第78話 体育祭と踏み出す一歩⑥

「ごほっごほっ、さすがに叫びすぎた」


 無くした酸素を回収するために体が荒い呼吸を繰り返す。心臓の音も相変わらずうるさい。


 校庭はさっきよりも静まり返っている。


「はっ⁉︎」


 俺の大声での告白に呆気に取られていた実況が俺からマイクを回収して一言。


「すごい叫びでしたね! さてはて結果はいかに⁉︎」


 実況が、全生徒が固唾を飲んで様子を伺っているのがわかる。他のライバルたちも、動きを止めて俺たちの行く末を見守っている。


 みんなの天使、相原美咲がどんな反応を示すのか興味深々なようだ。


 かくいう俺もそうで、相原からの返事を黙って待つしかなくて、沈黙が場を支配する。


 1秒が1分にでも感じられる時間。その終わりは、相原が俺から後ずさって距離を取ることで動き始めた。1歩、2歩とゆっくり俺との間隔を空けていく相原。俯きながら移動しているから表情がわからない。


 なんだ、もしかして全員の前で返事したから怒ってるのか⁉︎


 正直に言えば、先に告白されている手前、断られるという選択肢を考えていなかった。しかし、これは俺の考えで、相原がこんな公衆の面前でふざけんなよとなれば振られたっておかしくない。


 舞い上がり過ぎてそんなことまで考えが及んでいなかったぞ俺⁉︎  やばいのでは⁉︎


「…………‼︎」


 相原はさらに距離を取ったかと思えば、急に顔を上げ、全速力で俺へと突き進み、そのままの勢いで俺に抱きついて来た。


 緊張で震えていた俺の足腰でそれを受け止められる甲斐性など当然なく、二人仲良く倒れ込んだ。


 綺麗な青い空。うっすらかかる雲。そして身体の上にのしかかる相原。俺の胸の上には、刺激が強すぎる柔らかい感触が……でもちょっと慎ましいかな。なんでもないです。


「あ、相原さん⁉︎  その⁉︎」


 当たったますよ色々と⁉︎


「……よろしくお願いします」


 顔には薄っすら涙を浮かべた相原が、小声でそっと囁くように言った。


「はあああ……」


 その言葉を聞いて、急に体の力が抜けた。たぶん大丈夫から、確信へ。安心して力が抜けた。


「結果はいかに⁉︎」


 実況が困り気味に俺を見る。相原に抱きつかれたまま動けないので、俺はグーサインだけして結果を知らせた。


「なんとなんと、大成功です‼︎」


 その瞬間、女子からは歓声が、男子からは悲鳴のような声が聞こえた。


「色々遠回りしてごめんな」

「もう大丈夫?」

「ああ、もう大丈夫だ」

「……うん」


 歓声と悲鳴が混ざり合う校庭で、俺は新たな一歩を踏み出す。この可愛い天使と一緒に。


 そうして俺は長い迷路を抜け出し、体育祭も順調に終わりを……迎えるはずもなかった。


「俺が一番上になるのか?」


 午後、全員参加の騎馬戦。予定では佐伯が上になるはずだったが、ここに来て佐伯が辞退して代わりに俺が上になることに。


「たぶん、それが一番勝てると思って」

「俺もそう思いまーす」


 佐伯に同調する井上。こいつに限らず、昼休みは男子からの質問攻めがまあえげつなかった。


 どんな弱みを握ればお前が相原と付き合えるのかとか、相原を惚れさせる黒魔術を使ったんだろとか、山に埋められそうになったりとか、散々だった。


 ひとしきり尋問され、やっと解放されてから佐伯とハカセが笑いながら慰めてくれた。ご祝儀みたいなものだから甘んじて受け入れろとは佐伯の談。


 相原は相原で女子にもみくちゃにされてたから結局あれから二人で話せていない。


 まあ二人で話す機会を作ろうと思えばいつでもできる。今は目の前のことに集中だ。


「では、八尋が上で相違ないな。行くぞ」


 ハカセの号令で、俺たちの布陣が決まった。


「作戦は?」

「俺たちは先陣を切って突っ込むぞ。先手必勝だ」


 一番前で騎馬を率いる佐伯が言う。好戦的な作戦だが嫌いではない。4つの陣営がぶつかり合う騎馬戦。本当は様子見するのが賢い選択だと思うけど、それじゃ面白くない。


「了解だ! 全力で行くぞ!」

「まあ、30秒くらいは生き残れよ〜」


 気の抜けた声の井上。


「いや、30秒くらいは行けるんじゃね?」

「お、神崎はこの騎馬戦の趣旨をわかってないな」

「趣旨?」


 騎馬戦の趣旨なんてチームで頑張って戦う以外あるのか?


