちは!」


 焦る感情を奥にしまい、努めて冷静に返事をする。挨拶に挨拶を返すのは自然の摂理。あとポーカーフェイス練習中なんでね。表情には出さない。


 篠宮はオロオロと俺とみのりんを見比べている。


 さて、これでみのりんは俺目的でここまで来たことが確定したわけだが、はたしてその目的とはいかに。


「…………」


 挨拶だけを交わして、みのりんは黙って俺を見つめている。


「むむ、もしかして私のこと覚えてない?」


 痺れを切らしたのか、みのりんはそう言って不満気な顔をする。


「え⁉︎ ざっきーみのりんと知り合いだったの⁉︎」


 驚きの声を上げたのは篠宮だったが、クラスの連中も一様に驚きを隠せていない。


「いや、今日初めて会ったんだけど……」


 しかし、一番困惑しているのは俺だ。


 まさかまさかの覚えてないの宣言。その言葉に俺の背筋には冷たい汗が滲む。


 俺は中学3年の途中までの記憶がない。そこにきての、私のこと覚えてない? だ。


 基本的に前の俺が書いていた日記、自称黒歴史ノートの中身は、俺が俺を演じる上で必要な情報だからと一通り頭に叩き込んでいる。しかし、どれだけ記憶を辿ろうにも、この人の情報が一切出てこない。


 そうなると、考えられる選択肢は一つ。それよりも昔に会っている可能性だ。


 もし随分昔に、それこそ彼女がアイドルになる前に会っていたのであれば、この有名人と接点を持っていてもおかしくはない。


 その場合、俺はどう答えるべきか。


 実は俺昔の記憶が無くて……は、まず回避したい。記憶喪失のことを知っているのは美咲だけ。篠宮たちにもいつかは打ち明けようと思っているが、こと全員に注目されている状態で言うようなことではない。


 まあ言ったところでつまらない冗談と思われる可能性の方が高そうだけど。


 次に知っているフリをするパターン。これもうまくいけば誤魔化せるが、問題は昔のエピソードを話された時にまったくついて行けないということだ。


 この選択も難しい。ならどうするか?


「…………」


 答えは沈黙。


 神妙な顔をして考える素振りを見せ、相手から情報を引き出す作戦だ。


 ボロを出さずに乗り切るにはこれしかない。


「うーん、これは覚えてなさそうだなぁ……まあ無理もないかぁ」


 みのりんは思案する様に顎に手を当てた。


 この声、どっかで聞いたことがあるような……ん?


 自分で考えたことに違和感を覚えた。


 聞いたことがある? その感覚があると言うとこは、記憶の片隅でその音を覚えていることにならないか。


 記憶が全て抜け落ちてるなら聞いたことがあるなんて感覚はまず起こり得ないはずだ。


 つまり、記憶を無くしてから出会ったことがあるってことか?


 そう考えても、何にもピンとこなかった。


「もしかしたらって、ちょっと期待してたんだけどなぁ」


 そう言ってみのりんはポケットから瓶の蓋の様なダサい眼鏡を取り出して装着した。


「は……まさか⁉︎」


 その姿を見て、俺はある一つの可能性に至った。


「また会ったね、やっくん!」

「「「「「「やっくん⁉︎」」」」」」


 再会を喜ぶピースサインを俺に向けるみのりん。


 反対にクラスの男子からは驚きと殺意の篭った目を向けられる。


「え……みぃさん!?」

「正解!」

「「「「「「みぃさん⁉︎」」」」」」


 しまった。咄嗟に出た言葉を隠す様に口元を覆ったが、そんなものは無駄だった。

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