第34話 過去の訪れ②

「神崎!」


 デレっとした顔から般若のような面構えになった新堂が俺に向き直る。


「こんな可愛い彼女連れてるとかお前どういことだよ⁉︎」

「か、かのじょ⁉︎」


 なぜか相原が素っ頓狂な声を上げて狼狽えた。


 いやまあこんな可愛い女の子が、俺みたいなザ・普通ボーイの彼女とか言われたら驚くのも無理はないか。男と二人で遊びに行くことをデートとカウントしない時点で、恋愛に至るまでの敷居が遥かに高いことが伺える。どんなイケメンなら相原はデートとして出かけるのだろうか。


「新堂君には私たちはそう見えるの?」

「え、違うんですか?」


 なんでお前相原には丁寧語なんだよ。なら俺にも丁寧に接しろ。久しぶりご祝儀で今日くらい俺にも丁寧に接しろ。それは俺も当て嵌まるからやめよう。


「そっか、そういう風に見えるんだ」


 相原は表情を隠すように下を向いた。


 まずい。変なことを口走ったアホのせいで気分を害したのかもしれない。勘違いしてくれるならそれもありだなとか一瞬思ったけど、こうなった以上しっかりと関係を説明しておかなくてはなるまい。


「あのな新堂、俺と相原はただの友達でそれ以上でもそれ以下でもないの。勝手に恋人扱いしたら相原に悪いからやめろ」


「あ、そうなのか。悪い勝手に邪推して」


 少し真面目なトーンで言うと、新堂は申し訳なさそうに視線を落とした。


「それにこんな可愛い彼女がいたら俺はもっとお前にマウントを取ってる」

「たしかに、こんな可愛い子が彼女で自慢しない男はいないか」


 男子にとって彼女がいるかいないかはとても敏感な話題なのである。彼女がいない奴は、いる奴へ最大級の賛辞と嫉妬を送り、また彼女がいる者同士では惚気のマウント合戦が始まる。彼女一つで男子の友情にヒビが入ることだってあるデリケートな話題なんだと前にハカセが言ってた。ほんとかよ。


 でも相原が彼女だったら誰でも自慢したくなっちゃうよね。お前自身が凄いわけじゃなく、彼女が凄いだけだとわかっていても自慢したくなる。相原の魅力はそれだけ凄いということ。


「だろ? だから俺と相原は友達なのよ」

「ものすごい説得力だ。非の打ち所がない」


 新堂はうんうんと首を縦に振って同意を示す。


 理解いただけたようで何よりです。


「じゃあ俺と相原が友達だとわかったところで、今度はお前の友達は放っておいていいのか? 待ってるんじゃないのか?」

「そうだったな。神崎と会えた感動で忘れてたわ!」


 そこは忘れるなよ。友達が泣くぞ。お前じゃないから泣かないか。


「もっと話したいことはあるけど、今日はこのくらいにしておくか。神崎も今この辺に住んでんの?」


「ああ、ここからだと電車で何駅かのところに住んでるよ」

「なら、また今度しっかり話そうな」


 新堂は自分のポケットからスマホを取り出して、見たことのある画面を俺に差し出した。


「LINE、交換しようぜ」

「俺LINEやってないんだよね」

「交換を断る女子の常套句やめろ! 絶対やってるだろ!」


 見え透いた嘘は簡単に看破されたので、渋々スマホを取り出して友達を追加した。こいつ女子に断られた経験あるんだな。


 太一と書かれたアカウント。泣き虫新堂とは打って変わって笑顔の新堂の写真。その写真を見て違和感を覚える。待て、よく見たら女の子とのツーショットなんだがこれいかに。


「なあ新堂、このアイコンの隣にいる女の子は?」

「ん? ああそれ彼女」

「へぇ、そっか。実在してんの?」

「ちゃんと実在してるわ!」

「そうか、ならお前と話すことは金輪際ない。消えろ」

「ええ⁉︎ 急に冷たい⁉︎」

「ほら、さっさと行け!」


 持っていたペットボトルを近くに置いて、俺は力づくで新堂の背中を押してこの場から退場してもらう。ちょ、こいつ意外と重いな。


 なんで、なんでだよ神崎と断末魔を叫び続けていたが、答えは自分の胸に訊いて欲しい。さようなら新堂。もう会いたくないけど機会があったらまた会おう。


 新堂を押し除けた後、自分のスマホを眺める。家族とクラス以外で初めて追加された名前だった。ったく、幸せそうな顔しやがって。その幸せを守りたいならあまり俺に構うなよ。たぶん、俺はお前を困らせると思うから。


 相原のところに戻ると、彼女は真顔で俺を待っていた。なんか怖い。背中の辺りがヒンヤリしてる。


「あ、友達の神崎君。お帰り」

「えっと、ただいま?」


 なんで友達強調したの? もしかして友達という表現すらおこがましかったのか? 私と神崎君は知り合いでしかないよねって、そう言いたいんですか相原さん⁉︎


「あいーー」

「神崎君?」


 どうして不機嫌そうなの?と聞こうとしたころで、不意に立ちくらみのようなものが襲いかかる。俺はその場で体勢を崩すも、なんとか倒れずに踏み止まる。


 なんだこれ、急に疲労感が。体がダルい。


 しかしこんな情けない姿を相原に見せるなどあってはならない。疲労に抗うように、文字通り気力を振り絞って平静を装う。


「凄い汗!大丈夫⁉︎」

「大丈夫だって、ちょっとバランス崩しただけ」

「ここ何もないけど……」

「そんな時もある」


 体がヒンヤリしてたのも、こんなに汗をかいていたのが原因だったか。なるほど納得した。


「やっぱり全然大丈夫に見えないよ!」

「本当に大丈夫だから。なんでもないから」

「でも……」


 目の前であたふたする相原を手で静止する。


 俺の体のことは俺が一番知っているわけで、どうしてこうなったのかは理解している。あの男、新堂太一に出会ったからだ。でも、新堂は悪くない。


 新堂を追い払うように遠ざけたのも、こうなることがわかっていたから。もう限界が近かったから気付かれる前に離した。まあ相原にバレた時点で完璧とは行かなかったが。


 新生活が始まってからは一度も起こらなかった、いや起こらないように立ち回って来たつもりだった。県外に出ればある程度のリスクは回避できると思ったけど、まさか新堂という伏兵がいるとはな。今日は楽しいことばかりだからその反動かな。


 そうこうしているうちに落ち着いてきた。


 もう体からダルさは抜けていつも通りの体調が戻ってきている。


「さてと、戻るか」


 空き机に置いていた飲み物を手に取って相原に笑いかける。


「神崎君、さっきのは……」

「あ、やべ」


 手に持つコーラが滑り落ち、地面で豪快にバウンドを決めた。見なかったことにして掬い上げ、相原に笑いかける。


「いやぁ、これ秘密な」


 俺は何も知らない。コーラが勝手に滑り落ちて楽しく遊んでしまっただけ。蓋を開けた瞬間にちょっとはしゃいじまうかもしれないけど、それもまたご愛嬌。こうなるリスクを考えないで炭酸を頼んだ方が悪い。


「さ、行こうぜ相原」

「…………うん」


 どこか不安そうに見つめる相原に背を向け、俺はレーンに戻った。


 大当たりのコーラは見事にハカセが引き当てた。それをみんなで笑い合う中、俺はふと先程のことを考える。


 新堂太一。俺の中学時代の友達。曰く親友。


 彼の目に映る俺は、いったいどんな俺なのか。その答えは彼にしかわからない。


 俺はまだ、一人彷徨っている。

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