第128話 勉強会
勉強会。それは一人寂しく勉強をしたくない人たちが徒党を組んで行うもの。寂しさを紛らわせ、互いの足りないものを補いあうことで、みんなで高みを目指す素晴らしいイベント。
ただし、これには条件があり、仲のいい友達がいないとできない。去年、クラスの日陰で過ごしていた俺には無縁の代物だった。
おかしいよな。去年だってべつに息を潜めて生きていたわけじゃないのに、一度もお呼びがかからなかった。
成績上位者は校内に張り出されるから、俺がそこそこ勉強できたのはみんな知ってたよね? もしかして空気過ぎてみんな俺の名前覚えてなかったとか? これ以上は自分の首を絞めそうだからやめよ。
でも、そんな俺も今年はこの勉強会なる青春イベントを開催できている。人は変われるんだ……みんな……俺やったよ……。みんなって誰?
「ざっきーここ教えてよ!」
「やっくん! 家の中探索していい? エッチな本探していい?」
「実梨ちゃんダメだよ今は勉強するんだから!」
「エッチな本はお姉ちゃんにはまだ早いよ!」
「なあ藤原、この問題はどうやって解くんだ?」
「それはな、ここに補助線を引くと答えまでの道が見えやすいはずだ」
「…………」
騒がしい女子陣と、ちゃんと勉強している男子陣。
あのさ……人数多くね?
たしか勉強会は美咲と実梨とで行うはずだったんだよ。それが気づいたらあれよあれよと増えてる始末。変な取り巻きではないけど、俺の友達全員集合してるんだが?
あと俺エッチな本隠してねぇから。委員長さ、お前家の中にエッチな本がある前提で語ってるの反省しろよ? 男子高校生全員がエッチ本を隠してると思ったら大間違いだからな。俺の家にあった隠したいものは黒歴史ノートだけだから。
そんな黒歴史ノートも、既に俺の家からさようならしている。美咲と付き合うようなってすぐに、学校の焼却炉に全部捨てた。過去に踏ん切りをつけたから、振り返らない意味をこめて全部お焚き上げした。
つまり今この家には探されて困るようなものなど何もない。残念だったな。そして委員長……あなた意外とむっつりですね。
「というかさ、ざっきーって一人暮らしだったんだね」
篠宮が家の中を舐めまわすように目を配る。
俺の趣味嗜好を全部見られているような気分になって、なんとなくむず痒い。一人暮らしの部屋。俺の感性の全てがこの部屋に現れている。つまり俺の半身と言っても過言ではない。
そんな俺の半身を改めて見てみると、相変わらずの殺風景。美咲とちょこちょこ買い物へ行ってものを増やしているとはいえ、俺の部屋はまだ美咲の弁当ほど彩り豊かではなかった。
それでいいのか俺の半身? お前は俺のように……幸せに満ち溢れた奴じゃなかったのかよ!? 高校生の一人暮らしといったら趣味全開のお部屋じゃないのかよ。もっと彩り出してこうぜ! 幸せ全然感じねぇよ!
しかし文句を言ったところで、この部屋を彩るのは俺。つまり明るいお部屋にするなら俺の趣味全開の部屋にしなくてはならない。それが示すところ……要は美咲一色というわけだな。任せとけ! やめとけ。きっともう人を呼べなくなる。
「悪かったな。今まで黙ってて」
「みさっちは知ってたの?」
「うん。だいぶ前から知ってたよ」
「彼女の特権というわけだね」
篠宮は初々しいカップルを見つけていじるおばさんみたく手を口に当てた。
「でも、今まで黙ってたってことは神崎としては秘密にしたかったんじゃないのか? よかったのか俺たちに話して?」
「色んな奴にバラすつもりはねぇよ」
イケメンは妙なところで察しがよくて困るぜ。
「ただ、友達にはなるべく隠し事したくないって思った。それだけだよ」
気恥ずかしくて視線を逸らしながら言った。
友達なら、信用できる友達になら明かしてもいいと思った。人は誰しも馬鹿正直に生きているわけではない。友達と言えど隠し事の一つや二つあるのは普通だ。きっと前までの俺だったら絶対に自分から明かしてなかったと思う。
でも、実梨と委員長の事件を経て俺は考えを改めた。今ここにいる奴らは信用できる。
それに隠し事ばっかしてたら、俺はこいつらとは真の意味で友達になれないような気がした。
俺はこいつらとの時間を大切にしたい。相手と仲良くなりたいなら、まずは自分から心を開かなくては始まらない。だから隠し事はもう無しだ。
だけど記憶喪失はまだ言えねぇかな。まあここにいる半分は知ってるけどさ、さすがに他言無用でお願いしてる。他のやつらに明かすタイミングは、俺が決める。
反応がないから前を向けば、なぜかみんな目を丸くして俺を見てる。
「……なんか言えよ」
俺、本当は真面目な話は苦手なんだからな。
この沈黙も苦手なんだからな。だから早くなんか言えよ。
「ざっきー……変わったね。変なキノコ食べた?」
「あ? 勉強教えねぇぞ?」
「わあごめんなさい! あまりに素直だったからつい!? そんな殺生なこと言わないで!?」
篠宮が土下座する勢いで頭を下げる。
「自分の立場をよく理解してるじゃねぇか」
さすがにこの中で一番試験がやばい自覚をしているようだな。中間試験は爆死したもんな。
ふ……いつもならここで言い争いが始まるが、上下関係がはっきりしている今日は気分がいいなぁ。多少の無茶なら通りそうな気がするぜ。ぐへへ。しないけど。
「まあさ、一人暮らしをお前たち以外に明かす予定はないから。そこは頼むな」
俺の言葉にみんな強く頷いてくれた。お前ら信じるからな。絶対井上には漏らすなよ。秒で学年全部に知れ渡るからな。頼むぞマジで。
気を取り直し、俺は一度全員分のお茶を用意するため一人キッチンに立つ。
まともなコップはふたつしかない。だけど、いつかの日に美咲と紙コップを買いに行ったから問題ない。あの時はいつ使うんだよ? とか思ってたけど、そう遠くないうちに使いどこが来たな。もしここまで美咲が読んでたなら……さすがにそれはねぇか。
「八尋、一人で持つのは大変だろ? 手伝おう」
いつの間にかハカセが俺の隣に立っていた。
たしかに七人分を一人ではきつい。俺の家にはお盆とかいう概念はないからな。こんなに人が集まるなんて想像してないし。
でも二人だとしても腕は4つしかない。どのみち足りない。
「手伝いとは殊勝な心掛けじゃねぇか。どうした?」
我が道を突き進むハカセにしては珍しい気の利きよう。地球滅亡の日も近いかもしれない。最後にやること考えねぇとな。
「なに……ほんの少しだけ、八尋と二人になりたかっただけだ」
「え゛……」
どこから出たのかわからない声が出た。げっぷにもっとドスを効かせたような声。
なんでかって言えば、ハカセが非常に落ち着いた優しい声で喋ったからだ。
「どうして距離を取る?」
「いや……なんとなく」
思わず距離を取ってファイティングポーズ。腐った沼には近づかねぇぞ俺は。
「そう構えるな。ただ礼を言いたかっただけだ」
「礼? どうして?」
「彼女を救ってくれた」
ハカセの視線の先、そこには女子同士でわちゃわちゃしている委員長がいた。
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