『タロットなの?』
「あっ、ちょっと!」
急に走り出した彼女を追いかけて、マリンも慌てて部屋を飛び出す。
なにを思ったのか、少女は人形が並べられた廊下を駆け抜けると、キッチンへと駆け込んでいった。
「どうしたのよ?」
マリンがすぐさま少女を追ってキッチンに入ると、なにを思ったのか少女は電気をつけて、冷蔵庫からジュースを取り出し棚からコップを二つ出すと、テーブルに並べてジュースを注ぎ、片方をマリンに差し出してくれた。
「私にくれるの?」
差し出されたジュースを見つめて少女に問い掛けると、少女は満面の笑みを浮かべてマリンを見つめ、大きくコックンと頷いた。
「ありがとう」
マリンは思わず笑いを溢して囁くと、コップを片手で持って口へ運んだ。
良く冷えたアップルジュースで喉が潤う感覚に暫し浸っていた。
少女もマリンの向かいの席に座ると、同じようにジュースを飲み始める。
「ここって、あなたの家じゃないよね?」
あまりにも自然に振舞う少女に、マリンは一縷の不安を覚えて尋ねてみた。もしも彼女がこの家の住人であったら、マリンはこの町には始めて訪れるため、見掛けたことがあるというマリンの記憶が間違っていることになる。
少女はなんの迷いもなくマリンの言葉を肯定するように大きく頷いた。
「そのわりには随分と自由にしてるわね……」
半分呆れてマリンは言ったが、少女は気にした様子もなく、『そう?』と言いたそうに小首を傾げた。
「家の人が帰ってきたらどうするの?」
失踪した人間が無事に帰還する可能性は極めて低い。だが、零とは言い切れないし、町の人間が集団で消息不明になったなどと関係者でなければ知り得ぬ情報である。
マリンは少女がどんな反応を示すのか注意深く観察しながら、何気ない世間話のように切り出してみた。
少女は少し考えるように視線を斜め上に向けたが、結局何も言わずにニヘッと笑った。
その微笑みはとても可愛らしく、思わず仕方がないなぁと赦してしまいそうになるものだったが、赦すわけにもいかず、少女から一切視線を離さずに見つめ続けた。
マリンの視線が辛かったのか、少女は微笑みを浮かべたままで表情を強張らせると、惚けるように視線を逸らして、パタパタと手で自分を仰ぎ始めた。
「それとも帰ってこないって分かっているの?」
さらに次いだマリンの言動に少女はピクリと小さく体を緊張させ、無表情でマリンに視線を戻した。
少女とは以前どこかで会っている。この数ヶ月学園から出ていないのにだ。それならどこであったのか? その答えは明確だった。学園でだ。
考えがそこに及んだとき、マリンは彼女とどこで会ったのか、はっきりと思い出した。
一昨日、そう、あの学園の病院が何者かの襲撃を受けた夜、ノルンを先に現場に向かわせた後、ユーリとぶつかった場所で見かけたのだ。
やはり、白いワンピースで燃え盛る町を見つめていた。
そして、そこはクレオが襲撃現場と指摘した電波塔だった。
少女はなにも答えない。ただ無言でマリンを凝視してくるだけだ。
マリンは少女をまっすぐに見据えたままで、抱いていた疑惑を突きつけた。
「あなた、一昨日の夜、学園にいたでしょう?
町の入り口の罠もあなたの術? ねぇ、あなたは『タロット』なの?」
少女はマリンの言葉で驚いたように瞳を見開いた。
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