第130話 向き合う決意
テスト期間はあっという間に過ぎた。
「赤点回避だあああああああ!」
俺の家で篠宮が雄たけびを上げた。隣に人が居たら壁ドンされても文句は言えないくらいの声量。つまりうるさい。
全部のテストが返却され、あとは夏休みまでの消化試合を過ごすだけの時期。授業も無くなり、今日は午前中で学校が終わった。だから今日は夏休みにみんなでどこに行くかの作戦会議をしようと再び俺の家に集合。
べつに俺の家でやる必要なくね? って思ってるけど、水を差してもあれなので何も言わない。
一度みんなを呼んでから、やっぱり打ち合わせスペースみたいな感じで俺の家が使われている気がする。な? だから絶対これ以上他のやつらに知られるわけにはいかないんだよ。こいつらが身をもって証明してくれたわけ。
「赤点回避で喜べるなんて幸せだな。目標は高く持った方がいいんじゃねぇか?」
「ふん……効率的と言ってくれないかな? 赤点を回避したらあとはもう些細な差でしかないよ」
「そう……ですね」
いやぁ……それはどうでしょうかねぇ。点数高い方が将来なにかと有利になると思うぞ?
たしかに赤点とそれ以外で雲泥の差があるのはわかるよ。でもなぁ……まあいいか。こんなことで言い争っても仕方ねぇな。さっさと本題に入らないとな。
何人かは篠宮へ物申したそうにしていた。わかる、わかるぞ委員長。
「そんなことより夏休みだよ! みんなでプールに行くんだ! 花火をするんだ!」
篠宮はウキウキしながら体を揺らす。
「プールかぁ……水着新調しないとなぁ」
「まゆちゃん去年も買ってなかったっけ?」
「その……ちょっとサイズが合わなくなって……」
恥ずかしそうに言うその言葉。それにより女子2名の目が死んだ。どうした?
「へぇ……委員長はまだまだ成長期なんだねぇ」
「結奈?」
「いいなぁ……私も言ってみたいなぁ……そんなセリフ」
「みっちゃん?」
「ほほぉ……二人は意外と気にしていらっしゃるんですねぇ! 可愛いなぁ!」
実梨は楽しそうにしている。サイズが合わなくなったってことは太ったのか? さすがにそれを指摘したら実梨に殺されるよな。委員長のこと大好きだし、いくら俺でも殺されそう。そこが理解できるくらいには成長した。
しかし、言ってみたいなぁとはどういう意味だ? 太ってみたい? 違うよな。でもそう考えると太ったってことは違うのか。じゃあなんだろう。
俺は美咲と篠宮、二人と委員長の違いを探すように視線を行ったり来たりさせた。二人が羨む。つまり二人は持っていなくて委員長が持っているもの。視線を上から下に下げていくと、あるところで俺の視線が止まった。
あ……。
もうね、全部察した。完全に理解した。あぶねぇ……うっかりこの会話に交じってたら俺死んでたわ。これはデリケートな悩みだから俺にどうにかできるものじゃない。強いて言えば、美咲はどんな美咲でも大好きってこと。
「中村姉妹はさぞ水着映えするでしょうね!」
若干投げやりに篠宮が言う。
「二人もちゃんと水着映えすると思うけどなぁ。ねえまゆちゃん」
「そうね。二人とも可愛いから大丈夫だよ」
「これが勝者の余裕……ぐっ……」
どうした篠宮胸が痛いのか? 救急車呼ぶか?