「まあまあ井上、始まればわかるしいいんじゃないかな」

「そうだな。俺たちは怪我だけしないように気をつけるとしよう」


 佐伯もハカセも、何やら俺には知らない何かを知っている様子だ。


「神崎、俺たちはお前を戦地まで送り届けてやるから後は頑張れ」

「いやなんか怖いんだけど。戦地ってなんだよ」


 そうこうしているうちに、開戦を告げる大太鼓の音が鳴り響き、各騎馬一斉にスタートする。


 それぞれ4方向に分かれた各騎馬が続々と進軍を開始する。


 騎馬戦。頭のハチマキを奪い合う決戦。最終的に生き残りが多いチームが勝利となる。そうなると、様子見をするのが一番勝ちに近いはずなんだが。


「ん?」


 何かがおかしい。見れば敵の騎馬は周りで戦いを始めることなく、全ての騎馬が俺の方めがけて突撃してして来ている気がする。


「おい……なんか全部来てる気がするんだけど」

「敵チームはいいよな。公式で神崎をボコボコにできんだから」


 襲いくる敵を前に、井上が羨ましそうにぼやく。え、なんだって?


「おい井上今なんつった?」

「神崎は相原さんと付き合うことになったんだよな?」

「まあ、そうだな」


 少し照れくさそうに返した。


「ケッ……みんなの天使を奪っておいてそりゃただで終われるわけないだろうがよ!」

「奪うってお前……」

「うるせえ! とにかくお前は嫉妬に狂った男どもの相手をしろ!」

「嫉妬に狂った……」


 その言葉の意味はすぐに理解する。


「いたぞ! 神崎だ殺せ‼︎」

「楽に負けられると思うなよ神崎‼︎」

「…………殺す」

「俺も相原さん好きだったのにいいいいいいい‼︎」


 やべぇ……殺意の波動が強すぎるこいつら。


 もう目がやばいもん。血走ってるとかそんな言葉が生やさしいくらい赤く黒い炎で燃え上がっている。ひとえに、天使の彼氏を抹殺するために。


「佐伯‼︎ ここはまずい‼︎ 勇気ある撤退を‼︎」


 ここにいたら本気で殺される気がする。早いところこの戦線から離脱しなくては‼︎


「撤退? 神崎は何を言ってるんだ?」

「佐伯⁉︎」


 佐伯はまったく動く気配がない。まずい、もう敵が迫っている。


「実は神崎だけには知らされていない作戦があってね」


 佐伯は迫り来る敵を前にしても、落ち着いた様子で語る。


「神崎は囮なんだ。憎しみに狂った他チームの怨念を一人で受け止めて、そうして神崎という餌に食いついた奴らを俺たちのチームが後ろから倒す完璧な作戦だ」

「全然完璧じゃねぇよ⁉︎ 俺絶対死ぬじゃん⁉︎」


 一対全。しかも相手は憎しみに狂ってリミッターが外れたモンスターの群れ。対する俺たちの騎馬は、やる気のない男、逃げる気のないイケメン、さっきから黙っている眼鏡と頼りない面々。


 もはや、諦める他に道はなかった。


「さっき言ったろ神崎。ご祝儀だと思って全部受け止めないとね」

「佐伯いいいいいいいい‼︎」

「死ねえ神崎!」

「うおおおおおおおお‼︎ そう簡単に死ねるかボケ‼︎」


 まず特攻を仕掛けてきた騎馬の攻撃をかわす。騎馬が全く動く気配がないので、身一つで戦うしかない。いやもう戦いになんねぇだろこれ。


 一つ避けたところで、目の前には俺を殺さんとする勢いでくる無数の騎馬たち。どうなるかなんてわかりきったことだった。


「いいぜ……お前らの嫉妬の炎。全部受け止めてやるよ‼︎」


 相原と付き合うことになったのは事実。それに対して異議申し立てがあるなら全部買ってやるよ。俺は相原美咲の彼氏なんだからな‼︎


「かかってこいやああああああ‼︎」


 男には、負けると分かってやらなきゃいけない時があるらしい。でも、きっと今ではないことは確かだ。だってこれはもう俗に言う虐殺ですよ皆さん。


 戦った先でどうなるかは、火を見るよりも明らかだった。

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