第84話 嵐の渦中と過ぎたあと
みぃさんからとても熱いまゆたんラブラブ講義を受けていると、不意に部屋の照明が全て落とされた。ちなみに愛は重かったけど鬼ではなかった。
何も見えない暗闇の空間。だけど部屋全体の熱気はむしろ高まっている。
「始まるね……」
そう言って視線をステージに向けたみぃさん。
小声で発した声も、少し高揚しているような気がした。
なんとも不思議な時間だ。
今この空間にはただの暗闇しかない。
さっきまでは場所取りをしたり、駄弁ってたりしてた人たちも、今は誰一人として口を開けずに、ただ目の前のステージに視線を送っているのがわかる。
一番後ろだからこそ、この嵐の前の静けさと言わんばかりの状況がよく見える。
完全なる静寂。耳をすませば近くの人の呼吸音さえ聞こえてきそうだ。
俺も思わず息を飲む。まだ始まっていないのに、空気がヒリつき始めているからだ。
「みんな!いっくよおおおおお‼︎」
突如聞こえてきたのは、静寂を切り裂く様な一閃。
よく通った声がライブハウス全体に響き渡る。
「うおおおおおおおおおお‼︎」
その後に続いたのは野太い歓声。
瞬間。ステージを煌びやかな照明が照らし、そこにはキラキラした衣装に身を包んだ5人の少女が立っていた。
「ストリリ! 今日も嵐を巻き起こすよ!」
真ん中に立っている少女。赤い差し色の入った衣装を着ているのは確かリーダーのアヤだ。
ハカセの予習の成果が既に現れている。
嵐を巻き起こすと宣言した通り、会場のボルテージは最初から最高潮だった。
激しい踊りの中で歌われるアップテンポな歌。
そして、その速さの中でも完璧なタイミングで入る息の合った合いの手。
特に驚いたのはストリリのメンバーだ。
素人目に見てもダンスの動きが激しいと感じるのに、みんな絶対に笑顔を崩さないし、歌もしっかり歌っている。
いったいどれだけ練習したらこんなに動けるようになるんだよ。
俺は会場の雰囲気にただただ圧倒されていた。
嵐を巻き起こす。その通りだ。そしてその中心は彼女たち。
ふと足元を見れば、自分でも気付かないうちに足でリズムを刻んでいた。
どうやら俺もいつのまにか嵐の中に巻き込まれてしまっていたらしい。
「みんな、今日も来てくれてありがとうね!」
何曲か終わった後、閑話休題といった感じでMCの時間になった。
「今日のトークテーマは、最近頑張ってること! と言うわけでまずはヒナから!」
「うわっ⁉︎ なんでいつも私なの⁉︎」
「ヒナをオチにすると変な空気になることがあるからでしょ。この前だって」
「あああああああ⁉︎ その話はもうやめようってみんなで約束したじゃんリサ‼︎ ねぇモモ⁉︎」
「うーん、ちょっと覚えてないですね……」
「ええええええ⁉︎ ねぇマユ⁉︎ マユなら覚えているよね⁉︎」
「さぁ、どうだったかなぁ……」
「みんなして私をいじめる気⁉︎」
「ちょっと全然話が進まないでしょうが‼︎」
演奏中とは違い、和やかな雰囲気で進行していくMC。
前情報通り、ヒナという子がいじられる形で進行することが多いらしい。
それも仲の良さと故なのか、いじられている彼女も嫌そうな雰囲気は出していないように見える。
まあ普通嫌でもここでは出さないよな、ってのは考えすぎか。
今の彼女たちを見ているとそんなことを考えた俺が馬鹿みたいに見えてくる。
てか俺なんか知ってる風になってるんだけど⁉︎ スパルタ教育すごいなおい⁉︎
あれとんでもない効果あんじゃん……。
「どう、初めてのライブは?」
漫才の様なMCが進行していく最中、みぃさんが話しかけてきた。
「そうだな……正直舐めてた」
俺は思ったことをそのまま口にした。
「そうなんだ?」
「本音を言えば、俺はアイドルとかあんまり興味はなかったからさ」
今日だってハカセに呼ばれたから来ただけだし、それがたまたまアイドルのライブだっただけ。
