第13話『結果の出せない努力は無駄なのでしょうか?』

 ユーリの告白に、マリンはなにを言えばいいのか言葉が見つからず、押し黙った。

「私は前の大戦末期に、ここより遥か北にある小国、リヘィーギで製造されました……」

 ユーリは歩く速度は変えず、静かに切り出した。

 なぜこんなことを話してくれるのは分からなかったが、一人では抱えきれず誰かに話したいこともある。成り行きとはいえ、彼に関わったマリンは打ってつけだろう。

 解決やアドバイスを求められるのは困るが、ただ、話したいだけならば聞くくらいならできる。それでユーリの心が軽くなるのを願った。

「あの大戦のことはご存知ですか?」

「学校で習った程度には……」

 ユーリの静かな問い掛けに、マリンは気取らずありのままに答えた。

「確か、隣国のキレドゥニとの親睦を深める会議の最中に起きた言い争いが殺人事件に発展して、戦争になったのよね?」

「はい。政治家同士の意地の張り合いから殺傷事件、さらには国家問題にまで発展して、それほど大きくはなかったリヘィーギは、軍人以外の多くの民を巻き込み、広大な土地を焼け野原にした悲惨なものでした。

 あちこちの国境を破られて敵国の進攻を赦し、国のほとんどを占領され、もう一方的な殺戮に至っていた頃だったようです。

 軍人でもない民間人が、爆薬や銃火器を相手に農具で立ち向かう中、私は、相手の血を一滴でも多く吸い、一人でも多くの命を奪うことだけを願って作られました。

 刃を叩く槌の一振り一振りに敵兵への怒りや、自国の政治家への憤慨、果てはそんなことになってしまって時代への嘆きを込められて仕上げられたのが私です。

 槍や剣ではなく鎌だったのは、それを振るうのが戦士ではなく農民だったから、少しでも扱いやすいようにという配慮だったのでしょう。

 私は製作者が込めた怨念じみた思いに答えるように、様々な人の手を渡り歩きながら多くの人の命を奪いました。

 しかし、どんなに素人が大鎌を振り回して暴れたところで近代兵器を携える正規の軍人に勝てる訳もなく、程なくして歴史にもある通りリヘィーギは降伏して、地図からその名を消しました。

 当然、不要となった私は多くの亡骸と共に戦場に打ち捨てられました。

 それから九十九の年月を経て、なんの前触れもなく突然この姿になりました。

 なにが起きたのか理解はできませんでしたが、人を殺せという、野太い男性の声が頭の中で繰り返されて、自在に動けるようになった私は、なにも考えずにその声に従い、無意味な殺戮を繰り返して亡骸の山を築き上げました。

 それを止めてくれたのが、理事長と彼でした。理事長は『私のこの思考は製作者のものであり君のものではない。君はこれから君のやりたいことを見つけて、思う通りに生きていけばいい』と、こんな私を学園へと連れ帰ってくれて、学生としての第二の人生を与えてくれました。

 学園での生活はそれまで感じたことのない楽しいものでした。

 自分が付喪神と言うものになったと言うことや、他にも様々なことを学び、私は変われると思いました。

 そんな折、今回のような依頼が『ユグドラシル』から課せられ、私と彼が当たりました。

 大した事件ではなかったのですが不慮の事態に陥って、私と彼は死地へと追い込まれてしまったのです。その状況を打開するのには、付喪神になって得た私の新たな力を、使うしかありませんでした。そう、『武器と使用者の心が合わさったときに強大な力を放つ』と言うあれです。

 そんな力があるのかどうかと言う疑念は打ち消せなかったものの、私たちはそれにかけるしかなかったのです。

 私と彼は、ぶっつけ本番だったにも関わらず、どうにか『接続(コンタクト)』と呼ばれるそれを果たすことに成功しました。

 それは伝承通りか、それ以上の力を私たちに与えてくれ、私たちは勝利を得ることができました。

 しかし、悲劇はその時に起きたのです。

 勝利の余韻に浸る間もなく、彼の魂は縛られてしまったのです。

 その時、大鎌だった私の身体から黒い靄のようなものが溢れ出し、蛇がとぐろを巻くように彼を取り巻いているのが見えました。

 それで私は悟ったのです。製作者の呪いが彼に流れ込んでいるのだと……」

 それまで淡々と語っていたユーリの表情が、そこで始めて苦痛に歪んだ。

「私は……、誰かと心を通わすべきではなかったのです……」

 ユーリが歯を食い縛り、まるで血を吐くように搾り出した声が無機質な廊下に響き渡った。

「彼は私が必ず元に戻します。例え、どんな手を使ってでも……!

