第30話 隣の芝生

「神崎は10ポンドにしたのか。軽くないかそれ?」


 先に準備を済ませていたらしく、佐伯は既に席に座っていた。


「俺はこれがちょうど良いいの。部活勢の筋肉と一緒にするな。アルバイターはひ弱なんだよ」


 重さの単位だとは思っていたけど、ポンドだったのか。そりゃ一個数字が上がるだけで結構体感する重さが変わるわけだわ。だが、へぇそれポンドなんだ、と言った暁には眼鏡とサルにどんな突っ込みをされるかわかったもんじゃないから、戦略的に知ったかぶりをする。こんなんボーリングやってねぇとわかんねぇだろ。


「佐伯とハカセは少し重めなんだな。さすが健全な高校男子」


 自分のボールを置くついでに見れば、俺より大きい数字が書かれたボールが2つあった。


 まだ男連中しかいないからこれは必然的にハカセと佐伯のものになる。部活やってる勢はパワフルなんですね。


「それでは八尋は健全じゃないように聞こえるが」

「いやいや、アルバイターな高校生が健全に見えるかって話よ? 青春を金に変えようとしてるんだぜ?」


 まあ俺が自分で選んだことなので、後悔などは微塵もないが、青春をバイトに捧げようとしているのが健全だとは思わない。


 社会経験を感じたり学年を超えた先輩ができたりと良いこともあるけど、やっぱ高校生は青春の汗を流すのが一番だよな、と言ったのはある日の杉浦さん。因みに言った本人は高校生の時からボスのところでバイトをしている。つまり青春の汗を流したことがないので何の説得力もない。


 ただまあ言いたい事は理解できるし、高校生からバイト一筋なんてのはそこそこイレギュラーだと俺自身でも思っている。


「そう思うなら今からでも健全な高校男子になってはどうだ? まだ全然間に合うと思うが」


「いいんだよ俺は好きでやってるから。部活にはない楽しみだってあるし」


 なんと言っても相原と二人っきりで話せるのはバイトをしているからこそ。そんな奇跡のようなことが起こったのも俺がバイトを始めたからだ。


 まあ相原を抜きにしても、最近ボスや杉浦さんともより親しみやすくなったし、これはこれで結構楽しいんだよな。


 それに特にやりたい部活もないし。だから全力で部活に打ち込んでいるやつを尊敬している。俺にはないものだから。


「それに本当に部活をやる気になったら始めようとは思ってるし、今はこれでいいんだよ」


 決して部活をやりたくないわけではない。どうしてもやりたいと思えるものがないだけ。だからやる気になれば俺はきっと部活を始めると思う。でもバイトも辞めたくないから両立できるやつじゃないとなぁ。とか考えてる内はきっとだめなんだろうな。


「そうか。でも確かにバイトも魅力的だよね。大学生の先輩とかいる?」

「大学生の先輩ね……2人いるな」


 パッと思い浮かぶんだのは憧れる要素の少ない杉浦さんの方だった。


「やっぱり大人な感じだったりするのか?」


 妙に興味深々な佐伯。年上好きなのかこいつ。でも柳さんのことはまだ全然知らないから、年上好きの佐伯には申し訳ないが残念な方の話をさせてもらおう。ごめんな佐伯。


「あんまり俺らと変わんないと思うけどな。俺のバイト先の先輩はただの自由人だしな」


 悪い人では無いし、話せば確かに時たま大人な感じの意見を言ってくれるけど、杉浦さんの本質は自由人だと思う。


 バイト終わりに朝まで釣りに行ったり、友達と酒飲んだり、バンドの練習をしたりと、自由を満喫している話を聞く。そんなんで大学は大丈夫なのかと聞いてみたこともあるけど、大学は半分寝るとこだから大丈夫と言っていた。それで留年はしてないんだから本当に大丈夫なんだろう。