「でも演者がいて、それを盛り上げるファンがいて、そうした人たちが集まったことで生まれる一体感って言えばいいのか? それは凄くいいと思ったし、それを求めて足を運ぶ人がいることにも納得した」
今ここでしか伝わってこない熱が、感情がここにはある。
「ライブっていうのは、みんなで作るものなんだな」
それが今日わかったこと。
たぶんこの空気はアイドルだけでは作れない。ファンが棒立ちだったらさっきみたいな一体感は生まれないだろう。
盛り上げる方がいて、それに呼応して盛り上げるファンがいる。
アイドルとファン。相互に盛り上げよう、楽しもうという意志を持って初めていいライブってできるんだと思う。
「……初見でそこまで気がつくとは、やっくんも中々素質があるね。さすがはひーくんが連れてきた逸材」
「なんだろう、絶妙に嬉しくない」
なんでだろうなぁ。
「ライブっていいよね。楽しいって気持ちがこう溢れてくる感じがさ、凄くいい」
みぃさんは目の前の光景に憧れる様に、そっと漏らした。
「確かに、初めて来たけど俺もその気持ちはわかるな」
俺はこのライブしか知らないけど、みぃさんの言っていることはわかる。
ストリリのライブは、「楽しい!」っていう感情が見る人の心に直接流れ込んでくる様に感じる。
気づけば一緒に楽しんでいる。さっき自然と足でリズムを取っていたように。
それはたぶん、演じている彼女たちが心からライブを楽しんでいるからだろうな。
「やっくんに私の気持ちはわからないよ」
唐突に真面目なトーンでバッサリと切り捨てられる俺。
急な落差がえぐい。上げて落とすなよ。俺たち初めましてだぞ⁉︎
「たしかに気持ちは本人にしかわからないから、そう言われると困るな」
ただ、みぃさんの言うように、人の気持ちをわかった風になっていたのは事実。
ライブの熱にでも当てられたか。
「冗談だよやっくん。そんなに真面目な反応されると私が困っちゃう」
「ならマジトーンで言うなよ」
「女の嘘は見抜ける様にならないとダメだぞ?」
「そりゃ難しそうだ。それよりも」
実は、さっきから気になっていたことがある。
「今日やたらまゆたんと視線が合うんだけど、いつもそんな感じだったりする?」
遠くから観察していると、ストリリのメンバーはライブ中に色々と目配せをしている。
前であったり奥であったり、おそらくファンと目を合わせようとしているんだろう。
俺も何人かと目が合って笑いかけられた。たしかにあれはいいものだ。
大天使美咲がいなければ、もしかしたら俺も虜になっていたかもな。
当然、まゆたんとも目が合ったんだけど、一度ならず二度、三度とやたらまゆたんとは視線が合う、ような気がする。
勘違いかもしれないけど。いや、自意識過剰だったかもしれない。
「やっぱ忘れてくれ。なんか自意識過剰で気持ち悪い奴みたいになる」
変な奴認定される前に取り消した。
「私も結構目が合うよ。まゆたんは頑張り屋さんだからね。みんなとのアイコンタクトもできるだけやろうとしているんだね!」
「なるほど……」
確かにハカセもまゆたんの好きなところは頑張り屋さんなところと言っていたな。
全力で取り組んでいる姿が輝いているとかなんとか。
「そう、つまりまゆたんはね――」
「えぇ……」
その後、ストリリのMCが続く間、俺はみぃさんからまゆたんのここが好き講座おかわり編を受け続けた。
なんか、すっげぇデジャヴ。ちょっと前も同じ様な話を聞いた気がする。いや、聞いた。
でもまさかあの流れからまゆたんトークに繋がるとは思わねぇじゃん? まゆたんオタクの力技すげぇよ。あいつ然り。類はめっちゃ友呼んでんじゃん。
MCが終わり、残りの曲はノンストップで駆け抜けていく。
さっき気になってしまったからか、俺は自然とまゆたんを追っていた。
ライブの後半、さすがに疲れてきたのか、ときたま動きが乱れる瞬間が出てくる。
激しく踊っているんだから、仕方がないことだと思う。
だけどまゆたんの動きのキレだけは一切衰えない。疲れているはずなのに、それを感じさせない動き。