 それが私の背負った呪縛に巻き込んだ、私の彼に対する償いです……」

 ユーリは顔を伏せたまま、罪悪感に苛まれた表情でポツリと囁いた。

 気丈にしているが、ユーリは唇を小刻みに震わせている。

 そう、これは彼女の懺悔なのだ。彼を呪縛で縛ってしまったことの罪悪感を抱きながら、誰かに聞いて欲しくて、だけど誰にも話せなかった心の棘。

 解決を求めているわけではなく、ただ聞いて欲しい。

 そんな想いもあるのだ。

 償い。彼女はこの先の人生のすべてを使っての償うつもりなのだろう。

 彼の魂が解き放たれるそのときがくるか、普通の生活が送れるようになるまで……。

「もしも、彼の魂が呪縛から開放されたら?」

 償いだけのために生きていくなんて辛すぎる。そんな思いからか、マリンは無意識の内にそんな軽はずみな言葉を放っていた。

「分かりません。そうなったら、その時考えます……」

 浅はかだったと、言ってしまった途端に込み上げてきた後悔を包み込んでくれるように、ユーリは小さく肩を竦めると微笑みを浮かべて小さく囁いた。

「そうね……」

 余計なことを言ったことを謝るべきかとも思ったが、普通に返してくれたユーリに対してそれもなんだか可笑しく感じ、詫びるタイミングを逃した。

「だけどそれじゃあ理事長も恩人なんじゃない。任務の話で理事長室に呼ばれたとき、何であんなに絡んでたの?」

「別に絡んでいたわけではありませんよ? 

 私に、彼がああなってしまった以上、新しいパートナーを探せと余計なお節介を焼いたり、回復の兆しの見えない彼をユグドラシルに連れて行って、さらに綿密な検査をするなんて勝手なことを言うので、ちょっと反発してみただけです。

 あの人はあの人で彼や私のことを心配してくれているのは分かるのですけど……、そうした方が良いのかもしれないと分かってはいるのですけど、納得ができなくて……。

 それなら私もユグドラシルに行くと言ったのですが、私にはまだまだ学ぶことも、やるべきこともあるからと、それもダメだと言われてしまって……。

 どうにも感情が思考についていかないって言うのが現状です」

 ユーリは微苦笑を浮かべると、深く息を吐き出した。

「ねぇ、イングヴァイさん。あなたならきっと正しい道を選べるのでしょう。

 私の選択はただの自己満足なのでしょうか? 間違っていたのでしょうか?

 結果の出せない努力は、すべて無駄なのでしょうか?」

 それは、素直に理事長に従ったほうが可能性はあると認める言葉だった。

 彼のために努力をして、それでも成果が出せずに空回りをしていると自覚しているのだ。

 だけど、努力をするのは悪いことなんかじゃない。例え思う通りの結果を出せなかったとしても、得るものは必ずある。

 確かに結果を出せればそれに越したことはないだろうが、結果がすべてだとは思わない。いや、思いたくはなかった。

「無駄なことなんかじゃないわよ。きっとね」

 だから、無意識にそんな言葉を発していた。

「そうでしょうか? 彼にとってもユグドラシルに行ったほうが良いのかも知れないと、そんな風にも考えてしまうのです……。

 もしかしたら、ユグドラシルの医師や術者ならあっという間に彼を治せるかもしれない。

 だとしたら、私のしていることは彼にとってマイナスなだけなんじゃないでしょうか?」

 ユーリは自嘲するような、無理やりに作った微笑みで、ポツリポツリと紡ぐように聞き逃してしまいそうな小さな声で言葉を啜った。

「そんなことはないわよ。仮にあなたの言う通りに、ユグドラシルに行けばすぐに治るんだとしても、あなたが自分のために頑張ってくれているのを、その人は喜んでいると思う。

 少なくても私がその人だったら、きっと嬉しい」

 マリンが微笑みを浮かべてユーリにありのままの気持ちを伝えると、ユーリは弾かれたように顔を上げて驚いた表情を向けてきた。

 そして、柔らかな表情で綺麗に微笑んだ。

「イングヴァイさんってマゾなのですね」

 ユーリがはにかんだような笑みを浮かべて俯き、再び顔を上げたときには、すでにいつもの皮肉っぽい笑みに戻っていて、憎まれ口を叩いてくる。

「誰がよ!」

 条件反射のように短く否定をするも、ユーリと顔を見合わせると、ほとんど二人同時に吹き出した。

「とりあえず、ここから出ないとね」

 マリンは階上へ伸びる階段の前で上を眺めた。マリンたちが入ってきた扉はすでに焼けて倒れ、壁や天井までも火に包まれている。

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