「どんな感じで自由人なんだ?」


 と佐伯が聞くので、俺が杉浦さん本人から聞いたエピソードを何個か話した。


「そういう色々なことをやってる人と知り合えるのはバイトの魅力の一つだよね。俺も部活卒業したらやってみようかな」

「その頃は受験になるんじゃね?」

「急に現実を見せるな。もう次の受験のこととか考えたくないよ」


 佐伯は表情を歪める。どうやら受験で相当苦労をしたようだ。


 この学校はそこそこ偏差値が高いから、余程勉学に自信がない限り受験は頑張らないといけないだろう。俺だってそこそこ頑張った記憶はあるけど、モチベーションはあったから案外苦ではなかった。


「3年なんてあっという間だ。気づいたら受験が迫って来るぞ」

「お前はどの視点で語ってるの?」


 なんでもう経験しているような語り口なの。あ、でも中学も3年間か。


「ねえねえ、何の話してるの?」


 この声は相原。振り向けばボールを持った相原たちがやってきていた。


 ボールを持つその佇まいでさえ美しく見える。


「隣の芝生は青いと言う話だ」


 部活にすこし魅力を感じる俺とバイトに魅力を感じる佐伯の話、ともすればハカセの言う通りお互いに無いものに惹かれる話。


 だが上手くまとまり過ぎた? せいか相原はなんのことだかわかっていない様子。


「佐伯がバイトに憧れているって話だよ」


 俺が補足すると、なるほど、相原は微笑んでボーリングの準備に移って行った。


 全員の準備が整ったところで、篠宮が口を開く。


「よし、勝負するからチーム分けするよ。せっかくだから男女でグッパーしよっか!」


 なにがせっかくなのかは知らないけど、そう提案されたので男は男でグッパーをした。


 結果は俺がグーで二人はパー。


「そっちは決まった?」

「決まったぞ」

「オッケー。じゃあパーの人!」


 篠宮が天高く開いた手を掲げ、佐伯とハカセがひらひらと掌を振ってアピールする。


「惜しいな。佐伯が居なければ綺麗に頭がパーチームって弄れたんだが。いや惜しいな」


「なんでそこに私も入ってるのかな?」


「はは、お前は入るに決まってんだろ。争いは同レベルでしか起きないのにハカセと争ってる時点でお前はグェ⁉︎」


 ちょっと話の途中で急に殴らないでよ変な声出ちゃうってか痛い痛い足まで踏むんじゃない! 


 篠宮は不服そうな顔で俺を睨み付けている。


「暴力反対!」

「ざっきー君、振るわれる方にも原因があると私は思うわけですよ」

「なあ知ってるか?人が怒る時って事実を指摘された時が多いらしいぜ?」

「それが?」

「つまりお前がキレ気味に俺に暴力を振るうのは深層心理で図星をつかれたからで痛い痛い爪先で踏んで体重かけないで!」


 足ぺちゃんこになっちゃうよ。篠宮の胸みたいにぺちゃんこになっちゃうよ!


「いま失礼なことも考えてたでしょ?」

「エスパーかよお前……ぎょおお⁉︎」


 だから痛いって! 無言で力を増すのやめなさい。


 俺が悪かったちょっと言い過ぎたってギブギブ。


「調子乗り過ぎましたごめんなさい! だからもう踏まないで!」

「まったく、良かったね私がパーチームで。グーだったら拳で語りかけてるところだったよ」

「そこ関係あったんだ……」

 

 つか一発目普通に殴ってたじゃねぇか。そういうところがパーなんだよお前は。


 解放されたつま先がジンジンしてる。感覚があるから一応まだ繋がっているみたい。


「待てよ、篠宮がパーってことはグーチームは……」


 残された人はあと一人。その一人と目が合うと、可愛らしく拳を握ってファイティングポーズを決めている天使の姿があった。可愛い。


「神崎君よろしくね」


 まじかよ。相原と二人きりのペアになれるとか俺もう張り切っちゃうんだけど。


「こちらこそ足を引っ張らないように頑張らせていただきます!」

「うん。一緒に頑張ろうね」

「ふぁい……」

「なにその返事。へんなの」


 相原は天にも登りそうな俺の様子を見て笑みを溢した。今鏡見たら絶対気持ち悪い顔してるだろうな。


 一緒に頑張ろう、か。頑張っちゃうよ俺!

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