『仕上がってから本当の価値が分かるのではないのですか?』

 町の人たちを見ると、中和の効力は切れているが、全員が意識を失っていて起き上がってくる様子はない。マリンが今なら大丈夫だと二人を助けに行こうとすると、気を失っていたはずの町の人が起き上がってきた。老人の視野は広く、周囲に気を配っているようだ。

 マリンは奥歯を噛み締めると中和を再び発動させて町の人を眠らせ、二人を救出に向かおうとした。

 今、二人の下へ行っても、中和を使うことはできないが二人の助けになることはできる。

 このまま放っておけば二人とも殺されてしまう。助けなければと岩山から飛び降りた。

 マリンが動いても二体の人形は全く反応しない。中和を使えないマリンなど警戒するに値しないと判断されたのだ。

 軽んじられたことには怒りを覚えるが、今はそれが幸いした。これで邪魔されずに助けに行ける。

「大丈夫ですよ、イングヴァイさん。私も、あの人も。

 だから、イングヴァイさんは町の人の中和に専念してください」

 破裂して膨らむ爆煙の中から柔らかなユーリの声が響いてきた。

 マリンは瞳を見開いたが、怪我をした様子もない普通の声にほっと胸を撫で下ろした。

「直撃は免れたとしても、それなりのダメージは負ったじゃろうに……。

 その様子では、まだ戦いを続ける気のようじゃな?」

 老人が動きを止めユーリの方を向いて不機嫌そうに瞳を細めるも、口の端を吊り上げて低く笑うと、相変わらずの纏わり着いてくるような口調で言ってきた。

 黒い爆煙が風に吹かれたように引いて行き、両手で大鎌を持ってグルグルと回しているユーリの姿が露になっていく。

 髪は乱れて制服は少し焼けていたが、全くの無傷で、大鎌を両手で回して風を起こし、煙を払っているのだ。

 その大鎌はユーリが変身したものと全く同じ形状で、自分の姿を再現させたようだった。あんなこともできるのだと、マリンは種族によってまだまだ知らない力を秘めているということを実感していた。

 煙を全て払うと、大鎌を絡繰人形に向けて構え、口許に冷たい笑みを浮かべた。

「まだまだ全て見たわけでもないのに決め付けるのは早計ですよ? ご老体。

 絵画も彫刻も全体が仕上がってから本当の価値が分かるのではないですか?」

 嘲笑を帯びた口調でユーリは老人を挑発するように淡々と能弁すると、ユーリの持つ大鎌が波動で淡い光を纏った。

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