第75話 体育祭と踏み出す一歩③

 そんな相原の可愛い姿が記憶に新しい頃、開会の言葉とともに体育祭が幕を開けた。


 全員がグラウンドに集まって、校長先生と生徒会長のありがたい説法を聞く。特に生徒会長が出てきた時は周りの女子たちの歓声が凄かった。生徒会長。全生徒の代表者はやはり人を惹きつけるカリスマ力が違うのだろうか。


 開会すれば早速競技が開始する。


 俺たち2年生の中で最初の種目は100メートル走。佐伯と篠宮がエントリーしていた。


 体育祭は8つあるクラスが4つのチームに分かれて得点を競い合う。勝ったから何が貰えるわけではないが、ただ淡々と競技を繰り返すよりは戦いの要素がある方が盛り上がるは世の常。人間、やるからには勝ちたい生き物なのだ。


 赤、青、黄、緑。大体2クラス毎で振り分けられる色。同じハチマキをしている奴らは仲間。と言ってもクラスのみんなは同じ色だから敵対することはない。この体育祭は新しいクラスの団結力を上げる意味合いも持っているらしい。前に委員長が言ってた。まじで何でも知ってるよな委員長。少し怖いわ。


 自分の席は用意されていても、別にそこに座っている必要はない。競技の邪魔にならない場所なら自由に動けるので、みんな各々自由なところで応援している。


 篠宮や佐伯の応援でもしてやろうかと思ったが、人混みに揉まれるのは少し嫌だったので群衆より離れた位置からこっそり応援する。


 相原は相変わらず女子のお友達に囲まれて身動きが取れなさそうだった。人気者の性と言うべきか、周りが自由行動を許してくれなさそうな雰囲気。その点俺は友達と呼べる奴らが少ないので比較的自由に動ける。


 まずは女子からのスタート。遠くに居てもスタートのピストルの乾いた音がよく響く。近くで聞いたら凄いうるさいやつだ。


 周りの応援や、実況が競技を盛り立てる。


 しばらくしていると、見知った人影がスタート位置でピョンピョン飛び跳ねてた。遠くからでもわかる存在感。篠宮という個体は案外認識しやすいのかもしれない。


「せーの」

「「「「「「結菜ちゃん頑張れ〜」」」」」」


 クラスの女子が声を揃えて声援を送ると、篠宮は手を振って返していた。愛されてるな篠宮。


 いよいよ篠宮の番。ピストルの音と共に彼女の初戦が始まる。


 結果は篠宮の圧勝だった。自分で走るのは得意と言うだけあって、他の追随を許さない圧倒的な勝利だった。


「どうよざっきー。私意外とやるでしょ?」


 競技が終わり、同じ100メートル走を走った女子達と労いの言葉を交わし、さらに応援してた女子連中とひとしきり談笑した後、篠宮は意気揚々と俺の元にやってきた。


「私最強!」


 笑顔でVサインをする篠宮。圧倒的な勝利だったので特に言うことはない。


 強いて言えば、走っている時の篠宮の真剣な顔付きに普段とのギャップを感じたことくらいだろうか。まあ言わねぇけど。


「さすが前世は猿の女。強さの次元が違うな」

「ねえそれ褒めてるんだよね⁉︎」

「当たり前だろ。篠宮ってマジですごかったんだなって衝撃受けたよ」

「そうでしょうそうでしょう。もっと褒めて褒めて!」


 篠宮は褒められたのが嬉しいのか、ふへへと気持ちの悪い声を発しながら、だらしなく表情を緩める。


 正直褒めているかは微妙なところだったが、篠宮が納得しているなら問題はないな。


「お、そろそろ佐伯の番だな」


 クラスから黄色い歓声が飛び交っているので、校庭に目を向ければ、次は我らがクラスのイケメン佐伯の出番だった。こんなに女子に声援をかけられる男をクラスで佐伯しか知らないから、前を見なくても周りの空気だけで誰が出るのかわかる。


 体育の時とかも時折黄色い声が聞こえるからな。お前ら自分の授業はいいのか? と思う。


「佐伯は大人気だね〜」

「篠宮もあれに混ざって声かけてくれば?」


 篠宮はあからさまに嫌そうな顔をする。


「いやぁ、ざっきーは私があの中で佐伯を応援してたらどう思う?」

「違和感すごすぎて笑う」

「でしょ? 応援はするけどここからが丁度いいよ」


 最前線で応援している女子の背中しか見えないけど、佐伯に対する愛が可視化して見えるくらいの熱意を感じる。親衛隊とかあったら入隊してそうな感じ。


 しかもよく見たらライバルのクラスの女子の中にも、自分達のチームそっちのけで佐伯を応援している人たちがいた。恐ろしいイケメン力。


 あれで中身がクズならこき下ろせるが、中身までイケメンなんだから手のつけようがない。でも最近ちょっと黒さ出てきたよな。


「お、あいつ手とか振ってるぞ」

「ほんとだ。ファンサービスじゃない?」

「アイドルかよ」

「まあ、あれは半分アイドルみたいなものじゃないかな?」

「否定できない」


 苦笑いしながらファンを見る篠宮に同調する。たしかにあの熱狂ぶりはもはやファンと言わずして何と言うのかレベルのものだ。


 現に佐伯が手を振るとその先にいる女子達が奇声を上げて喜んでいる。あれは佐伯なりの処世術ってことでいいのだろうか。


 しかし、佐伯は気づいているだろうか。一緒走る男共のヘイトを一身に引き受けていることを。


 こいつにだけは負けない。そんな雰囲気をヒシヒシと感じる。


 だけど佐伯はそんな雰囲気をものともせずにトップでゴールテープを切った。みんなの期待に応える男。イケメンがイケメンたる由縁。


 本気で悔しがる周りを他所に、佐伯はスマートに息を整えている。


「あいつは知らない内に敵を作るタイプだな」

「本人は全く悪くないのが可哀想なところだね」


 周りが勝手にチヤホヤし、周りが勝手に嫉妬する。佐伯は言わば台風の目。中心である佐伯は穏やかでも、周りが激流となって騒ぎ立てる。そう考えれば少し気の毒に思えてきた。


「ふっ、俺も負けていられないな」

「あ、ハカセじゃん。私の勇姿はちゃんと見てた?」

「無論だ。やるな篠宮」

「……ハカセに素直に褒められると背中がゾッとする」

「相変わらず失礼な奴だ」


 いつの間にか隣に来ていたハカセ。音もなく忍び寄るとか忍者かよ。


「ハカセはこの後パン食い競争か?」


 ああ、とハカセは力強く頷いた。そういえば競技決めじゃんけんの時にガッツポーズしてたもんな。よくわからないけどパン食い競争に並々ならぬ思い入れがあるようだ。


「気合い十分だな」

「当然だ。俺はパン食い競争と真剣に向き合うために今日の朝食を抜いた」

「え、そこまでする必要ある……?」


 篠宮が引き気味に言う。


「空腹であれば全てのパンが極上の獲物へと変わる。捉えたパンに全ての感謝を込めて食べるためにも、これは必要な措置だ」

「え、あ、うん。そうだね」


 そんな困った目で俺を見るな篠宮。俺も困る。


「まあやる気は十二分に伝わったから頑張れよ」

「俺の勇姿を見ていてくれ」


 こいつ、パン食い競争に行くんだよな? と疑いたくなるくらいハカセは死地に歩む戦士の如く覚悟を持った足取りで去って行った。なんか最後敬礼してたし。


 そんなハカセを俺と篠宮は呆然と見送った。

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