『ねぇ、起きて』

 少女は背の丈はマリンよりも頭一つくらい小さいだろう。マリンもクラスでは大きい方ではないから、きっと年下だ。

 薄暗い部屋の中でも光を放って見える黄金色の髪はゆるく波打っていて、柔らかそうだ。

 他の人形が、ふんだんにフリルやレースをあしらった豪華な衣装の中、彼女はなんの飾り気もない、シンプルな無地の白いワンピースだけだったが、それが彼女の透けるような白い肌を際立て、ゴスロリフル装備の人形たちにも負けない美しさを放っている。

 体重も軽く、身体もマリンよりも一回りは小さい。小学生の中学年くらいだろうか……。

 マリンに抱き上げられても起きる様子はなく、穏やかな寝息を立てて眠るその姿を見ていると、天使の寝顔などと言う安直な言葉が脳裏に浮かび、恥ずかしくなって慌ててその思考を掻き消した。

「ねぇ、起きて……」

 マリンは恥ずかしくなった気持ちを紛らわせるために、少女の体をゆすりながら声を掛けた。話を聞きたいと言うのも本当だが、何かをしていないと込み上げてくる羞恥心に耐えられないと言うのが本音だ。

 少女の長い睫に守られた可愛らしい瞼が微かに震えると、ゆっくりと持ち上がって、大きな棲んだ青い瞳が無表情にマリンを見つめ返してきた。

 瞳を閉じていても人形のように可愛らしかったが、目を開けた姿は、ここの数あるどの人形よりも輝いて見える。

 その少女がマリンを見つめたままでにっこりと微笑んだ。

 心臓が激しく高鳴り、体温が上昇したように身体が熱くなる。素直に可愛いと思えた。

 だが、今はそんなことを言っている場合ではないと気持ちを切り替える。この町になにがあったのか少女に話を聞かなければならないのだ。

 マリンは小さく頭を振って雑念を捨てると、少女を見つめた。

 少女は一度空けた瞳を再びゆっくりと閉じて、幸せそうに微笑みながらこっくりこっくりと舟を漕いでいる。目を凝らせば鼻提灯さえも見えてきそうだ。

「ちょっと、寝ないで!」

 マリンは少女に向けて声を掛けると、起こそうと小さな体をゆさゆさと揺らした。少女は瞳と小さな口を糸ミミズみたいに蠢かせると、再び瞳を開いて不満そうな顔でマリンを見返してきた。

 気持ち良く眠っていたところを起こされて不服なのだろう。

 それでも一応会話をするつもりはあるらしく、目頭を指先で擦りながら瞼を持ち上げた。

 他の人間だったら苛立ちを覚えるところだが、なぜか彼女にされても腹が立たない。可愛いは正義とはよく言ったものだと、変な造語に妙な納得をしていた。

 少女は片方の瞳をコシコシと擦りながら、開いた片目で『なに?』と問いただすように小首を傾げて見つめてきた。

「あれ? あんた私と会ったことない?」

 マリンはふと少女をどこかで見たことがあるような気がして問い掛けてみた。少女はキョトンとした表情でマリンを覗き込むように凝視してきた後に、不思議そうな顔で否定するようにフルフルと頭を左右に振った。知らないと言うことらしい。

「そう……」

 こんな一度見たら忘れられない程の美少女を見間違うわけがない。いつ、どこでと言う質問に明確に答えることはできないが、確かにマリンはどこかで彼女と会っている。

 だが、少女がとぼけているようにも見えない。ただ、マリンが一方的に見掛けただけなのだろう。それなら、何時、何処で見たのかと自分の記憶を遡っていた。

 少女がマリンの手を軽くポンポンと叩いた。離してくれということらしい。

 マリンは抱き上げたままであることに気が着き、『あっ』と小さく言葉を洩らすと少女を床に下ろした。

 少女は床に下ろされるとトテトテと足音を立てて、小走りで部屋を出て行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る