第90話 予想外の展開

「……よくわかったね」

「ま、勘だよ。ちょっと前に同じ様なことを言ってるやつがいたのを覚えてたんだ」


 ま、俺のことなんだけどな。


「八尋君……」


 美咲が何かを言いたげに俺を覗き込み、喉から出かかった言葉を飲み込んで口を結んだ。


 そんな美咲に俺は大丈夫だと笑いかけた。もう吹っ切れた話だ。


 実梨の言いたいことはわかる。俺だからこそよくわかる。


 そのままの自分を見て欲しいのに、みんなの目に映る自分は自分ではない。相手が思い描いている自分がそこにはいる。


 記憶を無くした男が、記憶をなくす前の偽りの何かを演じていたという話。


 ただの中村実梨が、アイドル中村みのりとして見られていることと似ているのかもしれない。


 そういう意味では、実梨の言葉には親近感を覚える。


「実梨がなんで俺を案内役にしたのか、理由が少しわかった」

「うん。ひーくんのファインプレーだね」


 あの日ライブに連れてきたことが、ってことか?


「でも、それならハカセでも良かったんじゃないか? あいつも別に相手が有名人かどうかなんて気にしないと思うけど」


 ハカセはあの感じだから、相手が有名人だからと言って萎縮するようなタマじゃない。


 それによく考えれば俺よりもハカセの方が実梨との友達歴は長く気心も知れているだろうし、むしろ俺より適任な気がしてきた。


「実は最初はひーくんにLINEでお願いしたんだよ」

「そうなのか?」


 ハカセ、実梨のLINE知ってたのか。


 まあ、実梨とわかってなくても、みぃさんとして親交を深めていたわけだからそれぐらい知っていても不思議ではないか。


「そう! そしたらひーくんがやっくんも同じクラスにいるからそっちに頼んだ方が良いって言ってくれてね。だから会いに行ったわけですよ!」

「なるほど……」


 実梨は頷いた。


 要は俺の首を差し出した内通者がいたってわけね。なあハカセ。


 あの殺意に満ち溢れた男どもの視線。まさかこんな短期間で再び味わうとは思ってもみなかったし。


 ほんと一番の後ろの席で良かったわ。後ろからの攻撃を気にしないでいいのはだいぶ助かる。後ろからシャーペンミサイル飛んできても避けられねぇからな。前ならギリいける。


「八尋なら萎縮せずに自然体で接してくれるって言ってたけど、まさにその通りだったね!」

「お眼鏡に叶ったのならなにより」


 それにしてもハカセ、実梨のLINEを知ってるとかクラスの連中にバレたら殺されかねないな。


 話しかけられただけであいつら殺意全開だったんだから、LINEなんてもうそれは埋められちゃうだろ。








 

