第19話『波動を知っててそれを言う?』

「あれってどれよ? って言うか、あんた波動術者なの?」

 命を持つものならば人に限らず全てのものが宿す生体力、オーラ。

 人の身体が老いて朽ち果てるのは、肉の身体ではオーラの源である魂に耐えられないからだと言われている。肉体を鍛え精神を精錬して魂の力を制御することで肉体の最盛期を維持し、自在に扱うことで超人的な力を発揮するものたちがいる。

 魂の流れを扱うことから、そういうものたちは波動術者と呼ばれていた。

 今、クレオが見せた跳躍は、まさに波動術師のそれだった。

 しかし、学園は特殊な種族の特異な能力の扱い方を学ぶところであり、波動術はカリキュラムに組み込まれていない。こんなところで波動術者に会うとは思っておらず、マリンは思わず素っ頓狂な声を張り上げていた。

「ん~? そうだよぉ。色々と厄介な事件抱えているから習ったの。

 だけど波動術なんて知ってるんだねぇ? 学園じゃあ結構マイナーなのに……」

 適当な建造物の上に着地すると、顔だけを地面を走って追い掛けているマリンに向けて、クレオはにんまりと笑った。確かに学園では波動術の話は聞かない。

「まぁ、ちょっとね。残念ながら私は使えないけどね」

 知識は十分にあるし、使えるようになりたくて一生懸命に励んだ。それでもなにかが足りなくて術者になることが叶わなかった悔しさを噛み締め、努めて表に出さないようにしながら小さく吐き出した。

「ああ。ちょっとコツがいるからねぇ……」

 マリンを気遣ってか、地上に降り立つと同じ速度で走り出した。

「それでどこに行くのよ?」

 これはこれでなんだか面白くないが、波動で強化された運動能力で移動されたらあっという間に取り残されてしまう。不満ではあったが我慢して切り出した。

「ん~? なんて言えばいいの?」

「私に聞かれても分からないわよ。どこを目指してるのか分からないんだから……」

「ああ、そうだねぇ……。う~ん……。電波塔?」

「電波塔?」

 少し考えた後にようやく答えたクレオの言葉を怪訝に思い、走りながらその横顔を覗き込んで聞き返す。

「んん……。じゃあさぁ、なんて言うの? あれ……」

 糸目で頬に汗を浮かべて、困ったような笑みで町の中心辺りに建っている円形の衛星受信アンテナが幾つも設置されたビルを指差してクレオは問い掛けてきた。

 この町、いや、国にはテレビやラジオと言ったものはない。電波は携帯電話のものだ。

 学生に余計なものに気を取られないで学業に専念させるためらしいが、世界の情勢を始め、様々な情報を得られないことを不満に思う生徒も多々存在している。

 目の前のことに専念するのに余計な情報は必要ないというのも、全寮制で家族と離れているため様子を知りたいと言う気持ちも分かるため、学園の方針に肯定も否定もしていない。

 インターネットも国内でなら掲示板の創設やコミュニティーサイトを作ることはできるが、国外のサイトへはアクセスができない。

 国と言っても、この国はこの町だけであり、必然として学園の裏サイトや都市伝説、匿名での悩み相談場所くらいの使い道しかない。

 それでも、生徒のストレス解消に一役買っているのだから無駄だとは言えない。

 それらを担っているのがあのビルであり、それは間違いなく電波塔だ。

 マリンもそれ以外の呼び名は知らないが、聞きたかったことはそんなことではない。

「電波塔でいいと思うわよ? ってちっが~う!

 なんで今、電波塔に向かってるのか聞いてんの!」

「ああ、そういうことか……」

 クレオは納得したようににんまりと笑うと、電波塔に視線を向けた。

「多分、昨日あそこから病院を狙撃したんだよ。

 だから、なにか痕跡がないかなってね……」

 電波塔から病院までは優に十キロはある。普通に考えたらそこから攻撃を仕掛けたなどとは考えられない。なんで当然のようにそう思ったのか疑問に思った。

「あんなに離れた場所から、あんな強い攻撃ができるものなの?」

 マリンの問い掛けに、クレオは一瞬目を丸くさせて見返すと、口許に笑みを浮かべた。

「波動を知っててそれをいう?」

 クレオの言葉にマリンはハッとした。学園に来てから麒麟の特殊能力や体術の向上を主流として訓練を重ねてきたため、知らないうちに波動術の詳細を失念していた。

そう、波動術師の中にはどんな長距離でも物ともしないで攻撃をすることができる人たちがいることを思い出した。

「ソ……、魔術師(ソーサラー)……」

 マリンが小さく洩らした言葉を、クレオは肯定するように微笑んだままで頷いた。

 波動術師にも様々な特性があり、百人の人がいれば百通りの力がある。

 波動を集中させて解き放つことは術者であれば誰にでもできる。だが、それはボールを投げるのと同じように、距離やその他の干渉を受けて威力は著しく激減していく。

 だが、どんなに離れた距離であろうとなんの影響も受けず、最大の力で波動の攻撃を与えることのできる術者がいる。その姿がファンタジー世界の魔法使いのようであることから、『魔術師』と呼ばれていた。

「うん。まぁ、まだ証拠も確証もないんだけどね」

「それを今から確かめに行くんでしょ!」

 波動術。マリンには何かが足りなくて扱うことができなかったが、周囲にはそれを自在に扱える術者が何人もいたため、それがどれだけ危険なものか分かっている。

 もしも学園に波動術者が敵対をしているのだとしたら、早急に確保しなければ被害は拡大して甚大なものになる。

 例え僅かでも犯人に繋がるなにかがあるのだとしたら、その思いがマリンを駆り立てた。

「うん。そうなんだけど、なにもないかも知れないんだよねぇ……」

 全速力のマリンのすぐ隣を走りながら、クレオは乾いた笑いを洩らして頭をポリポリと搔いた。ツッコミを入れる余裕もないマリンの横でクレオは冗談を言ってくる。

 マリンはクラスで、いや、一年でありながら学園でも決して足の遅いほうではない。

 波動術を使えるかそうでないかの差だろうが、それでも明らかに余力を残しているクレオにマリンは嫉妬さえも覚えた。

 駆け抜ける二人の前に、聳え立つ電波塔が待ち構えるように立っていた。

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