『集中を乱さないでくださいね』

 蹴られた人型がマリンを囲む輪にぶつかると、人型がに真っ赤に染まって爆発を起こした。

「なに!?」

〈大丈夫です。落ち着いてください〉

 咄嗟に飛び退いたマリンの頭の中に、ユーリが語り掛けてきた。

 爆発は普段のマリンなら簡単に破裂させられるくらいの威力があったが、波動を纏っている恩恵か、強風を浴びた程度の衝撃でしかない。

 着地と同時にアストレスを探して周囲を見回すと、周りを囲む人型が次々に赤く発光していくのが目に入った。

(やばい!)

 一体が爆発しただけなら強風に煽られた程度でも、流石にこの数が一斉に爆発をしたら深刻な被害を蒙るだろう。マリンは逃げ場を探して視線を巡らせた。

〈逃げ道はありませんね。仕方がないので防ぎましょう〉

「簡単に言うけど、防げるなら苦労はしないわよ!」

 次々と赤く染まっていく人型を見回しながら、頭の中で軽く語り掛けてくるユーリに向けて思わず声を張り上げた。

〈できますよ。私の言う通りにしてみてください〉

「やってみるけど、本当に大丈夫なの?」

 さも当然のようにユーリは言うが、爆発は一体でも手榴弾にも匹敵する威力があるだろう。それをこの数が爆発を起こすのだ。

 防ぎきれるなんてマリンにはにわかに信じられない話だった。

〈大丈夫ですよ。さぁ、まずは自分の波動の流れを感じてください〉

「波動の流れ?」

〈はい。今、自分の波動がどう流れているのかわかりますか?〉

 ユーリに言われて、マリンは改めて自分の波動に意識を向けた。波動の訓練は父親によって子供の頃より受けている。感じるくらいならマリンにもできた。

 マリンの波動は緩やかに波打ちながら身体全体から放出している。

「なんだか、蒼い光が体の回りを揺ら揺らしてる?」

 マリンは波動の姿を、感じたまま素直にユーリに伝えた。

〈はい。今は不安定なのを私が引き出しているだけですからね。今度はそれを自分でコントロールしてみてください〉

「どうすればいいの?」

 ユーリの何気ない言葉に、マリンは思わずテンションが上がってしまった。

 これまで波動を学びながらも自在に扱うに至らなかったマリンに取って、自分で波動をコントロールするというのは、それだけ魅力的な言葉だったのだ。

〈波動とは魂の力。それを制御するのは精神です。思い描いてください。

 その体の周りを波打つ光が強く、大きくなっていくのを……〉

「想像すればいいの?」

〈はい。そうですねぇ、強固な壁にするようなイメージがいいでしょう〉

「壁……?」

 この光で壁を作る。釈然としないが、とりあえずやってみようとマリンは意識を集中させた。心なしか体が熱くなっていくような気がする。

〈そうです。いい調子ですよ。さぁそろそろ周りが爆発しますよ。集中を乱さないでくださいね〉

 ユーリがマリンを褒めながらも釘を刺すのは忘れずに先を促してきた。

 高揚感に搔き立てられ、増長してコントロールを乱してしまう人もいるのだろう。今のマリンにはその人たちの気持ちが良く分かる。

 だから、ユーリの言葉に、改めてマリンは気を引き締めた。

 マリンが放出した波動が収束されて強固なっていくのを感じる。マリンがただ高めているだけの波動をユーリがコントロールしてくれているのだ。

 周りの人型が赤い塊と化して、次々と爆発していく。その姿は、人間爆弾が爆発を起こしているようにしか見えず、マリンはゾッとした。

 人型は連鎖しながら衝撃波を撒き散らして次々と破裂していき、マリンは全身を打ちのめされ爆煙によって視界を遮られた。

 波動の防御はマリンの想像を凌駕するほどに強固で、あれだけの爆発だったにも関わらず、怪我するどころか体制さえも崩さずに済んでいる。

 視界を遮られている中を動くのは危険だが、こちらが見えない隙を突いてアストレスが仕掛けてくる可能性も高い。

 こうしていても一切気は抜けないのだ。

 爆煙が引いて視界が晴れていくと、遠くから、再び罠で生み出された人型が、人垣を作って押し寄せてくる。

 だが、今のマリンには少しも不安がなかった。必ず勝てるという確信さえも抱いていた。

 ユーリと、二人ならば……。

 マリンは押し寄せてくる人並みを見つめて小さく口許に笑みを浮かべると、身構えた。

 その瞬間、足元から茨の鞭がマリンを切り裂くように襲い掛かってきたが、マリンは茨を鎌で斬り裂いて消失させると、小さく後ろへ跳んで距離を取った。

「まさかあれに耐えるとは思わなかったよ。だけど、僕の相手をしながらになったらどうかな?」

 アストレスが口許に嫌味な笑みを浮かべながら勘に触る口調で囁くと、腕を翳して波動の茨を作り出した。茨はアストレスの腕に巻き付いたままで蠢いている。

「あなた、まだ逃げていなかったのね?」

 人型だけが相手ならば、殲滅しつつも罠の媒介を探すことも可能だっただろうが、アストレスの相手をしながらでは話は変わってくる。

 マリンは内心で舌打ちをしながらも大鎌を構え直してアストレスと向かい合い、本音を隠して口許に挑発的な笑みを浮かべた。

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