 やっくんのバイト先に行きたい。実梨と部活の話をしている途中、俺が部活はしないでバイトをしていると言ったら、彼女はそう言った。


 美咲に目線で確認をすれば、小さく頷いてくれたのでそのまま向かうことにした。


「いいのか?」

「別にひけらかすつもりはないけど、隠すつもりもないから大丈夫だよ」

「ならいいんだ」


 向かう途中、改めて美咲に小声で確認した。


 俺も別に隠すつもりはない……少なくともクラスのやつ以外には……いや、学校の男子以外には。


 最近ただでさえ謂れのない恨みを買っているわけで、平穏な学園生活を送る上で、これ以上厄介の種を自ら蒔くことはしたくない。


 その場合、本来なら実梨も連れて行くべきではないんだけど、あんなキラキラした目をされたらなぁ。断り辛いよなぁ。


 もしあれがアイドルの技ならさすがプロって感じ。


「アルバイトかぁ。私やったことないから興味あるんだよねぇ」


 そうして歩くこと数十分。俺のアルバイト先兼、美咲の家にやってきた。


 実際相原家の住まいは店の隣にあるわけだが。


 カフェレストランという名の実質喫茶店と実家。今更ながらによく考えれば、相原家は家を二つ所有しているということか。さすがはボス。


「いらっしゃいませ……ってなんだ神崎かよ」


 先頭で扉を開けると店員さんの素晴らしい接客がお出迎えしてくれた。こんにちは杉浦さん。俺を見て残念そうな顔をするな。


「なんだとは酷いですね。アルバイトが無い日は来ちゃいけないんですか?」


 店内にはまばらに客がいる状態。喫茶店なのにランチタイムとディナータイムに人があふれると評判のバイト先。


 これもボスの料理が上手いからだろう。休みの日、昼から通しで入ったときに食べた賄いで受けた衝撃は記憶に新しい。


 美咲の弁当もおいしかったけど、あの親にしてこの子ありと納得できる。


 そんな感じで実質定食屋みたいになっている喫茶店。


 ボスはたまに、ここは本当は喫茶店なんだけどなぁ、とかぼやいている。


 そんなわけでこの夕方に差し掛かる時間帯は人が少ない。


 純粋に喫茶店として使用している客が来店する時間帯と言ってもいいか。


 夜とか喫茶店にあるまじき高回転率だからな。


「そうは言ってねぇけど。あ、お嬢も一緒でしたか。おかえりなさい」


 後ろから入ってきた美咲を見て、杉浦さんが言う。俺と態度違いすぎるんだよなぁ。


「ただいまです。杉浦さん」

「へぇ……ここがやっくんのバイト先かぁ」

「……へ?」


 店内に入り辺りを興味深そうに見まわす実梨を見た瞬間、杉浦さんの動きがまるで時が止まったかのようにピタッと静止した。


「店員さん、空いている席は自由に使っていいんですか?」

「え、ああ、はい。どうぞご自由にご使用ください」


 実梨に話しかけられ、杉浦さんが戸惑いながらそう言うと、彼女はそそくさと席を物色しに行き、美咲もそれについていく。


「神崎、ちょっと待て」


 俺も付いていこうとしてところで杉浦さんに肩を叩かれる。


「どうしたんですか? アルバイト中の私語はよくないですよ?」


 なんて冗談を言ってみてもこの時間この店にいるのは常連さんばかりなので、私語を言ったところで何も文句を言う人はいない。


 むしろ杉浦さんと仲良く話すお客様もいるぐらい。


 俺は振り返って白々しく反応する。杉浦さんは実梨を見て固まっていた。だから何を言いたいかは大体察している。


「それは気にするな。それより、なんでお前が中村みのりと一緒にいるんだよ?」


 杉浦さんは周りの客に聞こえないように言っている。やっぱりか。眼鏡をかけていても気づく人はいるみたいだぞ。


 お客さんたちは自分の世界に入っているから有名人が来たことに気づいていない。


 まあこんなところに突然有名人がくるなんて思わないしな。


「話すと面倒くさいんで端折りますけど、うちの高校に転校生として来たんですよ。で俺は色々あって一緒に校内を案内していた流れでここに来ることになりました」

「端折りすぎだろ……でもまあ世の中何があるかわかんねぇもんだな」

「俺もそう思います。でもあんまり騒がないでくださいね。実梨だってむやみやたらに騒動になるのはいやでしょうから」

「もう呼び捨てかよ……まあ、さっきは突然で動揺したけどよ、ここにいる間は普通に一人に客だ。その辺はしっかり弁える。でも後でこっそりサイン貰おうかな……」


 杉浦さんはそう言って仕事に戻っていった。


 最後の一言さえなければしっかりカッコいいんだよなあの人。


「あれ、まゆちゃん?」

「お、お姉ちゃん……」


 遠くの方で実梨が誰かと話していた。


 俺もその場に行けば、実梨はテーブル席で一人動画を鑑賞している制服姿の少女に話しかけていた。


 二つ結びにしたおさげの髪が揺れる。そこにいるのは俺の知っている人だった。


「委員長?」


 そう問いかけると、委員長は俺の方を向く。


「あ……みっちゃんだけじゃなくて神崎までいたか……」


 委員長は俺を見るなりしまったという顔をする。


 さっきまで動画に集中していたのか、店先でも会話は聞こえてなかったらしい。


 委員長この店来てたんだ。知らなかった。いやそんなことよりも。


「なあ委員長、実梨のことお姉ちゃんって言ってなかったか?」


 俺が言うと、委員長は苦虫を嚙み潰したように表情をゆがめる。


 失敗した。その感情が見て取れる。


「ふふん。なにを隠そう私たちはね、姉妹なんだよ」


 実梨は淡々と衝撃の事実を言った。え、なに? え?


 委員長はその言葉を聞いて諦めるように大きくため息をついた。そして少し怒り気味に実梨を睨んだ。


「こちら、私の姉の実梨です」

「こちら、私の妹の真由梨まゆりです。ちなみに年子なので同い年の姉妹です!」

「「え……えええええええええええええ!?」」


 俺と美咲は、ここで今日一番の衝撃を受けるのだった。


 ちなみに店で声を荒げたので二人ともボスにしっかり怒られらた。


 これは不可抗力だって。

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