第16話『また明日』

「すみません、お二人とも。中和の力で人化できず、なにもできませんでした……」

 ほとんど瓦礫になった病院の中からユーリが駆け出してきて、マリンとノルンの前で足を止めると、深く頭を下げて詫びてきた。

 マリンとノルンは顔を見合わせると、肩を竦めて小さく笑いあった。

 ユーリが人の姿になれなかったのは彼女の所為ではない。中和の力で特殊な能力がかき消されてしまっていたのだから、彼女はあの時意識があるだけの鎌だったのだ。

 動けなかったのだから救出などできなくて当然だ。ノルンもそれが分かっているから敢えてはなにも言わない。

「気にしなくていいわよ。あんたは怪我してない?」

「はい。お蔭様で私はなんともありません」

 ユーリは相変わらずにんまりとなにかを含んだような笑みを浮かべて言うが、綺麗な長いウェーブヘアーはあちこちが焦げてボサボサになり、グレーのスウェットも焼け焦げて穴だらけになっている。この分では火傷も負っているだろう。

「意地っ張り」

「イングヴァイさんがですかぁ?」

「あんたがよ!」

 小鳥のように小首を傾げて問い掛けてくるユーリに、マリンは怒った素振りで声を張り上げた。本気で怒っているわけではなく、ツッコミと言うやつだ。

 その時、スケェルスが掛け付けた風紀委員に寄って担架で運ばれていったが、ユーリは見向きもしない。だが、スケェルスにはユーリの着ていたカーディガンが掛けられていた。

「いいの? 彼についていなくて……?」

「いいんです。どうやらまだ意識がはっきりとしていないようですし、もしかしたら私を見れば怖がったり、拒絶反応を起こしたりするかもしれませんので……。

それに、きっと私が一緒にいないほうが彼は幸せになれます」

ユーリは真意の見えない微笑みを浮かべて瞳を閉じた。あんなに必死で彼の回復を願っていたのに、そんなに簡単に割り切れるものなのか? とマリンは疑念を抱いた。

「フィロティシア、スケェルス=アインが一緒にいて欲しいようだ。

 我々は早く彼を治療したい。同行してくれ」

 背後から、彼を乗せた担架に連れ添っていた風紀委員と共に活動をする保健委員に声を掛けられて、ユーリは驚いたように小さく身体を硬直させた。

 強張った顔が笑顔に変わると、くるりと踵を返して担架に向かった。

 それを見て、マリンはやはりユーリは割り切れてなどないと実感した。

 彼女は怖かったのだ。拒絶や拒否反応を起こされるのが。だから、彼と向き合えなかったのだろう。だが、彼に呼ばれてそれがないと安心して、やっと向き合えるのだ。

「意地っ張りの上、臆病ね」

 マリンはもう聞こえないだろうと思いながら、小さく肩を竦めると囁いた。

 その時、不意にユーリがぴたりと足を止めて振り返った。マリンとノルンは思わずビクッと身体を跳ねさせた。もしかして聞こえてしまったのだろうか? 

 だからと言って別に困るわけではないが、思いも寄らないことに驚いたのだ。

「イングヴァイさん。また明日」

 ユーリは振り返って微笑を浮かべて一言告げると、嬉しそうに小走りでスケェルスを乗せた担架に駆け寄っていった。

「もう無理しなくていいよ。ちゃんと部屋まで連れて行くから……」

 遠ざかっていく一行を見送っていると、ノルンが隣から囁きかけてきた。

 コンビを組んで何度も事件を乗り越えているためか、マリンが体力的にも精神的にも限界を超えているのを分かっているようだ。

 もう危険もないようだし、寮で同室でもある彼女なら自分をちゃんと部屋まで連れ帰ってくれるだろう。マリンはノルンに寄り掛かると瞳を閉じた。

「じゃあ、後よろしく」

「うんっ」

 嬉しそうに答えるノルンの声を聞きながら、瞼や身体が急に重くなって動かせなくなっていき、そのまま意識を手放した。

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