第18話『ぬぉっ……』

 翌日の放課後、マリンは他の風紀委員の生徒数人と共に、焼かれた病院の調査に当たっていた。幸い行方不明者は出ておらずそれは生き埋めになったものはいないということだ。

 マリンたちは瓦礫を片付ける前に病院の状況を詳しく調べて、犯人を割り出す材料を探しているのだが、相手が遠距離攻撃の術者であるため証拠を見つけるのは難しいだろう。

 壁の崩壊具合から威力と精密度を計算して、レベルを探る程度のことしかできない。

 予想はしていたが新しい証拠を見つけ出せず肩で息を着くと、一昨日の地下室へ向かって歩き出した。唯一、襲撃者の砲撃を自分の目で見て、正面から受け止めた場所だ。

行けばなにかを思い出せるかもしれない。

 そこは一昨日のまま、壁は崩壊し踊り場は半壊していて、瓦礫に埋もれた地下室が剝き出しになっている。まだ、誰の手も入っていないようだ。

 一昨日と違うことと言えば踊り場の隅になにか塊が転がっていることだが、一昨日は暗かったのと、他に神経を向けていたため気が付かなかっただけなのかもしれない。

「毛……玉……?」

 塊を見てマリンが抱いた感想がそれだった。長い髪の毛が壁際に敷かれているような感じだ。大きさは、マリンが横になって並んでみても同じか少し短いかくらいだろう。

 幾らなんでもこれは見落とさないよな、などと内心で呟きながら物体に近付くと、警戒しながら足を伸ばして爪先で軽く突いてみた。

「んぅ……」

 小さな声を発すると毛玉から小さな手が出てきてマリンの靴を払うように叩いた。

「ひ……と……?」

 手が出てきたのを見て、毛玉の正体が壁際に寝そべって丸くなっている長髪の人間だと気が付き、なにをやっているのだろうと疑問を抱いて観察していたが、その人間はそれ以上動かずひたすら丸くなっていた。

「ねぇ? なにやってんの?」

 あまりに理解不能な行動に直接聞いたほうが早いと、マリンは毛玉に声を掛けた。

「ん~? ああ、昨日ここにいたって言うスケェルスに話が聞けたから、なりきってシュミレーションしてんの。なんか気付いたことないかなって」

 毛玉は丸くなったままでごろごろと床を転がって近付いてくると、マリンの足にぶつかって止まった。うつ伏せになってしまったため、反転して下からマリンを見上げてくる。

 髪は長いが体躯は小柄な女子だった。背はマリンよりも小さいだろう。

 一見、小学生のようだがマリンと同じ制服を着ているところを見ると中等部だ。

 タイの色まで一緒ということは、どうやら学年まで一緒のようだ。

「確かにいたけど、あそこまで壁にべったりじゃなかったわよ。それになんだか意識が朦朧としてたみたいだから、悪いけど彼の話はあまり参考にはならないわね。

 ああ、でもシュミレーションするなら彼の状態は関係ないか……。

 だけど、ん……。あのときの状況を想像するのも難しいんじゃない? あの人が目覚めたのって私が中和した後だったし……」

「あ、それじゃああんた、もしかしてマリン・イングヴァイ?」

 少女が驚いたように小さく目を瞠って、興味深そうな表情になった。

「えっ? ああ、そうだけど……。私を知ってるの?」

 瞳を輝かせた少女に戸惑いつつも、マリンは小首を傾げて問い掛けた。

「ふぅん。そうなんだ。噂はかねがねって奴ぅ? 始めて見たけどなんだか普通だね?」

「普通で悪かったわね。噂……ねぇ……。 どんな噂が流れているんだか……」

 少女は半身を起こして床に座ると、立たせてと言わんばかりにマリンに向けて手を差し出してきた。どうせ真面目だの融通が聞かないだのと言われているのだろうなと思い、後頭部をポリポリと搔きながら、少女の手を握って引き立たせてやる。

「まぁまぁ、そんな悪い噂は流れてないから……」

 少女はにまにまと笑うとパタパタと小さく手を振って宥めようとしてきた。

「じゃあ、私はどんな風に言われていんのよ……?」

「それはちょっと言えないかなぁ……?」

「いえないようなこと言われてんじゃない!」

 悪びれた様子もなくにやにやと笑って見つめる少女に、思わず声を張り上げてしまったが、少女は怯んだ様子もなくにんまりと笑った。

「自分の評判が気になってワキワキしてるマリン、萌え~」

「萌って、あんたねぇ……」

 からかわれているのは分かっているが、彼女のあまりにふざけた発言に呆れて溜息と一緒に吐き出した。

「あたしはクレオ。同じ中等部の一年だよ」

「それ本当なの? お姉さんの制服とかじゃない? 学園で見掛けた覚えないし、制服ぶかぶかだし……」

 幾ら風紀委員と言っても、一学年でも千人近くいる生徒を全員把握しているわけではない。会ったことのある生徒よりも、会ったことのない生徒のほうが多いだろう。

 それでも敢えて言ったのは、さっきからかわれたことへの仕返しだ。

「ぬぉっ。それを言うかっ……!」

 さすがに気にしているのか、クレオはびくっと身体を小さく跳ねさせると唇を尖らせて情けない顔になった。ニマニマとした笑いをやめさせることに成功したマリンは内心で「やった」とほくそ笑んだ。

「ねぇ、マリン。ここを砲撃されたときってどんなだった?」

 クレオは急に真顔になると、ゆっくりと歩いて踊り場の真ん中まで行き、砕けた壁の前に立つと空を見上げた。

 さっきも言っていたシミュレーションを、今度はマリンの立場でするつもりなのだろう。

それで犯人を割り出せるとも思えないが、試してみることを無意味だとも言い切れない。探偵が推理で事件を解決することもある。まぁ、彼女の推理力は未知数ではあるが。

「もっと右よ。私はもっと右に立っていたわ。それで、砲撃は上のほうから飛んできたわね。連続して八発。六発は中和したけど二発でこの有様よ」

 ボロボロになった階段や踊り場、壁などを指し示しながら小さく溜息を吐いた。

「二発で? へぇ……。すっごい威力だったんだね……」

 クレオは感心したように言いながら、階段と外を交互に見ると、斜め上の空を、いや、砲撃が飛んできた方向へ視線を向けた。まるで、遠くを見据えるように……。

「あれかな?」

 クレオが一点を見つめてポツリと呟くとなんの前触れもなく動き出し、破れた壁から外に飛び出すと身体から淡い光を発して風に舞う羽のように宙に舞い上がった。

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