『風紀委員よ‼』
「あれね? あんたもう帰っていいわよ」
マリンが人の垣を掻き分けて奥へ進むと、廊下は焼け焦げ、窓は割れて、壁や天井は石化していた。
その中心で二匹の獣が睨み合い、奇声を上げながら対峙し、周りを囲むものはまるで闘技を歓声するように口々に勝手な野次を飛ばして嗾(けしか)けている。
一匹は手足が虎で尾骶(びてい)骨(こつ)から蛇のような尻尾を生やして猿の顔を持つ、雷獣とも呼ばれている鵺(ぬえ)と言う物の怪で、もう片方は龍の体と翼に雄鶏の頭と肢を生やした、バジリスクと呼ばれる魔獣だ。
「完全に獣化までしているのね。ちょっと遅かったかな?」
この場合の遅かった、というのは手遅れという意味ではなく、単に被害が大きくなってしまったという意味だ。
「風紀委員よ! 双方変身を解いて教室に戻りなさい!!」
マリンは対峙する二人の前に割って入ると、左の腕に着けた風紀委員の腕章を力強く引いて見せ付けると同時に強く言い放った。
鳥と猿の顔が同時にマリンを睨み付けてきた。人間社会で過ごしていたときではありえないことだったが、この学園に入学して三ヶ月、もう大抵のことでは驚かなくなっている。
二人は知性を宿す獣と猛禽の瞳でマリンを睨むと、一度目配せをしてから同時に攻撃を仕掛けてきた。
風紀委員の取り締まりは生徒手帳に寄って行われる。つまりは二人を捕縛して生徒手帳を出させなければならない。逆に言えば風紀委員を倒してしまえば生徒手帳を出す必要もなく、処罰を受けなくて済む。
二人はあの一瞬の目配せだけで後者を選んで、共闘をすることに決めたようだ。
すべてを石と化すバジリスクの息吹と、鵺の神(かみ)鳴(な)りとさえ書かれることのある大熱量の雷が、左右からマリンに襲い掛かってきた。
(まったく。こんなときだけ連携がいいんだから……)
それまで争っていたのが嘘のような、見事なコンビネーションにマリンは深く溜息をついた。広範囲による雷での攻撃で周囲を射抜いてマリンの足を止め、立ち往生したところをバジリスクの吐息で石化させようとしているのだ。
マリンは二人と同じ三つ葉だ。普通に考えれば同じ階級のものを二人も相手にして勝てるはずがない。
だが、風紀委員長がマリンを指名した理由も、マリンがこの状況で落ち着いていられる理由もここにあった。
マリンは胸の前で両手を向かい合わせるようにして翳すと、瞳を閉じて意識を集中させた。両手が白銀に光り、間に眩い光が生み出されると、放射状に広がっていき、二匹の獣をも包み込んで一定の空間を白銀に染め上げた。
光に包まれた鵺とバジリスクだった二人は制服を着た男子生徒に戻り、雷も石化の息吹も消えてなくなった。
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