第73話 体育祭と踏み出す一歩①

 翌日、体育祭ということで朝のホームルームが終われば早速ジャージに着替えることに。当然女子は居ないので今は暑苦しい男だらけの教室。


 去年は休んでいたから実質初めての体育祭。教室の男連中の空気感はまちまちだった。体育会系の部活動連中はやる気に満ち溢れていて、反対に文化系の人や帰宅部連中は見るからにダルそうにしている。


 まあ運動神経のない人は蹂躙される運命にあるからわからなくもない。


 かくいう俺は、借りもの競争なる未知との戦いへ精神を整えていた。確か午前中の最後だったはず。つまり午前のメイン種目扱い。


「おい佐伯。何か俺に言うことあるよな?」


 とまあ、そんな俺の心情は今はどうでもよくて、隣で黙々と着替えるイケメンを冷めた目で見る。


「そんなものあったかな?」


 佐伯はしらばっくれるように肩を竦める。野郎……完全にわかってて言ってやがるな。


「お前な……」

「それよりも、意外と俺もいい身体だと思わない?」


 上半身を見せびらかすように胸を張る。


「まあ、それはたしかに」

「だろ? 運動部だからスマートな肉体作りしてるんだよ」

「はえぇ……そうなんか」


 着替え途中の佐伯の身体は逞しいと言えるほどガタイが良いわけではないが、細身ながらも付くところにはしっかりと筋肉があって……ってなに俺は男の身体を品評してるんだ。自分の肉体より美しかったからって気持ち悪過ぎるわ。


「お前無理やり話逸らそうとしてるな?」

「……バレたか」

「わかりやす過ぎるわ」


 急に筋肉とか言い出して、危うく流れに乗りそうだったじゃねぇか。口ではああ言ったけど、実はちょっと騙されかけてたことは内緒。美しい筋肉は人の思考すら惑わせる力を持っているらしい。


 しかし、こんなことをしていたらまたあらぬ疑いをかけられそうなんだよなぁ。俺はしっかり女の子が好きだってアピールしとかねぇと、男好きにされそう。それは絶対避けねばならない。


「そもそもお前筋肉キャラじゃないだろ?」


 でもイケメンでスタイルもいいとか反則じゃね? 俺佐伯に勝てる要素何もないんだけど。


「目指してみるのはありかと思って」

「え、目指してんの?」

「いや嘘だけどさ」

「嘘かよ。一瞬まじこいつどうしたんだよって思いそうだったわ」


 ん? なんかまた話を逸らされているような。


「おい佐伯、また話逸らそうとしてないか?」

「そんなことはないよ。だって今の神崎見たら何も言うことないのは本当だし」

「どういう意味だよ?」

「仲直り、できたんだよね?」

「まあ、おかげさまで」


 あえて名前を出さないのはこの空間に配慮してのことだろう。


 相原が大人気なのは周知の事実。そこである特定の個人が相原となんやかんやあれば、それはたちまち注目の的になる。佐伯はそのあたりの気を利かせてくれたんだろう。


 できる男佐伯。昨日のあれは気を利かせすぎのような気がするが。


「なら俺から言うことは何もないね。それとも、昨日のあれを謝って欲しいのかな?」


 佐伯はわざと挑発的に言う。俺がそんなことを要求しないのをわかっているとでも言いたげに。


 佐伯のやつ、段々本性を見せてきたな。何気にいい性格してるぞこのイケメン。


「謝って欲しいとは思ってねぇよ。文句は言いたいけど」


 どっちかと言えば、背中を押してくれてありがとうって感じだ。なんとなく今のこいつには絶対言いたくないから言わないけど。


「でもどうせ篠宮と結託してたんだろうしな。お前にだけ文句言うのはずるいから何も言わない」


 昨日、俺が教室を出る時、相原は篠宮に連れられて教室を出ていた。大方佐伯と裏で結託して俺と相原を合わせようという作戦だろう。同じ部活であれば情報の共有だって容易いはずだ。


