『楽しいって、どんな感じ?』
見ず知らずのマリンが急にこんなことを提案したことを訝しんでいるのかも知れない。
もしもマリンがシャナの立場だったら、初対面でこんなことを言う人間を信用などするはずもなく、怪しい人間として警戒するだろう。今更ながらそのことに気が付き、マリンは今すぐここから逃げ出したいほどに恥ずかしくなった。
「楽しいって、どんな感じ?」
「えっ?」
一瞬、哲学や精神論のような小難しい話をされたのかと思い、マリンは顔を引き攣らせたが、シャナの表情からは純粋な疑問しか感じ取れない。
楽しいというのがどういうものか興味があるだけのようだ。
しかし、専門的な知識を求められてはいないといっても、答えるのに難しい質問だった。分かり易く言おうと思えば思うほどに言葉に困ってしまう。
それはきっと、誰かに教えて貰わなくても自然に覚えていく感情なのだろう。
普通に自分で感じられるようになったマリンが幸せなわけでも、楽しいと言う言葉を特別なものと受け取るシャナが不幸なわけでもない。
ただ、育ってきた環境が違うだけだ。
知らないならこれから覚えていけばいい。そのためにも興味を持たせなければと思った。
「そうねぇ、わくわくしたり、どきどきしたり、よっしゃぁって思ったり、かな?
話を聞くよりも体験したほうが手っ取り早いわ。だから、出ておいで?」
マリンは優しく語り掛けると、牢の中に向けて手を伸ばした。
シャナはマリンの顔と手を交互に見つめると、迷うようにおずおずと言った様子で手を伸ばし始めた。
これでシャナとは戦わなくて済む。
マリンは安堵すると自然と頬を弛めてシャナが手を握ってくれるのを待った。
『何をしている! そいつらはユグドラシルだぞ!!』
シャナの指先がマリンの手に触れる寸前にまで近付いたとき、科学者の叫びが何処からか響き渡ってきた。
その途端、シャナの瞳が驚愕に見開かれ、今にも泣き崩れそうな表情になってマリンを見つめ返した。すると、マリンの体が急に浮上してどんどんシャナから離されていく。
「シャナ! 待ってシャナ! 私はユグドラシルなんかじゃない! 話を聞いて!」
シャナに拒絶をされたと悟り、必死で訴え掛けるがマリンの身体は止まることなく、空の彼方へ吹き飛ばされてシャナから離されて行く。
瞬く間にシャナは見えなくなり、マリンの身体は灰色の空に飲み込まれた。
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