第67話 天使の旅路⑧(美咲 side)

「お願いがあるの」

「わかった」


 私がお願いの内容を言う前に、幼馴染の藤原君は二つ返事で了承してくれた。小さい時から遊ぶ間柄だったのに、中学校ではあまり話さなくなっていた。このクラスに来てから同じ高校だと気づいたほどだ。


 そんな藤原君に思い切って声をかけてみた。クラスでこんなことを頼れそうなのは彼しかいないと思ったから。


 他でもない相原のお願いだから、俺に出来ることなら何でもしよう。とのこと。頼りになる反面、しばらく話していなかったからか昔の藤原君ってこんな雰囲気だったかなと思ったりした。


 八尋君のあれやこれやを知りたい。とお願いしたら早速藤原君は行動に移してくれたけど、少しやり方が強引すぎると思った。八尋君もうんざりしてそうな顔をしていたし。でも、昼休みが終わる頃には仲良く二人で話しながら戻ってきた。何があったんだろう。


 八尋君の周りには、ある時から佐伯君と結菜ちゃんも加わるようになっていた。近くの席だから普通に話してはいた。だけど佐伯君と結菜ちゃんの八尋君を見る目が変わったように思った。


 ただのクラスメートに向けるものではなく、言うなれば仲の良い友達と話すような雰囲気に変化しているような気がした。八尋君の雰囲気はいつも通りだから、彼が変わったわけではなく、周りが変わったんだ。


 私の知らない間に何があったんだろうか。藤原君に聞いてもそれはわからなかった。どうして私はその輪の中にいないんだろうか。近頃の私は昼休みに仲良く学食へ向かう八尋君たちに羨望の眼差しを向けるようになっていた。


 結菜ちゃんにどうして佐伯君と八尋君は何かあったのかと聞いてみたら、結菜ちゃんは興奮気味に語ってくれた。どうやら困り果てていた佐伯君を八尋君が救ったらしい。


 記憶を失っていても、八尋君の本質的なところは変わっていないと思えて、私も嬉しくなった。


 ある日。家に帰ろうとしていたら、泣いている女の子の横でオロオロしている八尋君を見つけた。


 なんとなくだけど、きっと困っている人を見過ごせなかったんじゃないかと思った。見る人が見れば警察に通報してしまう状況かもしれないけど、私にはそうじゃない確信がある。彼はそんな人ではない。私の記憶がそう言っている。


「神崎君?」

「⁉︎」


 近づいて話しかければ、八尋君は肩をビクッと震わせておそるおそる振り向いた。


「あ、相原⁉︎」

「うん、相原です」


 目が泳いでいる。この状況を見られたことに対して動揺しているのかな。私は八尋君の人となりを知っているつもりだけど、彼からしたら私がそう思っているかはわからないから。


「神崎君はここで何してるの?」

「違うんです通報だけはしないでください!」


 念のため何をしていたか確認したら、八尋君は目にも止まらぬ速さで土下座をした。


 必死に弁解をしているが、そうじゃないことは理解していることを説明すると、安堵してくれたようだ。


 女の子は八尋君が道を歩いていたら一人で泣いていたそうだ。周りに人がいない中で放置するのもあれなので話しかけている最中に私と遭遇したとのこと。


 私も手伝うことにした。一人より二人の方が問題解決も早くなるかもしれない。それに、八尋君と一緒にいられる。


 しかし、八尋君はこの後バイトだったはずだ。遅刻するのは心証がよくないだろう。だから私が一人でやろうかと言うと、彼はそれを頑なに拒否した。八尋君から頭を突っ込んだ問題を、私一人でやらせるのは道理が通らないらしい。


 ならば私もできることをしよう。電話をすると言って私は彼から距離を取った。適当な理由をつけてお父さんに電話をしたかったから。


 距離を取ったのも、八尋君のバイト先が私のお父さんがやっているお店とまだ知られたくなかったのと、お父さんに彼のことを説明するのを聞かれたくなかったからだ。


「もしもし、お父さん?」


 店に電話してお父さんに事情を説明した。八尋君がなんて言うかはわからないけど、そういうことだからよろしくと言えば、お父さんはやっぱり僕は人を見る目があると思うなと言っていた。その通りだと思う。


 その後八尋君もお父さんに電話していたけど、どんな理由にしたかは聞こえなかった。


 女の子の名前はゆいかちゃんと言う。自己紹介をする際、これ幸いと八尋君の名前を呼んでみた。小さい女の子に紹介する時は名前で呼んでも違和感はないよね。いつか本人にも直接呼びたい名前を、私は第三者に紹介という体で声に出した。


 話を聞けば、ゆいかちゃんはどうやらお姉さんと逸れてしまったらしい。その場所が公園とのことで、私たちは目的に向かった。


 八尋君はしきりにゆいかちゃんに嫌われていると言ってるけど、私はそうは思っていなかった。小さい子は好きな人にほど冷たく当たってしまったりするもの。


 私からすれば、ゆいかちゃんは八尋君と話す時は楽しそうにしているように見えた。八尋君はそう思ってないみたいだけど。


 公園に着けば、ゆいかちゃんのお姉さんは結菜ちゃんのことだった。思うより世間は狭かった。


 八尋君はその二人の姿を満足そうに見つめていた。


 やはり、記憶を失っても本質的な優しさは変わってないんだと、また心が温かくなった。記憶が無くなっても、八尋君は八尋君だった。


 また、一からちゃんと仲良くなりたい。改めてそう思った。


 そうしてゆっくり距離を詰めて行こうと思っていたけれど、そんな私の心を揺さぶる光景が目に入る。結菜ちゃんだ。八尋君に見せたあの表情、トキメキそうになったと本人は言っているが、はたして本当にそうなのだろうか。


 藤原君からの報告で、八尋君に今好きな人がいないことは知っていた。少し複雑だけど。


 でも、だからって悠長なことは言ってられないかもしれない。私の中に一抹の不安が芽吹き、少し積極的に行動しようと決意した。


 その夜、意を決してバイト後の店内に顔を出してみた。水を渡した時の八尋君の驚いた顔は面白かった。サプライズ大成功。本当はもう少し仲良くなってからしようと思っていたんだよ。


 そこから八尋君のバイトの後に二人で話すことが日課になり、それは二人の秘密になった。二人だけの秘密の共有。二人で話す時の八尋君の顔は、私だけが知っている。自然と笑顔が増えていった。


 慌ただしく時間が流れていく頃。いつも通り八尋君とバイト後に話していると今度のゴールデンウィークに遊びにいく話をされた。


 佐伯君に結菜ちゃん、藤原君も行くらしい。昼ご飯を一緒に食べているときに、遊びに行く話がでたみたいだ。


 遊びに行く。なんて羨ましい。


 べつに私は八尋君の何者でもないんだけど、結菜ちゃんとは遊んで私と遊ばないのはいかがなものか。かと言って八尋君に私も行きたい! と言うのが恥ずかしかったりで、何とか向こうから誘ってもらえないかとそれとなく行きたいオーラを滲ませた。


 八尋君から遊びに誘われたい私の小さなプライド。だけど八尋君はちゃんと私の意を汲み取って誘ってくれた。


 半ば強引について行くことになったけれど、みんな快く受け入れてくれた。


 みんなで楽しく遊んだカートゲーム。昔よくやっていたことが功を奏したのか私は優勝してビリの八尋君に何でもお願いできる権利を手に入れた。何に使おうかな。


 ボーリングで八尋君と同じチームになった。相手は強大な部活動チーム。私達はなす術なく負けてしまい、二人で罰ゲームのジュースを買いに行く。


 そこで八尋君の友達に出会った。正確には、記憶を失う前の八尋君の友達だ。今の八尋君はきっと知らない。だけど、彼は全てを知っているかのように振る舞っていた。


 もしかして記憶が戻っている? なんて考えたけど、それなら私のことを思い出していないのはおかしいと気付いてそれを否定した。


 八尋君の友達、新堂君は特に疑問に思う様子は無く、普通に昔の八尋君だと思って話していたようだ。追い払う様に新堂君を遠ざけた後、八尋君は凄い汗を掻いていた。


 大丈夫なわけがない。だけど大丈夫と言う八尋君に、私はこれ以上なにも踏み込めなかった。きっと無くした記憶と関係していることなんだと思う。病院で七海さんと話した時のことを思い出した。


 だけど、私が八尋君の記憶喪失について知っていることを八尋君は知らない。だから私は踏み込めない。知らないフリをして、彼を心配することしかできない。


 この日から八尋君の様子がおかしくなっていった。みんなといる時は普通の八尋君だけど、一人の時にはふと思い詰めた顔をするようになった。


 相談に乗ろうと声をかけても、笑ってはぐらかされてしまう。そうなると私は何もできない。


 きっと杉浦さんもそんな八尋君の様子に気がついたんだろう。晩御飯を一緒に食べに行こうと声をかけていた。最近は私と話すから遠慮していたフシがあったけれど、それでも声をかけた意味を汲み取って快く送り出した。


 それで八尋君が少しでも元気になるなら。私は無力だった。


 それでも、私にだってできることはあるはずだ。八尋君は一人暮らしで食生活はお世辞にも良いとは言えないなら……。


 うん。とっかかりとしては悪くない。私は早速行動に移した。

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