 まあ、揃っていても文句を言うつもりはないけど。


「神崎のそういうところ、俺は好きだよ」

「だから男に好きって言われても嬉しくないっての」

「まあそう照れなくてもいいだろ?」

「照れてねぇよ」


 むしろあの腐った狩人たちがどんな反応するのかか怖ぇよ。


「そういうことにしておくよ」


 なんだか終始手のひらで転がされているような気がして悔しい。


「お、藤原が寂しそうにこちらを見ているぞ」

「話したきゃ向こうから来るだろ。ほら」


 目が合うとハカセは表情ひとつ変えないままゆっくりとこっちまで来る。相変わらず顔の筋肉硬いみたいだな。まあ、笑わないこともないことは知ってるけど。


「八尋、今日は良い顔をしているな」

「そうかい。ハカセはいつも通りだな」

「いや、今日はいつもより気合いが入っているが?」

「マジ? 全然わからなかった」

「眼鏡、スポーツ用だよね」

「その通り」


 言われてみればたしかに、いつも使っている眼鏡よりシュッとしていて、尚且つ動いても落ちなそうな安定感がある。


 全然気が付かなかった。イケメンはよう見てるな。


「激しく動くかもしれないからな。装備から本気を出すのは当然のこと」

「それ度は入ってるのか?」

「いや、伊達だが?」

「伊達なのかよ⁉︎ じゃあいつもかけてるやつは⁉︎」

「伊達だが?」

「じゃあそもそも眼鏡いらねぇじゃねえかよ⁉︎ なんで付けてんだよ⁉︎」

「その方が賢く見えるからに決まっているだろ」

「その答えが賢くねぇんだよなぁ」

「やっぱり神崎たちはこうでなくちゃね」


 ハカセが伊達眼鏡だった衝撃の事実に驚いていると、佐伯は俺とハカセの掛け合いに満足するように大きく首を縦に振った。


 賢く見えそうだから伊達眼鏡かけてるやつ全国に何人いるんだよ。その発想が既に賢くねぇから破綻してんだよなそれ。


 そんなこんなで騒がしく朝は過ぎ去って行った。


 その後は女子と合流して、外の応援席へと椅子を持っていく。委員長が音頭を取ってテキパキと移動をする。委員長まじ委員長。


 本日晴天なり。外に出れば雲ひとつない青空が俺たちのこれから始まる戦いに熱視線を送っている。朝から暑いっすね、とか思っていると今日も元気いっぱいの篠宮がいつの間にか隣に立っていた。


 一応各クラスの応援エリアは決まっているが、その中でどう座るかは自由らしい。自由席ってのも意外と面倒くさいよな。仲良しは仲良しで固まりそうだし。とは言えスペースに余裕がなく、委員長のひと声で来たやつから順に前から詰めていくことになった。頼れる我らが委員長。


 俺もそれに倣って椅子を下ろすと、篠宮は俺の隣に椅子を置いた。


「いやぁ、今日は晴れてよかったよね!」


 いつも以上に元気な声。


「残念だったな、俺の隣で」

「べつに残念じゃないよ。むしろ作戦通り」

「そうですかい」

「そそ、女子で固まらなきゃいけない理由はないしね!」


 篠宮はその辺りが結構サッパリしている。それがクラスの誰とでも仲良く話せる要因か。


「さあさあざっきー、昨日はお楽しみいただけましたかな?」


 なんとなく、隣に座られた時点でその話されるんじゃないかと思いましたよ。お前も昨日の黒幕の一人だもんな。


 結果が気になって仕方ないようで、篠宮は体を揺らしてウキウキしている。


「何のことだ?」


 とりあえず一回とぼけてみる。


「ほお、あくまでシラを切るわけですな」

「楽しいイベントではなかったからな」

「え……もしかして私余計なことしちゃった?」


 途端に篠宮の表情が曇る。


「べつに篠宮が気にすることでもない」

「でもさ……」

「なんだかんだあって俺が告白されただけだから」

「うええええええええ⁉︎」


 篠宮は跳ねる様に椅子から飛び上がる。感情の起伏が激しい。


 声が大きいせいか視線を集めて、その中に相原も含まれていた。目が合うと、相原は周りに見られていないことを確認してから、照れながら控えめに手を振ってくれた。はい可愛い。


 少し距離が離れていても可愛さは色褪せないどころか輝きを増している。可愛いのは当たり前として、昨日のあれから相原が可愛すぎて仕方ないんだが。


 でも、昨日逃げた割にはちゃんと俺とコミュニケーション取ってくれるのな。そこは安心したわ。

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