「でもさぁ、せっかくまゆちゃんが新調するならみんなで買いに行こうよ!」
「いいね。それに、彼氏に可愛い水着を見せたそうな女の子もいるしね」
「へ?」
委員長はいたずらっぽく美咲を見る。
そんな美咲は俺をチラッと見た後に顔を赤く染めて俯いてしまった。
それが可愛くて、そしてたぶん委員長の言ってることが当たっている気がして、なんだか俺の胸の鼓動も早くなってしまった。
どうした……胸が熱い。俺も篠宮みたいに胸を押さえた。お前もこんな気持ちだったのか? 救急車呼ぶか。病状は彼女が可愛すぎる系心不全でお願いします。
水着をみんなで買いに行くのは篠宮的にもウェルカムらしく、恥ずかしがる美咲を巻き込んでいつ買いに行くかの話を始めた。
「なあ、俺たちも水着新調するか?」
蚊帳の外になった男連中に話を振る。
「水着か……男の場合は水着よりも自分の体の方に気を配った方がいいんじゃないかな?」
「自分の体?」
「割れた腹筋を見せつけたいってことだ八尋」
「そんなものか?」
「さあ? でも体がだらしなかったら彼女としては複雑なんじゃないの?」
「なん……だと?」
楽しそうにわいわいしている俺の彼女に目を向けながら、俺は自分のお腹の辺りを摘まんだ。大丈夫、全然摘まめなかったから余計なお肉はまだないみたい。割れてもないけど。
前に座る男共。佐伯は言わずもがないい肉体をしていた。体育祭の時に見たからわかる。てか……言い方キモ。胸焼けした。
ハカセはわからないけど、運動部だし、見た目はシュッとしてるからわがままボディではないだろう。
でもそうだよな。運動部二人に挟まれたら俺の体は見栄えが劣るな。
今から筋トレする? 間に合わねぇよな。
「美咲は俺がだらしなくてもきっと許してくれる」
俺は目の前の現実から目を逸らした。
いやだって今からやったってもう無理だって。来年の俺に期待して今年の俺は匙を投げるんですよ。頼んだぞ来年の俺。
「よかったね。優しい彼女で」
「まあな。優しすぎて俺がダメになりそうなくらい甘いからな」
「そうやって八尋を自分無しでは生きられなくする作戦かもしれないな」
「おいおい。美咲のことを邪推するなって。純粋に慈愛に満ちてるだけだ」
「神崎がそれでいいならいいんじゃないかな」
「なんか含みあるんだよなぁ。いいたいことがあるならはっきり言えよ」
「べつに。幸せそうでなによりだよ」
「そうだな。幸せなのはいいことだ」
「なんなんだよお前ら」
お前ら的には美咲がそんな邪な考えで俺と過ごしていると言いたいのか? それは美咲のことをわかってねぇよ。美咲は本当にただ優しいだけなんだから。甘い甘い。天使検定免許皆伝の俺にはまだ遠いな。
女子の話し合いも終わったところで、改めてプールへ行く日にちを決めようとしていた。
「いつがいいかな? お盆の前と後どっちにする? ざっきー的には早い方がいい?」
「なんで俺に訊くんだよ?」
「だって一人暮らしなら、夏休みの大半は実家で過ごすかと思ってさ」
「ああ……そうか」
「え? なんか曖昧な返事。まさか帰らないの?」
実家に帰る。その考えを完全に除外していた。去年は結局一度も帰らなかったな。俺が帰ると困りそうな人たちがいるし。だから父さんが逆に俺の様子を見に来たっけか。悪いことしたな。
「そうだな……まあ少しは帰るよ。お盆の時期に帰る予定組むから、プールに行くのはそれまでかその後だな」
「なるほど……じゃあ8月早々にしようか! そんで、また予定があえば別のことして遊ぼう!」
「賛成! みんなで遊ぶの楽しみだ!」
「さすがみのりん! いい反応だ!」
「「いえーい!」」
仲良くハイタッチ。
迫りくる夏への期待感を胸に、夏休みトークは一層の盛り上がりを見せた。
みんなが解散した後、最後に美咲を見送るためにアパートの下まで行く。
「八尋君……実家は、大丈夫なの?」
俺の事情を知っているからか、美咲が心配そうに言ってきた。人様の家庭の事情に踏み入っていいのか、そんな戸惑いも感じる。
「大丈夫かどうかはわからないな」
「でも帰るの?」
「ああ、そこを変えるつもりはない」
「そっか。いない間は寂しくなっちゃうな」
「そんときゃ毎日電話するよ」
嬉しそうに笑う美咲を見送って、俺は部屋に戻る。
そして携帯で忌まわしき悪魔を召喚する電話番号をタップした。
悪魔召喚の代償は俺の精神的苦痛。
「…………なに?」
数コールの後、悪魔は寝起きかと疑うくらい低い声で応答した。
出鼻を挫かれた。なんかもう切りたくなってきたわ。
でも、俺は決めたんだ。家族ともちゃんと向き合わないといけない。
逃げるのは、もうやめだ。
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