頑張り屋さん。そのイメージを裏付ける様なステージだった。
でもなんかなぁ。頑張り屋さんなのはいいけど、ちょっと笑顔がぎこちなくなってるよなぁ。鬼気迫っている何かを感じる。めっちゃ頑張ってる感が伝わってくる。
プロだから頑張りすぎなんてことはないか。俺なら手を抜いてしまいそうなところを頑張っているだけかもな。さすがプロ。
そうしてストリリのライブは大熱狂の末に幕を閉じた。
アンコールの手拍子は、俺も自然としていた。
「最高だったな八尋‼︎ 今なら逆立ちで帰宅できそうな気分だ‼︎」
「お前どうしたそのテンション? やれるもんならやってみろよ?」
「任せろ‼︎」
「いや馬鹿やめろお前‼︎ 本気にするなよ公衆の面前だぞ⁉︎」
ハカセは本気で逆立ちしようと慌てて止めた。
「大丈夫だ八尋‼︎ ストリリファンなら理解してくれる‼︎」
「ストリリファン以外は理解しねぇからやめろって言ってんだよ‼︎」
世間から見たらストリリファンの絶対数はきっとそんなに多くないんだからな。
たまたま今日ここには多くいるだけだからな。一歩道路を超えたらお前は変質者になるぞ。
いや、そもそもこいつは元から変質者みたいなところがあるから問題ないのでは?
しかし、何かあった時こいつの面倒を見させられる警察の人に申し訳なさすぎるから、やっぱりやめさせたほうがいいな。
「であれば今日から理解してもらおう‼︎ 新しい布教活動だ‼︎」
「悪いことは言わねぇ……絶対逆効果だからやめろ」
急に逆立ちの男が街中に現れて、ストリリのファンですと布教活動でもしてみろ。あいつマジやべぇ……からストリリのファンやべぇになって最終的にはストリリやべぇまであるぞ。
一人の熱心なファンが全てを壊すところを俺は見たくないしさせたくもない。それが友達なら尚更。
なんとかハカセを宥め続けること数分。ようやくハカセが落ち着いた。おそろしきライブ後のテンション。
「すまない。ライブが終わるとどうにも気分が高揚しておかしくなる」
「普段からおかしいからそこはあまり気にしなくていいぞ」
「そうか? まあいい。この後ストリリのファンで打ち上げに行くが、八尋はどうする?」
「打ち上げね……」
ハカセがチラッと目配せした方には、ライブ前に集まっていた面々が揃っていた。
みぃさんと目が合うと、ニコッとしならがヒラヒラと手を振ってくれた。
「いや、今日はやめとくよ」
ちょっと考えた後、俺はハカセの提案を断った。
「根っからのファンで盛り上がってこいよ。俺はだいぶ疲れた」
主に頭のネジが外れた奴を宥めていたから。
言ってしまえばライブの前の鬼教育から。
「わかった。ではまた学校で会おう」
下手に食い下がらず、ハカセはあっさりと身を引いた。
「ああ、またな」
別れ際、みぃさんが俺のところに来た。
「やっくん来ないの?」
少し残念そうな顔をしている。
「ああ。今日はこれで帰る。もう疲れた」
「そっかぁ。やっくんにもっとまゆたんの魅力を伝えたかったのになぁ」
それも怖かったからだよ。
話す方はいいけど、聞く方は結構温度差あるからね? あと知ってる? あなた同じ話を3回はしてたよ? 覚えてないでしょ? 俺は覚えてんだよ……。
「もうライブで充分伝わったよ」
「いやいや、まゆたんの魅力は1日で理解できるものにあらず!」
「さいですか」
「だから、またね!」
そう言ってみぃさんは軽やか走って行った。
「またね、か」
その姿が見えなくなった後、俺は別れの言葉の意味を少し考えていた。
「またライブに来いってことか」
正直、別れの挨拶に意味なんてないのかもしれないけど、そんなくだらないことを考えながら俺は帰路に着いた。
まあ、また来るのもやぶさかではない。そう思える日だったのは間違いない。
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