第154話 しよっか?
「同じこと?」
「八尋君の家族を壊したのは私のせいだ! って思ってたの」
「は? 美咲は関係ないだろ? 俺たち家族の問題に美咲が責任を感じるようなことはないだろ」
「本当にそう思う?」
「当たり前だろ。美咲は何も悪くねぇよ」
「でもさ、八尋君の記憶が無くなったのは、八尋君が命がけで私を助けてくれたからだよね? じゃあこう思ったりしない? もし私を助けなければ何も変わらなかったんじゃないか――」
「馬鹿なことを言うな!」
声が荒くなったのは、言葉の通り美咲が馬鹿なことを言ったから。
「お前を助けたのはあの時の俺の意志だ。例え記憶がなくたって、同じ状況になれば俺もあいつと同じことをする。お前が責任を感じる必要なんてない。それは間違ってる!」
「……やっぱり家族なんだね」
美咲は俺の怒気の籠った声にも臆せず、柔らかい表情を崩さない。
「昨日の夜、お母さんに全く同じことを言われたよ。私は悪くないって」
「当たり前だろ……え、昨日?」
「昨日八尋君に目の下が赤くなってるって指摘されたでしょ? あれはお母さんに慰められて泣いてしまった痕跡なのでした。えへへ……」
「そんなことが……」
落ち込んだ時、迷った時、美咲はいつも明るく笑って俺の手を引いてくれた。暗い世界に光りを差して、進むべき道を示してくれた。
全然知らなかった。美咲が俺のことで責任を感じていて、実は心の奥に後悔を抱えていたことを。
「これは私がずっと胸の内に秘めていた想い。かつて八尋君を悩ませていたのも、家族が歪になってしまったのも、全部私のせいだって思ってた。私があの時もう少し周りに気を付けていれば。なのに私は今こんなに幸せで、本当にいいのかなって。ずっと思ってた。八尋君には内緒だったけど」
可愛らしく舌を出して見せる美咲。
言葉とは裏腹に、彼女はその後悔を過去のものと認識しているように見える。
とても暗い感情を吐き出しているようには見えないから。
「でもね、昨日お母さんが言ってくれたの。私が悪いと思ってる人間は、この世で私だけだって言ってくれて、まあ他にも色々あったんだけど気づいたら胸が温かくなって泣いちゃった。お母さんの言葉がずっと胸に残っていて、だから私は今八尋君にこの話をしたの。八尋君も私と同じだと思うから」
「俺も同じ?」
「うん。八尋君が悪いと思ってる人間は、きっと八尋君だけだよ。お母さんも六花ちゃんも八尋君だけのせいじゃないってわかってる」
「それ……は……」
美咲は再び俺の頭を優しく撫でる。
「自分を責め過ぎないでって私が言うのも変な話なんだけど、私としてはもう少し肩の力を抜いて欲しいかなって。責任を感じることは大事だと思う。でも感じ過ぎたら八尋君の心を苦しめちゃう。それは嫌だな」
だから今こうして甘やかしてるんです。と美咲はあやすように俺を撫で続ける。
やらなきゃいけないと思っていた。いつかは向き合って、俺が解決しないといけないと思っていた。
その考え自体が気を張っていると美咲は言っているんだと思う。
「自分のことって、案外自分では見えてないんだな……」
誰かに言われて初めて理解できることがある。自分では思っていなくても、相手から見たら明らかにわかること。
つまり、俺は色々と焦っていたのかもしれない。やらなきゃ、やらなきゃ、その想いが先行して前がかりになっていたんだろう。六花にしても、何とか解決の糸口を見つけるぞと意気込んでいた。それを美咲に見透かされたんだ。
さすが俺より俺を理解している彼女。美咲の言葉は、俺の胸にすっと溶け込んでいく。
「そっか……また俺は一人で頑張ろうとしてたのか……」
「頑張ることは悪くないよ。でも一人で頑張る必要はどこにもない。八尋君の目の前には誰がいる?」
「可愛い可愛い天使がいる」
「それは……ちょっと照れるなぁ」
「可愛いなんて言われ慣れてるだろうし、今更恥ずかしがることないだろ?」
「わかってないなぁ。この前も言ったでしょ? 好きな人に言われる可愛いは特別なんだよ?」
照れくさそうに表情を崩す美咲を見て、俺の口元も緩くなる。
肩の荷が降りた。元から何も背負っていないつもりだったのに、そう感じたのは自分でも知らない内に何か抱えていたからだろう。
「二人いれば、足りないものを補いあえる。私に足りないものは八尋君が補って、八尋君に足りないものは私が補う。一緒にいるってさ、そういうことだよ」
美咲は最初から気づいていたんだろうか。夏休み前、実家へ帰ろうと決意した時から、俺がまた一人で頑張ろうとしていたことに。
一人で抱えるなと言われて、これから頼れるところは誰かを頼ろう思っていた。だけど、人は簡単に全部変われるわけじゃなく、同じ失敗をしてしまう時がある。それが今か。
足りないものは補い合えばいい。一人で突っ走ろうとする俺の手を美咲が握る。ちょっと待てと、大事なところで俺を支えてくれる。
「ありがとう美咲」
自然と感謝の言葉が口を吐く。
自然と美咲の手を握る。理性ではなく本能で美咲の手を握っていた。俺の手が、美咲の温もりを求めていた。
「この手がいつも、俺を引っ張ってくれる」
俺よりも小さい女の子の手。だけどそんな物理的な枠にとらわれない大きな手だ。
「俺は、美咲にどうやって恩を返せばいい? ずっと助けられてばっかりだ」
過去も今も、俺はずっと美咲に救われ続けている。いったいこの恩はどうやって返せばいい。愛の言葉だけじゃ返しきれない。
「なに言ってるの。私が八尋君からもらったものを返しているだけだよ。だから恩返しなんていらないよ」
「そんなことない。俺がもらってばかりだろ」
「ううん。だってさ、私は八尋君に命を貰ったから」
手を握る美咲の力が強くなる。
「あの日救われた命に比べたら、こんなの恩返しにもならないよ。それに私が好きでやってるだけだしね!」
「俺はそれを覚えてないんだけどな」
「大丈夫。私の中にちゃんとある。八尋君が覚えてなくても、私の中の思い出が色褪せたりはしない。今の八尋君も前の八尋君も、私のここにずっといる」
そう言って、美咲は空いた手を自分の胸に手を当てた。
「思い出は……ずっとある……」
「比較するわけじゃないよ! 今の八尋君は、今も過去も関係ない、たった1人だけの存在。そこに変わりはないよ」
俺の反応を不安に思ったのか、美咲が言葉を付け足した。
「でもね、今は今、過去は過去。どっちも知ってる私たちが、今を受け入れるために過去を全部捨てる必要なんかないってこと!」
「なんか……胸に響くな」
「六花ちゃんが迷ってるのはきっとそこだと思うんだ」
「難しい話だな」
「……これは受け手の問題だからね」
今と過去の対比。今しかない俺でもそれはわかる。俺自身がまさに最近まで悩んでいたんだから。
「ところで八尋君……キス、しよっか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます