第109話 すれ違う二人
放課後。俺と美咲は病院の一室へやってきた。目的は当然。
「神崎……それにみっちゃん」
病室では委員長が困ったような顔で出迎えてくれた。
弱弱しく寝転がる姿。その腕には点滴が打たれている。
「はは……なさけない姿を見せちゃったね」
「ほんとにな。誰の心配も聞かずにぶっ倒れてちゃ世話ねぇだろ」
「八尋君! 今そんなこと言わなくても!」
「いいのみっちゃん。神崎の言う通りなんだから。それに私だってこんなところで寝てる場合じゃ……ないんだから」
「い、委員長!? ダメだよ動いちゃ!?」
無理やり起こそうとした委員長の体を美咲が抑える。
全然俺の言ったことわかってねぇじゃん委員長さんよ……。
「点滴でだいぶ良くなってきたから大丈夫だよ……」
「それのどこが大丈夫なの!?」
点滴で栄養を打たれているとは言え、委員長の顔にはまだ疲れが滲んでいる。
過労。帰りのHRで言われた委員長の症状だ。
なんで過労? とみんな疑問に思っていたが、先生から詳細を説明されることはなかった。知ってるのは俺と美咲くらいか。
だから先生に病院の場所だけ教えてもらった。篠宮たちも部活をサボって見舞いに来ようとしたけど、先生直々に部活サボリ禁止令が出たからそれは叶わなかった。部活がない時に行けとのこと。ぐぅの音もでない大人な意見だった。
だからこうして帰宅部の俺たちが来たってわけ。こういう時、帰宅部のフットワークは軽い。
「倒れた時よりは全然マシになってる。点滴ってすごいよね」
「でもまだダメだよ。安静にしてなきゃ」
「そうは言っても、今週はライブなのよ。こんなところで休んでいるわけにはいかないの」
「おいおい。まさか出るつもりじゃねぇだろうな?」
「……出るわよ」
俺の冷たい瞳を睨み返す委員長。
「私は……こんなところで休んでるわけには……」
「お前な……」
「まゆちゃん」
入口で声がした。見れば実梨が病室の入口に立っていた。
だけど、そこにいるのは俺の知っている実梨ではなかった。ふわっとした雰囲気など何もなく、感情のない瞳が委員長を捉えている。
ゆっくりと、実梨は俺たちのところまでやってきた。
「お姉ちゃん……」
ばつが悪そうに委員長は顔を逸らす。
「まゆちゃん。私言ったよね。ハードワークを続けてたらいつか倒れるよって」
そんな委員長のことは気にせず実梨は淡々と話しかける。
言葉に抑揚がない。いつもの実梨とは思えないほど冷淡な声。
周囲の温度が下がってそうな気になる。
「やっくんたちとの話し声が聞こえてきたよ。今週のライブ出ようとしてるんだって?」
「……そうよ。私は出る。そのために私はここまでやってきたんだから」
顔を逸らしたまま、委員長も負けじと反論する。
「ふーん。まゆちゃんはプロ失格だね。自分のコンディションすらわからず、周りに迷惑をかけることを何も気にしない、全部自分勝手な考えだ」
「そ……そんなこと……」
「ねぇ、まゆちゃんは今何のためにアイドルをやってるの?」
「なんのため?」
「そう。まゆちゃんがアイドルをやっている理由はなに?」
「理由……」
委員長はそこで口ごもってしまう。
「すぐ出てこないんだね。そっか……」
実梨は一度目を閉じる。そして、
「そんなんじゃこの先生き残れないよ。いっそアイドルなんか辞めたら?」
感情のない目、感情の籠ってない声でただ静かに告げるのだった。
委員長はたまらず実梨の方を向く。
「アイドルを……やめる……?」
「そう。アイドルの世界って、中途半端な人が生き残れるほど甘くないよ?」
「私が中途半端だっていいたいの? 私は必至で頑張ってる!」
「それで倒れてたら意味のない努力だよ。努力の方向性を間違えてる」
「なんで……」
「まゆちゃん、私の幻想を追いかけるのはもうやめなよ。もう私はいないんだから。そんなんだから全部中途半端なんだよ?」
「なんでお姉ちゃんが……そんな酷いこと言うのよ……」
委員長は今にも泣きだしそうな雰囲気だ。
だけど実梨は止まらない。
「今のまゆちゃんが見てられないからだよ。それに自分で気づいてないところが最悪。今のまゆちゃんは、アイドルとして大切なものを見失ってる。それだけ言いにきたんだ。着替えは明日持ってくるからゆっくり休んでね。それじゃ」
それだけ言って、実梨は病室を去って行った。去り際に一瞬目が合ったような。横目だから正確にはわからない。
「なんで……なんでよ……」
委員長はポタポタと涙を溢していた。
美咲はそんな委員長の肩を優しく抱いて、背中をさする。
「八尋君は実梨ちゃんの方をお願い。こっちは私が見てるから」
「わかった。あっちも放っておけねぇよな」
「うん。そういうこと」
俺も足早に病室を出た。つっても、実梨どこにいんだよ。
それにあいつ、言いたいことだけ言って帰るとかやりたい放題過ぎんだろ。残されるこっちの空気も考えろよな。去って行った瞬間の空気とかマジ最悪だからな。
でも、あれは実梨の本心なのか? ライブ会場で見た実梨はどう考えても委員長大好きっ子そのものだったろ。ハカセとどっちがまゆたん愛してるか競い合ってたくらいだし。
なんか、最近の実梨は色々と引っかかるんだよなぁ。
そんなことを考えながらたどり着いた病院の入口。そこに彼女は立っていた。
「やあやっくん。来ると思ってたよ」
「実梨……お前何がしたいんだよ?」
「その話をするつもりで追いかけて来たんでしょ?」
さっきとはガラッと雰囲気が変わり、いつもの実梨がそこにいる。
そして実梨はいつも通りの笑顔で言う。
「ちょっと、私の話に付き合ってよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます